世界が微睡むその隙に
高三の夏、受験対策真っ只中の我が身であるが、私は早朝ぶらり散歩旅をしてきる。
大きく伸びをしながら深呼吸をするとひんやりとした涼やかな空気が肺を満たしていく。
ふらふら視線を揺らすとほんのりと赤らむ人気のない街並みが目に入る。
世界が二度寝をしているような、微睡むこの時間が好きだった。
気まぐれで、起きてみたが、なんだか得した気分だった。
早起きは三文の徳とは、よく言ったものだ。……………………三文っていくらだろう?
そんな益体もないことを考えながら当てもなく足を進める。
習慣とは怖いもので、気がつくと通学路を辿っていた。
けれど、普段は憂鬱な通学路もなんだか、気分良く歩いている現金な自分に少し呆れた。
散歩に出て、初めて人に会った。
この時間に人に会うのも驚きだけれど、見慣れた着ていることには、もっと驚いた。
脳みそも夢現なのか、普段は出さない勇気を出して話しかける。
自分がだるんだるんの部屋着であることは、いったん忘れる。
今の私は無敵である。
慣れない勇気を振り絞った私の一声は盛大に裏返った。
怪訝な視線の制服の君に、私の無敵は敗れ去る。
無念なり
固まった私に対して、逡巡のあとなぜか決意を秘めた眼差しをした君が口を開く。
数秒前に我が口が発した裏返った声が君から聞こえた。
…………デジャブ?
真っ赤に染まった君の顔から現実に起きたことだと認識する。
蘇った無敵の私は、神速のフォローに入るが、全弾不発。
無敵の私は再び敗れ去る。
私達の間を沈黙が支配する。
ふと、我に返りなんだか今の状態が笑えてきて、我慢できず声が漏れる。
自分以外の笑い声も聞こえてきて、もっと笑って締まった。
改めましての初めましてを終えて、流れで一緒に歩きだした。
制服の君は、転校生で通学路を確認していたらしい。
なんでこんな時間に制服で?と思ったが、ブーメランなのでお口にチャック。
取り敢えず、学校をゴールとして歩みを進める。
話題は取り留めのないものばかり。
別に笑える話だというわけではないけれど、心はずっと夢をみているみたいに浮かれたいた。
分かれ道に着いた。
普段の通学路と遠回りの通学路
学校への正しい道を知りたい君にとって、正解なんて一目瞭然の二択だけれど、私は間違えた。
君も間違えないかい?
意地の悪い質問に対して、君も悪い顔で答えた。
その答えに私も悪い顔で頷く。
いいね。気が合うね。…………そりゃ、そうか。
こんな時間に散歩してるんだ。趣味なんて一緒に決まってる。
そんな茶番によって発生した延長戦だか、特に変わりなく取り留めのない話が続く。
ただ、それが嬉しくて楽しかった。
あっという間に延長戦も終わり、ゴールに辿り着く。
あとは、来た道を戻る。それだけのことなのだけれど、幸せな夢から覚めるようで、私は言葉を発せずにいた。
そんな私に君は、なんでもないかのように、〝次の話〟をしてくれた。
盛大に慌てる君をみて、今の言葉が、ポロッと溢れた本心のようで、嬉しかった。
うん、そうだね。次はそこに行こう
明日もきっと、世界が微睡むその隙に、夢を巡ろう。