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『魂を導く紋章師、死者の誓いを継いで世界を救う』  作者: nukoto


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第17話 『記録の夜明け』

 夜風が、窓をかすかに叩いていた。

 街のざわめきは遠く、宿の廊下を歩く足音さえ柔らかい。


 リアンは部屋の椅子に腰を下ろし、手元のランプを絞った。

 灯は弱く、けれど暖かい。

 炎のゆらめきが、指の甲に刻まれた《箱舟の紋章》を淡く照らす。


 昼間の工房――アトリエ・セラ。

 あの小さな場所の“静けさ”が、まだ胸の奥に残っていた。

 導くことは、終わりを見送ること。

 刻むことは、想いを残すこと。

 形は違っても、根は同じなのかもしれない。


 (……俺は、ずっと奪う側だったのかもしれないな)

 魂を還すたび、記憶の痛みだけが残った。

 誰かの願いを抱いて、そのまま忘れられていく。

 けれど――セラの紋章は違った。

 “生きている想い”を、静かに留めていた。


 暖炉の火がぱちりと鳴る。

 その音に、サラが寝台の上で寝返りを打った。

 彼女の呼吸は深く、規則的で、戦場にいた頃よりも穏やかだ。

 銀の髪が枕に散り、光を反射して淡く揺れている。


 リアンはそっと息を吐いた。

 (――この人は、刻むより、焼き付けるんだな)

 炎みたいに強く、そして優しい。

 その存在が、自分をこの世界につなぎ止めている。


 外では、鐘楼の音がひとつ鳴った。

 日付が変わる。

 リアンは静かに立ち上がり、窓を開けた。

 夜空には、星が滲むように広がっていた。


 「……導くことも、刻むことも、

  結局は“忘れさせない”ためにあるのかもしれないな」


 呟きは夜風に溶け、街の屋根の向こうへ流れていく。

 紋章が、淡く光を返す。

 その光は、まるで“記録する羽根”のように、静かに燃えていた。


 呟きは夜風に溶け、街の屋根の向こうへ流れていく。

 紋章が、淡く光を返す。

 その光は、まるで“記録する羽根”のように、静かに燃えていた。


 「……起きてたの?」

 背後から小さな声がして、リアンは振り向いた。

 サラが寝台の上で上体を起こし、眠たげにこちらを見ている。


 「少し、考えごとをしてた」

 「また難しい顔して。……あんたは考えるより、感じる方が得意でしょ」

 「感じる?」

 「そうよ。魂の声とか、風の匂いとか。……だから、寝なさい」


 リアンは小さく笑い、窓を閉めた。

 外の風がやみ、ランプの炎がわずかに揺れる。

 サラは再び布団に潜り、かすれた声で呟いた。

 「……あんたが静かだと、こっちも安心するのよ」

 その言葉に、リアンは目を細めた。


 部屋の灯が、静かに息を潜める。

 彼もゆっくりとベッドの端に腰を下ろし、目を閉じた。


 ――風の音が遠くで変わる。

 まぶたの裏に、淡い光が滲んだ。

 水面のように揺れるその光の中に、誰かの声がある。


 ――ありがとう。


 小さな声。

 かつて戦場で導いた、あの村の少年の声だった。

 リアンは何も言えず、ただその光を見つめていた。

 やがて光はほどけ、星の中へと消えていく。


 (……忘れないよ)


 その言葉が胸の奥で静かに響いたとき、

 夜の静寂が、再び彼を包み込んだ。


 外では、東の空がかすかに白み始めていた。

 ――新しい朝が、静かに訪れようとしていた。


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