第七話『なぞのなぞりの旅』
バックヤードのカーテンが勢いよくめくれた。
「お待たせしちゃってごめんあそばせ〜〜!!」
高いテンションで現れた「それ」の見た目は人間にして40代くらいの男。黒々とした髪の毛は七三分け。背は高く、細身。全身ストライプのスーツ。胸ポケットには花が挿さっている。
「え、なになになに?」
レグは呆気に取られている。
「ちょっと待て、なんかおかしい」
ドランが眉をひそめる。
俺もすぐにわかった。明らかに生き物ではない。
瞳の光の奥行き、肌の質感──これは、人形だ。
「アタシ、シキ♡ この“こんびに”でバイトしてるゴーレムでぇ〜す♡」
ドヤ顔でポーズを決めるシキ。背後から謎のキラキラ音が聞こえてきそうな勢いだ。
「ご、ごーレム……?」
「そうなの♡でもだいじょーぶ♡ 中身はカンペキ、接客大好きテンション高め仕様でお送りしま〜す!」
「………(呆然)」
「ささっ、お会計ね? アイスでしょ? せんべいでしょ? “夜空のマナ水”お選びとは、センスあるわね〜! すっごいイイマナ出てるもの♡」
俺たちは面食らいながらも、なんとなくレジへ向かう。抵抗する理由もないし、商品は商品だ。
ピッ ピッ ピッ……
まるで普通のレジ音。
ただ、読み込むたびにシキが「ウフン♡」「ヨイショ♡」「センス最高♡」と合いの手を入れてくるのが鬱陶しい。
「で、お会計、ぜんぶで──マナ10.4ポイント!」
「えっ……円じゃないの?」
「マナ支払いのみよ〜♡ でも安心して、アタシがうまく変換しとくから♡ 実質ノーコスト、ノートラブル、ノーメイクでもバッチリ♡」
「いや最後の関係なくない?」
レグが突っ込むと、シキはキャッキャと笑いながら会計を完了させた。
商品を受け取った俺たちは、ふと店内を見渡した。
「なあ、そもそもこの店って……いつからあったんだ?」
俺の問いに、レグとドランも頷く。
昨日まではなかった。間違いなく。
「うふふ、いい質問ね〜♡」
シキはレジカウンターに肘をついて、キラッとした目をこちらに向ける。
「この“こんびに”は〜、あっちとこっちの“あいだ”に建ってるお店♡ 見える人には見えるし〜、見えない人には見えな〜い♡ いつできたかって? ふふん、アタシにもよくわかんないのよね〜! でもまあ、そういうのって“タイミング”じゃない?」
「……なんだそりゃ」
俺が苦笑すると、ドランがふいに口を開いた。
「さっき、ここのモニターに我々の部屋が映っていた。スロットマシンが……光って、手が伸びてきた。それについて、説明してもらえるか?」
「あ〜〜、あれね!」
シキはテンションをさらに1.5倍増しにして指を鳴らす。
「ズバリッ♡ あのスロット、ムー製の魔道具よん♡ もともとはこの“こんびに”の本店に置いてあった、超レアもの!」
「魔道具?」
俺たちは顔を見合わせた。
「そうそう! マナに反応して光るの♡ でもそれだけじゃなくてね〜、“適合者”がいるともっとハッキリ反応するの♡ あれは──何かが呼んでるサインだったのよ♡」
「呼んでる? 誰が?」
「それはアタシにもわかんない! でも、スロットの“中”がマナを欲しがってるってことは確か♡ もっと欲しがってるってことはね〜、あの子……」
と、シキは声をひそめるようにして言った。
「進化するわよ♡ 近々♡」
「進化……?」
ドランが眉をひそめる。
「ええ♡ 魔道具ってたま〜に“変わる”の。まるで人間みたいにね。長い時間とマナの刺激を受けて、姿や機能がガラッと変わっちゃうの♡」
「なんのために?」
「さあ〜? それは“その子”の気まぐれかも♡ でもだいじょーぶ。よっぽどのことがない限り、進化ってのは“良いこと”に繋がるの♡ だってムー製よ? 悪いようにはならないわ〜♡」
「……」
俺たちは言葉を失った。
ふと、レグが口を開く。
「そのスロットって……俺、ネットで中古で買ったんだけど?」
「それそれそれ〜〜♡ たぶんね、どこかで流れてたのよ! もともとは数百年前にムーの本店にあった品だもん♡ 失われてたはずなのに、回り回ってキミの手に届くなんて……運命感じちゃうぅ〜〜♡」
「……いや、変なテンションでまとめないでくれ」
「進化したら、どうなるんだ?」
ドランが問う。
「う〜ん、それは誰にもわかんない♡ でもね〜、あの子も“進化”を繰り返して今の形になったわけ♡ 次にどうなるかは……キミたち次第、かもね♡」
***
商品を手にした俺たちは、レジを後にした。
「ありがとね〜! またのお越しをお待ちしてま〜〜す♡ ついでにマナのご提供もよろしくぅ〜♡」
背後で手を振るシキを見ながら、俺たちは店を出る。
そして──
振り返った時には、そこに「こんびに」の姿はなかった。
「……消えてるな」
「やっぱ夢じゃねえんだな、これ……」
レグがぼそっと呟く。
「帰るか」
「アイス、溶けるしな」
***
帰宅後。
リビングのスロットマシンに目をやる。
電源は入っていない。見た目も、ただの古いスロットだ。
「……どっからどう見ても、普通だよな」
「中に“手”がいたとは思えないな」
「ま、いっか」
レグが包みを開く。
「このアイス、うまそ」
「そうだな」
「じゃ、いただきまーす」
3人、アイスをかじる。
ひんやりとした甘さが、胸に広がった。
「……うまい」
「うまいな」
「美味しいわ〜♡」
シキの真似をしてみるもしばしの沈黙。
スロットの前でアイスを食う3人。
この世界のどこかで、何かが確かに変わり始めていたとしても──
「……まあ、いっか」
そんな一言で、今夜は終わる。