表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魂を導く紋章師、死者の誓いを継いで世界を救う』  作者: nukoto


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/119

第13話  《箱舟の導き手と死を運ぶ鳥》

風が、止まっていた。

 南部旧戦跡――瘴気の流れがゆるやかに沈み、空はようやく“色”を取り戻し始めていた。

 白、金、灰、朱。

 それぞれの方角で輝いていた導き手たちの光が、静かに薄れゆく。


 丘の上で、リアンはひとり立っていた。

 胸の奥が、鼓動のように共鳴している。

 仲間たちの祈りが終わり、世界がようやく息をついた合図――。

 それは、長く続いた戦場に訪れた静かな夜明けだった。


 「……終わったのか」


 呟きは霧に吸い込まれ、夜気の中に消える。

 隣に立つ銀髪の女――サラ・レイヴェルが、風に揺れる外套を押さえながら応えた。


 「瘴気の表層はね。でも……空気がまだ重い。

  終わりきってはいないみたい」


 リアンは静かに頷く。

 掌の《箱舟の紋章》が淡く光を帯び、その光はまるで地の底から呼ばれるように脈動していた。

 導き手の証が、まだ“何か”を訴えている――この地に残された祈りと苦しみを。


 「……感じる。まだ、この地に“還れない魂”がいる」


 サラの瞳が細められる。

 「導き手ってのは、本当にいろんなものを感じ取るのね。

  ……あたしには、ただ“息苦しい”ってことしかわからないけど」


 リアンはわずかに笑んだ。

 「それでも充分だよ。君の感覚が、いつも正しい」


 遠くで微かな振動が走る。

 霧の奥が揺らぎ、地が小さく鳴いた。

 四方で灯っていた光が静まり、世界がほんの一瞬、音を失う。

 まるで“祈りの幕”がゆっくりと降りていくようだった。


 リアンは拳を握った。

 「……みんなの祈りが届いた。だから次は、俺たちの番だ」


 サラが横目で彼を見る。

 「また一人で突っ走る気? “死を運ぶ鳥”の護衛は、そんなに頼りない?」


 リアンは口元に笑みを浮かべた。

 「頼りにしてる。君がいるから、俺は導ける」


 風が吹く。霧が裂け、黒い大地が姿を現した。

 そこは、まだ瘴気が濃く残る区域――彼らが次に進むべき場所。

 リアンは一歩を踏み出す。その背を、サラが静かに追った。



 丘を下ると、霧の向こうに焚き火の灯りが見えた。

 橙の光が揺らめき、鉄と革の匂いが夜気に混じる。

 そこにいたのは、教会直属の冒険者チーム《ヴェイルガード》。

 導き手たちの護衛として同行してきた彼らが、再びリアンたちを迎えていた。


 「お、戻ったか。」


 低く響く声に振り向くと、リーダーのカイ・ヴァルドが焚き火の傍に立っていた。

 「各地の導きも終わったようだな。空気が……少しだけ軽くなった」


 リアンは頷く。

 「はい。でも、まだ瘴気がわずかに残っています。ここからが本番です」


 カイが短く笑い、背後を振り返った。

 「さて、導き手と守り手の二人に改めて紹介しておこう。俺たちは教会の護衛任務で来ている《ヴェイルガード》だ」


 焚き火の光が輪を描くように広がり、仲間たちの影が浮かび上がる。


 「リゼ・アルマリナ、雷術担当。……派手にやるのは得意よ」

 「ニコ・フェリン。斥候。速さと鼻の利きは、誰にも負けないさ」

 「ミーナ・サリエルです。回復と防御支援を。どうか皆さん、ご無事で」

 「ブラム・アイアンアクス。重装戦士。壁の役は任せとけ」


 最後にカイが胸に手を当てる。

 「カイ・ヴァルド。《ヴェイルガード》の隊長だ。今日からは共に戦う仲間として、よろしく頼む」


 焚き火の光がリアンの横顔を照らす。

 彼は静かに一歩前に出て言った。


 「リアン・アルステッド。魂を導く者――“箱舟の紋章”を持つ導き手です。

  この地の魂を還すために来ました。……どうか力を貸してください」


 その声は柔らかくも、夜を貫くような強さを帯びていた。


 続いて、サラが前に出る。

 銀の髪が炎を受けて紅く染まり、その瞳が真直ぐに光る。

 「サラ・レイヴェル。炎と風の紋章を持つ“守り手”。導き手リアンの護衛を務めてる。

  ……瘴気の巣でも、死の気配でも、燃やすのは得意よ」


 ブラムが「おお……」と唸り、リゼが口の端を上げた。

 「“死を運ぶ鳥”って噂、まさか本人だったとはね。背中がゾクゾクする」


 「近寄らないで。焼くわよ」

 その短い一言に、場の空気が和らぐ。

 笑いが広がり、焚き火がぱちりと弾けた。

 その中で、リアンだけが穏やかに微笑んでいた。

 彼の瞳の奥には、確かな覚悟と――仲間への静かな信頼が宿っていた。



 だが、束の間の静けさを裂くように、大地が低く唸った。

 焚き火の炎が細く揺れ、夜の空気が震える。


 「……感じるか、サラ」


 リアンの声に、サラが頷く。

 「ええ。瘴気が、また動き始めてる。……嵐の前みたい」


 カイが槍を構える。

 「どうやら休む暇はなさそうだな。……全員、構えろ!」


 霧の奥で風が唸り、地の底が微かに鳴った。

 リアンは掌を掲げ、翠の光を宿す。

 《箱舟の紋章》が風を巻き上げ、霧を払った。


 「――行こう。魂を還す航路は、まだ終わっていない」


 サラが隣に立ち、紅い光を纏う。

 「導き手、守り手。……あんたとなら、いつも通りでいい」


 リアンは小さく頷いた。

 風が再び吹き始める。

 導き手と守り手、そして護衛の冒険者たち――

 その光が、静かに夜の瘴気を押し返していった。



 夜が深まり、霧が再び濃くなっていく。

 彼らは無言で歩きながら、担当区域へと向かっていた。

 足元の土はまだ温かく、遠い記憶のように血と灰の匂いが残っている。


 その中で、ミーナがぽつりと呟いた。

 「……ここで、どれだけの人が倒れたんでしょうね」


 誰もすぐには答えなかった。

 風の音だけが、彼女の言葉を包むように吹き抜ける。


 やがてリアンが静かに言った。

 「数えることに意味はない。でも――忘れちゃいけない」


 ミーナは小さく頷き、胸の前で手を組む。

 「……ええ。忘れないように、祈ります」


 その横顔を見つめながら、サラはふっと空を仰いだ。

 「……星が、戻ってきた」


 雲の切れ間に、微かに瞬く光。

 戦の残滓を照らすように、夜空はゆっくりと息を吹き返していく。


 カイが前方を見据えたまま、低く呟いた。

 「あの丘を越えれば、次の瘴気の溜まりだ。――ここからが、導きの現場だ」


 リアンは頷き、掌に光を宿す。

 翠の風が、静かに指先に集まっていく。

 「……魂たちを還しに行こう」


 彼らの足音が、夜気の中でひとつになった。

 風が吹き、霧が裂ける。

 導き手と守り手、そして護衛の冒険者たちは、再び歩き出す――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ