第五話『東京ブロンクス』
時間がなくて2日ほどサボってしまいました。
第五話、いきます。
七輪を囲む会を終えて、嬉々として二度寝に突入した俺。
何度か目を覚ましたものの、惰眠を貪り続けていたら、いつの間にか外は真っ暗になっていた。
これはいけない、とサッとシャワーを浴びて、
リビングでストレッチをしながら、ドランの部屋から流れてくるBGMに耳を傾ける。
「ただいま〜」
何やら疲れきった声とともに、レグがリビングのソファに崩れ落ちた。
突っ伏したままスマホを取り出して、しばらく操作していたかと思えば──
「はぁあ!!??」
両足をバタバタと暴れさせながら、絶叫するエルフひとり。
どうやら、遊戯場でまた何かやらかしたらしい。自業自得でしかない。
「そう腐るな、レグ。麦茶でも飲むといい」
見かねたドランが、レコードの整理を中断して声をかけた。
相手が誰であれ、さりげない優しさを分け与えるドランのことを、俺はいつも密かに尊敬している。
「ドランありがと……でもどうせなら麦酒がよかった……」
ソファの背もたれに頭を投げ出したまま、子どものようにぼやくレグ。
たぶん今日も前半は勝ってたんだろうな。で、最後に全部持ってかれたパターンだ。
「なあ……コンビニ行かない?ちょっとだけ、アイスとか、買いたい……」
レグがぽつりと言った。
「俺はかまわんぞ?」
ドランはレコードをひとつ戻して、俺を見る。
「……シャワー浴びちゃったけど、軽く散歩がてら行くかあ。ついでに炭酸水買ってこよっかな」
「やった〜〜みんな愛してる!じゃ、行こ行こ!」
瞬間、さっきまでの不貞腐れた顔がどこへやら、レグはすっかり上機嫌になってソファから飛び上がった。
まったく、こいつは本当に切り替えだけは早い。
三人でリビングを出ようとしたその時、「ガコンッ!!」という音と共にスロットマシンの一部が淡く光った。ドランが驚きの余り飛び跳ねる。
「心臓に悪い…。今朝も光ってなかったか?」
たしかに。俺もそんな気はしていたんだ。ドランと俺はレグの顔を見る。
「あ〜あれね。光ると大当たりが確定ってことなんだよ。テンション上がるよね。でも……」
「でもなんだ?」
「あれ、電源入れてなかった気がするんだよな〜」
おいおい。勘弁してくれ。
スロットマシンの淡い光が消えるまで、三人とも言葉を失っていた。
けれど、異種族の混住が当たり前になっている現代社会においては、ちょっとやそっとの「不思議」は日常に埋もれてしまう。そういうことにしておくのが、俺たちの暮らしの流儀でもある。
「ま、いっか。外出る口実にはなるしな」
レグが軽やかに笑って、玄関へと向かう。俺とドランも後に続いた。
我が家を出ると、夜風が肌を撫でた。昼の残り香のような空気がまだわずかに漂っている。
「そこのコンビニでいいのか?」
ドランが交差点の先に見える、いつものチェーン店を指差す。
「いや、今日はこっち!」
レグが曲がり角を指差す。そこは普段なら行かない、裏通りだ。
「そこにコンビニなんかあったか?」
俺が訊くと、レグは得意げに胸を張る。
「昨日まではなかった。でも、今日からある。なんかそんな気がする!」
意味がわからない。でも、意味なんかなくてもいい。レグのそういう勘には、たまに驚かされることがあるし、何より──
面白そうだった。
***
細い路地に入ると、ひっそりとした静けさが辺りを包み込んだ。ネオンも街灯も少なくて、歩道に生い茂る雑草がやけに目につく。
「やっぱやめようか?この感じ、どう見てもコンビニじゃなくて“事件現場”だよな」
「遅い。もう戻れん」
「このへん、なんか……空気ちがうね」
レグが立ち止まった。俺たちの目の前には、たしかにコンビニがあった。
だが、それはどこか奇妙な風貌をしていた。
看板にはピンクのネオンにひらがなで「こんびに」と書かれていて、その上に“24時間営業”と“異種族割引あり”の文字が光っている。建物自体はくすんだグレーで、ところどころに金属的な装飾──いや、魔力の封印装置っぽいパーツまである。
扉は全自動。だが、俺たちが近づいた瞬間、まるで“呼吸するように”静かに開いた。
「え、やば……入るの?」
「決まってんじゃ〜ん。期待値ビンビンよ?」
レグが一歩を踏み出す。俺とドランも、顔を見合わせてから彼のあとに続いた。
***
店内は静かで、妙に広かった。
棚には見たことのない食品や日用品が並び、店内放送では「今週のオススメはマナ対応型湿布です♪」と軽快な声が響いている。
「……すげぇ。ムーでもここまでやってるコンビニ見たことないかも」
「商品名、何言ってるかよくわかんねぇやつもあるぞ。これ“竜の骨風味のせんべい”って読むのか……?」
「見て見てこれ!“時空対応アイス”!開けるまで何味かわかんないって!バカすぎる〜!!買う〜!!」
レグは異常なテンションでかごにどんどん商品を放り込む。俺はというと、なんとなく“夜空のマナ水”というパッケージに惹かれて手に取った。
「不思議な店だな。でも、不快じゃない。むしろ……落ち着く」
ドランの言葉に、俺もうなずいた。
「なあ、なんでこの店、今日まで見たことなかったんだろうな?」
「それな」
──と、そのとき。
店の奥、レジの脇にあるモニターが突然点滅した。
「……あれ、スロットマシンの光に似てないか?」
レグが言った。
映像は、俺たちの部屋だった。あのスロットが映っている。
次の瞬間、画面が一瞬バグを起こしたかと思うと、スロットの中から“手”のようなものがこちらに向かって伸びてきて──
ぷつん、と映像が切れた。
俺たちは、その場で凍りついた。
「……ねぇ、これってさ」
レグの声がわずかに震えていた。
「もしかして、“誰か”からのSOSじゃない?」
続く──。
ざっくりとしたプロットはあるのですが、基本的に出たとこ勝負です。彼らの物語がどのように進むのか、私自身も楽しみです。