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雨②


 千秋楽後の時間。特典用のコメントも撮り終え、プチ打ち上げとして配られたお酒をスタッフと共演者が楽しんでいた。ひよりはジュースをいただきつつ、陽一からのメッセージを美琴に伝えた。


「美琴、今日このまま事務所に戻ってもいい?チーフから話があるみたい」

「よう、……チーフが?」

「さっき私に連絡がきたの。朝言えばいいのに、ねぇ?」

「わかりました。仕度してきます」

「タクシーで行こ」


 そう言って二人で帰り支度に入っていたら、賑わいの中心にいたはずの御影が近づいてきた。


「ひよりさん、僕は?」

「チーフからの呼び出しはないですね。御影さんは今日はこのまま直帰となっています」

「陽一忙しいんだね。取りに行きたいものがあるから、僕も乗っていいですか?」


 もともと美琴の送迎で来ていたので、御影とは別行動だったはず。


「ダメ、準主役級が早く帰っても変でしょ」

「それがないと家に帰った時困るんですけど」


 暗に一人で家に帰ってと目配せをするが、妙に食い下がってくるのでひよりは面食らってしまう。


「ダメ、チーフに相談して事務所開けて待ってるからちゃんと居て」

「……社命かぁ。は~い」



 なんとかその場を説き伏せて、二人で劇場を抜け出して事務所に戻った。夜も遅いため奥のオフィスにしか電気がついておらず、美琴は不思議そうにきょろきょろしていた。


「お疲れ様です。陽兄戻ったよ」

「遅くなってすみません」

「いや、呼び出したのはこちらだ。すまなかった、はやく知らせないとと思ってな」


 陽一は手元の書類を一枚美琴に差し出した。きょとんとしてそれを受け取ると書いてあることを目で追っていく。


「『ミュージカル雪月花 オーディションの結果……ヒロイン役に美琴氏が決定しました。』本当に……?」

「やったね、美琴!!」

「よくやったぞ、おめでとう!!」


 ぷるぷると嬉しさで震えながら美琴はゆっくりと陽一を見上げた。いつも硬い表情ばかりの彼が、こころから破顔しているのを見たことがなくって、美琴は目を見張った。それを陽一はどう受け取ったのか、大きな手で美琴の頭を撫ででびっくりする。


(イヅナの姿の時しか触れてくれなかったのに……嬉しい……)


 心底ほっとしたように美琴は目を閉じてうっとりと受け入れていた。素直に甘える猫のような様子にひよりも嬉しくなった。ここのところ、緊張感のある日々が続いていたのでリラックスしてるみたいでマネージャーの立場として心配していた。


「今日は『迎え酒』だね!!」

「さっそくだが、ビジュアル撮影のスケジュールが来ている。衣装合わせも逆算してるからよろしくな。ひよりも知ってると思うが、また御影と共演になる。色々すり合わせていこう」

「陽兄無理しないでね、美琴もがんばろう!」

「はい!」


 軽く祝杯をあげて今後のスケジュールを確認して、三人で一緒にマンションまで戻った。複数人で移動は他人の目を気にしなくて比較的楽だ。ひよりとはマンションの中で別れ、久しぶりに二人同じタイミングで家に帰ってきた。


「あ、あの」

「どうした?」

「変化を解いてもいいですか?」

「大丈夫だ、今日は疲れただろう?家の中では俺の許可は必要ないんだぞ」

「はい。ありがとうございます」


 美琴は変化を解くときに、主である陽一の許可を待つ。自由にしてもいいと言われても慣れないのだ。今日も癖で許可をもらい、耳と尻尾と髪色を戻して肩の力を抜いた。陽一もスーツの上着をハンガーにかけてソファにどっかりと座ってネクタイを解いていた。


きたれ、我がツナ__『ミコト』」

「!!」


 近くにいたのに突然『お召し』の言葉を告げられて、ミコトはふらふらと座っている陽一の前の床に座った。


「ちゃんとご褒美をやらないとな」

「あ、ぇ……?」

「どこからがいい?ひよりは腕からと言っていたが」


 少し酔っているのか機嫌が良さそうな陽一はシャツを捲って自分の腕やら肘あたりを擦っている。そんな様子にミコトは少し混乱しながら、いつもなら言わないことを口走ってみたくなった。


「……あ、あの」

「うん?」


 腰をあげて陽一の膝に手をついて、そのまま乗り上げて向かい合う。きょとんとした陽一の顔はいつもより幼く見えた。ミコトはすぐに顔を逸らして彼の肩に顔をうずめる。


「ここが、いいです」


 陽一からはイヅナの倒れた白い耳しか見えなかった。それでも初めて聞く彼女の要望に感動すら覚えていたので、酒が入っていたことも相まってこの状況は頭からすっぽ抜けていた。すす、と緩めた首元から、ヒトの体温より低い手のひらがシャツをめくるようにして入ってきて肩口をさらした。こきゅ、とミコトの喉が鳴る。


「“どうぞ”」

「……いただきます」


 優しく食まれた肩から鈍い痛みを感じながら、陽一はミコトの労をねぎらった。

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