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11.芽生え

 夜が更けても、イスミルはまだ帰らなかった。


「イ、イスミルさん。帰らなくていいんですか?」

「あれ、帰らなくてはいけませんか?」


 ボジョはもう少し湿らせた方がいいということで、まだ濡れた布の上に寝かせている。


 この先、番のいないミラが何をしでかすかわからない。

 イスミルとしては、側にいた方が安心できる。


 実際、ミラもアルビンカの助言を覚えていないので、イスミルがいてくれた方が安心できる。


(安心は、できるけど……っ)


 男性である以前に、他人が家に居るだけで落ち着かない。

 困惑するミラをからかうように、イスミルは少し意地悪く笑った。


「では、私はここで帰りましょうか。

 まぁ、帰れというのですから……この後は、分かりますよね?

 身体が濡れたままで放っておくと、しばらくすると膨れてきますけど」

「えっ?」


「膨れた身体を元に戻す方法は? 食欲が落ちたときの対処は?

 今夜は寝ずに看病する必要がありますよね?」

「うっ……うぅ……、その、いてください……」


「ええ、もちろんです」


 小屋とはいえ、元々家族三人が暮らしていた家だ。

 余っている部屋はある。


 項垂れるミラを見て、イスミルは勝ち誇ったように微笑んだ。



 ……そして、ミラは困惑していた。


(ど、どういうこと!? この人の距離感、どうなっているの!?)


 暖炉がないと冷えるだろうと、イスミルに抱き上げられるようにして座らされ、一枚の毛布に二人で包まれていたのだ。


「あ、あの……ちょっと、近すぎませんか?」


「そうですか? 寒いですし、仕方ありませんよね?」


 さらりと答えるイスミルの吐息が、耳にふわりとかかる。

 それだけで、くすぐったくて胸がざわめいた。


「イスミルさんって、いつもこんな感じなんですか?」

「いつも……? いえ、別にそういうわけでは。

 ただ、こうしていないと、ミラさんがボジョに何をするか分かりませんので」


(……やっぱり、変な人)


 そう思いながらも、不思議と嫌とは感じない。

 むしろ胸の奥がほんのり温かくなっていく。


 アルビンカの翼に包まれて眠った時のような安心感――。

 その感覚に似ていて、気づけば瞼が重くなり、ウトウトと眠気が忍び寄る。


(アルビンカが、いてくれたら……)


 と同時に、アルビンカを思い出して、視界がじんわりと滲む。


「えっ、ど、どうしたんですか!?

 す、すみません。そこまで疑っているわけじゃ――」


 慌てるイスミル。だが、ミラは首を振る。


「ちがいます……その。イスミルさんと一緒にいると、竜を思い出してしまって」

「私が……竜、ですか?」


 瞬間、イスミルの表情が強張った。


 自分の正体を知る者は、育ての親となった老婆ただ一人。

 捨てられる覚悟で打ち明けたあの時、老婆は息子として受け入れてくれた。


 もし、ミラに告げたら――?

 恐れられるのか。それとも、ボジョのように愛してくれるのか。


 ふと、自分の気持ちに違和感を覚える。


(……私は、この人に嫌われたくないのか?)


 番を失い、幼竜を必死に育てていた、人間の娘。

 その無知さに苛立ったこともあった。だがその無知であった理由を知った今となっては、むしろ別の感情が生まれてくる。


「あ、いえ、イスミルさんが竜っぽいとか、そういうのではなくて……。

 ただ……暖かいなって」


「暖かい……?

 ……ミラさんは、そもそも、竜が怖いと思ったことは、ないのですか?」


 恐る恐る尋ねるイスミルに、ミラがもう一度首を振る。


「最初は驚きましたけど……でも、竜って、とても優しくて、穏やかで。

 本当に、素敵で……ずっと一緒にいたかったです」


「そうですか……そう、ですよね。

 番、となっていたくらい、ですし」


 突然、胸の奥をかきむしられるような悔しさが走る。

 もし出会いが違っていたなら、その言葉は自分に向けられていたのだろうか。


「ふふ、番になれたら、よかったんですけど……」


 ミラはアルビンカにそうしていたように、イスミルの胸へ顔を埋めた。

 まるでそこにアルビンカがいるかのように。


「……ごめんなさい、嘘です。本当は、違うんです。

 番では、ない、です」

「違う?」


「はい。怖くて……ずっと嘘ばかりついていました。

 竜は……親友なんです。ボジョは、その子ども」


「で、でも、あなたからは竜の力が――」


 間違いなく、ミラから竜の力が感じられる。しかも、かなり強力なものだ。

 ミラは静かに告げる。


「ボジョが自分の姿に擬態できるように……竜がわたしへ、最期の力を移したんです。

 だから……責任を持って育てなくちゃって」

「……はぁ!?」


 その言葉に、イスミルは衝撃を隠せない。

 竜が、番でもない人間に力を託すなど――考えられない。


「ふふ。驚きますよね。でも、母は強し……なのかな。

 素敵だけど……番を失って、寂しそうな竜……でした」


「は……。ま、待ってください。母!?」


 本当に、ミラはただ親友のために、残された子を守るため翻弄していた。

 その健気な優しさに、イスミルの胸が熱くなる。


「……そんな」


「でも、全然だめでした。

 本当に、色々育て方を聞いていたはずなんですけど……忘れちゃいました。

 でも……イスミルさんがいてくれるから……安心、です……」


 やがて、ミラは静かな寝息を立て始めた。


(番ではなく、ただ親友のために……か)


 自然と、ミラを抱く腕に力がこもる。

 どこかで「番がいなくてよかった」と思ってしまう自分に気づき、苦笑した。


 ミラの頬を、そっと指先で触れてみる。


「……っ」


 その瞬間、心臓が熱を帯びて、血が逆流するような衝動が全身を駆け巡った。


「……ああ、そうか。

 私は……あなたを、番にしたい――」


 そして、はっきりと自覚する。

 ――この女性に、愛されたいのだと。

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