第一話『ハートに火をつけて』
この物語は
「魔法はあるけど使っちゃダメ」な
ちょっと不思議な現代日本の東京都東新宿でシェア生活をしているエルフとドワーフと人間による
「ゆるふわな日常」です。
よろしければご覧ください。
やけに香ばしいニオイで目が覚めた。
魚の脂が焼けるニオイが鼻の奥を突き抜ける。嫌な予感がして、すぐに身体を起こした。
見上げた天井はコンクリ打ちっぱなし、元・診療所の名残がまだ色濃く残る部屋だ。
俺──波留間ハルマ(はるま・ハルマ)、三十歳、美容師。
魔法は当然使えない、使う予定もない一般日本人男性だ。
だけど、住んでる奴らが使う。
雑居ビルが立ち並ぶ東新宿の一画で、俺たちは診療所だった建物をシェアハウスにして暮らしている。
住人は、俺、人間。
そして、ムー出身のエルフとドワーフ。
ムーというのは、かつて“伝説”と呼ばれていた大陸のことだ。しかし実際には、太平洋のど真ん中に今なお存在する“異種族文明圏”だ。エルフ、ドワーフ、獣人、妖精、etc…。
“原種”と呼ばれる魔法の使い手たちの故郷。技術と魔法が共存するあの大陸から、移民の波は現代の日本にも静かに届いている。
俺が今暮らしているこの家も、そんなムー出身者たちと人間が一緒に暮らしている、言わば“混合世帯”だ。とはいえ、住む側としては、なかなか気が抜けない。
階段を昇って屋上への扉を開けた瞬間、魔法特有の淡い光と共に、不自然なほどの螺旋を描いた香ばしい煙が俺を出迎えた。
「おいレグ、耳が光ってんぞ」
屋上のぼろぼろのコンクリートに置かれた七輪の前で、スウェット姿のエルフが缶チューハイを片手に振り返った。耳が青白くぼんやり光っている。
「おっはよ〜ハルちゃ〜ん! 今日も寝癖が“世界の始まり”って感じでイケてる〜!」
レグリア・シェラン。通称レグ。ムー出身のエルフ。
年齢は200歳を超えているらしいが、ホワイトブロンドの繊細な髪色、センターパートの前髪にツーブロックといった具合にどう見ても20代前半にしか見えない。趣味は飲酒にパチスロ、そして大の女性好き。実に残念なエルフである。
「言ったよな? 魔法、使うなって」
「いやいや、これは“精霊との朝の挨拶”だからセーフ!」
「耳が光ってんだよ。条例違反だろ」
「だいじょぶ〜。ここ東新宿。魔法使っても“そっち系”と思われるだけ〜」
「……そもそも魚焼くのに魔法使うなよ」
レグの耳は、エルフ特有のマナ反応で淡く光っていた。
新宿区は「マナ過密地域(通称:魔法散乱区)」に指定されており、魔力の自然漏出が多いため一部容認地域として緩和されている。自治体によっては魔法使用制限区域がほとんどで、基本的にマナ漏出そのものが人間社会では厳禁とされている。SNSに動画が拡散されようものなら、タイムラインは燃える燃える。
それでもレグはまったく気にしない。彼にとって魔法は、生活の延長。人間社会のルールより、自分のテンションが優先らしい。
確かに、新宿区は、魔法取締がザルだ。
あらゆる産業や欲望がとろとろに煮込まれて混ざっている。精霊が歩いてても誰もツッコまない。大江戸線から上がってくるマナの気配も日常の一部だ。
それでも──ルールはルール。
ふと、階段を昇ってくる何者かの気配。
「うるさい。低音域がぶれる」
現れたのはドワーフのドラン・ガルベルト。
黒縁メガネにパーマ頭、パンクTシャツに古着のツナギ。腕にはおびただしいほどのタトゥー。
片手にレコード、もう片手に缶チューハイ(中身は麦茶)。もう朝の定番。
「おはようドラン、今朝のBGMは?」
「クラッシュの2nd。曇りの日はこれだ」
「昨日マイルスだったろ?」
「夜はマイルス。朝はパンク。リズムを乱すな」
ドランはまだムーに住んでいた頃、ラジオから流れてきたデビュー当時のビートルズに衝撃を受けて、鍛治職への情熱が音楽一色へと塗り替えられてしまったらしい。
今は、レコードに囲まれてものづくりとは無縁という、ドワーフらしからぬ生活を満喫している。
「焼けたか。おいハル、大根おろしと醤油持ってきてくれ」
「……はいはい」
馬鹿らしくなったついでに俺もビールが飲みたくなったので、階下への階段に向かった瞬間、レグが吹き出した。
「ぷっ……くくっ…かかかかかカカ……!」
「……またかよレグ。勘弁してくれよ」
「いやさ〜、“ハルマ”って、クッ…!……ムー語で“男性器”って意味なんだよね〜。んで、君さ、姓も名もハルマでしょ?男の中の男って……ワ、ワンチャン人類代表みたいな?ぶふっ!」
ツボに入って崩れ落ちるレグ。ドランはうつむきながら小刻みに震えている。
「ドラン、お前も笑ってんじゃねぇよ!」
「……笑ってない。麦茶が鼻に入っただけだ」
「ふっざけんな!」
そんなくだらない会話を、俺たちは飽きることなくもう何度繰り返してるんだろう。
俺の名前は、波留間ハルマ。
魔法は使えないし、使う予定もない。
でも、この街では、使えても使わなくても、大して変わらない。
──魔法は禁止。そいつがルール。
だけどこいつらといると、なぜか毎日がちょっとだけ“魔法みたい”に感じる。
いかがだったでしょうか。
現実社会がしんどすぎて人生初の小説をノリで投稿してみました。
マイペースで連載していきたいと思います。