第二話『いかれたBaby』
七輪の上でパチパチと脂がはじける音。最高すぎる。
魚でも肉でも野菜でも、焼き物は可能であれば炭火に限る。
炭起こしがエルフによる魔法でなければ、もっと楽しく酔えるんだけどな。
火の通ったサバの香りと言ったら、起き抜けの空腹感を暴力的にねじ伏せてくれる。
炭素とマナをまとった香ばしさと煙が、俺たちの細胞に至るまで侵食していく。
「っしゃ、焼けた〜! ハルちゃ〜ん! 大根おろしぃ〜!」
「慌てんなって。ほら、醤油にポン酢、一味もあるぞ」
「気がきく〜! さすが人類代表〜!」
レグが最高に下品な表情で俺にウインクしてくる。
お前……見た目だけはアイドルなんだから自重しろよな。
耳がうっすら光ってるのは、もう完全に癖だ。マナ管理条例、今日も形だけ。
「ドラン、麦茶でいいのか?」
「ああ、麦茶はもはやエリクサーだからな」
黒縁メガネの奥で目を細めながら、ドランが缶チューハイ(中身は麦茶)を受け取る。
ドワーフだからといって、みんながみんな酒が好きだったり、強かったりするわけでもないらしい。多様性とは巡りに巡る。
平日の朝、アルコールとソフトドリンクを手に七輪を囲む異なる種族の三人衆。
生まれも育ちも関係なく、都会の空に煙を送り込み、ただ魚を食う。
──この時点までは、ただの平和な飲み会だった。
「……ん? これ、箸……?」
ふと、俺の手元にある箸が、なにかおかしい。
指を添えた瞬間、ふわりと青い光が走った。早くも酔っ払ったか?
……いや、ちがうな。
「おいレグ。箸が光ってるんだけど、お前……」
「え? してないしてない! ……たぶん」
「たぶんじゃないが」
パチッ、と何かが弾ける音。サバの脂が炭に落ちたか?と訝しんでいると、
箸を取り巻く粒子状の光が次々と弾けていく。
明らかにマナじゃね? これ。
グダグダと酒を飲んでいるだけなのに、俺の箸が無駄に神々しく何かに反応しているように見える。
そしてそれはやがて、ある物に吸い込まれていく。
「なぁ、もしかして……皿か?」
全員が無言で、自分の皿を見た。
百均で買って使っている、なんの変哲もない白い紙の皿に、青い紋様が浮かび上がっている。
どれも複雑で、それぞれ違う模様。芸術的ですらあるそれを見て、浮かぶ疑問符。
「……レグ。これ、魔法陣じゃね?」
「いやいやいや、そんなわけ──」
言いかけたところで、レグの皿が青白い煙を渦のように巻き散らし、
さらにサバが、これでもかと美味しい香りを放ちながらふわふわと宙に浮いている。
「わあああああ!?」
「ちょ、ちょっと待て、レグ!? お前、皿に何した!?」
「いや俺じゃないってば! たぶん昨日のキャバの子が……」
「んなわけねーだろ!」
炭火によって加熱調理されたサバは、娼婦のように魅力的な香りを放ちながらぷかぷかと浮いている。
魔法陣からストロボのように光を放つ百均の紙皿は、緩急をつけて回り続けている。
魔法反応にしちゃ、ミュージカルのようなマナ異常だ。
「ハル、これ──“食器呪装”かもしれん」
「なんだよその、いかにも中二病みたいな単語は……!」
ドランが眉間に皺を寄せてうなった。
「ムーの古い家庭魔法だ。母親が子供にご飯を食べさせる際、皿や箸に“美味しくなる呪文”を刻むんだが……」
「それが暴走してるってことか?」
「恐らくな。“サバが飛んだ”時点で察した」
「早く言えよ!」
それにしたって、魔法が発動してしまったにしても……なんで家庭魔法?
そもそも家庭魔法ってなんなんだ?
混乱している俺たちをやさしさで包み込むかのように、サバは優雅に浮いている。
「あ!」
レグがハッとした様子で叫んだ。
「どうしたレグ?」
「昨日のキャバの子にさ、君みたいなかわいい女の子の赤ちゃんになるのが夢だったんだ!って全力でアピールしたんだよね〜、だから発動しちゃったのかも!」
──そして、世界は無音になった。
俺たちは、レコードのように回る紙皿を静かに回収し、
空飛ぶサバを網で捕まえ、クソエルフの耳の光をタオルで包んだ。
なにひとつ解決してないけど、サバは、うまい。