二匹のイヅナ③
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「すごい蹴り技だね」
「ありがとうございます。衣装を壊さないか不安です」
稽古の休憩中、美琴はさっきやっていた戦闘シーンを相手役の鹿島晴日とさらっていた。いくらイヅナである自分が人間以上に動けるからと言って、殺陣というものは相手と息を合わせないと完成しないのだ。このシーンで美琴は役名の付いた敵キャラを演じる。アンサンブルとして兼役であるのだが、衣装やウィッグはまた特別なものが用意されているのだ。
「次は袖をつけたままやってもいいですか?」
もうすぐ衣装付き通し稽古がある。着物を着崩したような衣装でアクションをしなければならないため、同じサイズと形の仮布を両腕につけて練習したかった。
「了解、もう一回武器との間合いもしよう。あ、差し入れのワッフルいただくね」
「ありがとうございます。さっき近くでマネージャーさんと一緒に選んできました!」
「まじか!俺この稽古場何度も来てるのに知らなかった……」
「すみません、お二人とも!今日メイキング用のカメラが入る日なんですが、次の練習風景撮影してもよろしいですか?」
「はい、もちろん。使ってください」
「袖とれたら恥ずかしい……しぼらないと」
(右、右上、右回り……相手は槍だから……ここ、こう?)
「美琴、足もっと右の方が綺麗かも!それか二人とも軸ずらして立つ?」
「遠くから見たら綺麗に重なってる!!OK!」
「じゃあこの位置で確定しましょう。槍は前めに出しますね」
「はい、じゃあ首はこう?」
演出の意見を聞きながら、こてんと頭を右に傾けて出来栄えを確認していく。その様子に鹿島は可愛いなと思うと同時に、今対峙している相手の態勢に驚愕した。
「えっ、ちょ、美琴ちゃん体幹やば!?全部右に傾いてるのにどうして立ってられるの!?」
「あっ、えっーーと、ばバレエとかにはよくある動きなんですよ~こうするとほら!回れるでしょう??」
一方カメラは、二人が何を話しているのかまでは取らずにカウントに合わせて四肢や武器を繰り出すさまを取りつつ、普通の女性キャストではなかなか見られないアクロバティックな動きをカメラに収めていく。
後日販売された特典にはこんな風に仕上がっていたようだ。
【アクションシーンはいかがですか?】
「ここまで激しいのは舞台では初めてなんですけど、自由に動かしていただけて感謝しています」
「たくさん経験してますけど、今回は槍なのでリーチになれないですね。でも慣れてくると楽しいです。お相手がアクション経験豊富な方なので、ついていけたときは嬉しくなります。でも最近は『速すぎる』って言われましたよね」
「ダンスと同じで、慣れるとこう……」
「めっちゃわかります、だからテンポはね、これからしっかり合わせていきたいです!」
@6639yHuchL
身長差エグ!ww
御影くんの尻尾モフモフでかわいい!!
美琴さん、脚細!!!
@mk_lovexoxo3
御影くんこんにちは!初日行ってきました!本当に火神さまそのものでした♡♡最後まで応援してます♡
@Jzfkooxxx3
御影くんこんにちは♪ケガには気を付けてください!
グッズも買いました!!
@jgtw_mkhr625
前楽と千秋楽に行きます!!!とっても楽しみです!!
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「昨日駅でファンに声かけられた……」
「……その落ち込み方だと、いつもみたいにいかなかったの?」
「うん……むこうも観終わって興奮してたのか、凸ってる自覚もなくて……みかちゃんはどうしてバレないの!?」
「オーラを消してるから」
「え~?俺だって前髪ぐちゃぐちゃにしてからキャップ被ってマスクまでしてるのに!?」
御影が劇場の板の上でストレッチしていたら、ねぇ教えてよ~!!と晴日にしつこく絡まれた。これから殺陣返しだというのに身が入らないのだろう。芸能人、俳優といっても人間としてプライバシーは守られていなければならない。
鹿島晴日はファン層が荒れやすいらしく、最近演じたシリーズ作品で若年層の新規顧客が多く流れてきたのが原因のひとつらしい。それだけ聞けば嬉しいことだが、ルールを乱す者が現れるのもまた事実なのだ。それは御影も例に漏れることはないが、なにせ人間ではないので回避行動の選択肢が多いだけである。
ミカゲが人間のカタチをとると、どの時代でもそれは目立つ容姿になるため先代のキエは他者の認識を阻害する術を度々施してくれていた。言われなくても守られている、そんな感覚で。
「そういえば各社ゲネプロ映像、バズってるね」
「そう!それ、ほんとによかった~!全部の回で成功させないと」
御影が柔軟で上体を倒し、なぜかそれを当然のように晴日が加重しながらスマホで見ているのは、昨日一斉に公開されたゲネプロ映像。特に注目されたのが、晴日と美琴の戦闘シーン冒頭のようだった。
「『動きが達人のそれ』『なんで曼珠沙華たん負けるの??ってくらい強そうで草』『黒鋼くん、これは負け確定演出』『どうやって勝つの??配信見るしかない!』『ふとm・・・』これはいいや……コメントで俺負けることになってるのどうして!!??」
(『太ももがエロい』ってコメントは見なかったことにしよう……集中できなくなる……)
「美琴はずっとバレエだの、新体操だのキャリアがあってアクションにはまってたんだよ。最初はあざつくってチーフマネに怒られてたっけ」
「デビュー前からいろいろやってたのか……あれだよね?みかちゃんの写真集でアシスタントやってたってホントなの?」
「そうだよ、現場見学がてらね。ほら、ウチはるくんのところみたいな大手じゃないから、手弁当もいいところだよ。俺も機材運んだりするし、美琴はレフ版持ってたよ」
「まじか~……あっ!まさか、みかちゃんのバースデー写真集の手ぇ……イタ!!!」
「シーーー!!!声がでかい!!バレるとマネに怒られるの!気づいても言わないのがマナーでしょ!!」
とんだノンデリ野郎だな、と御影は内心毒づきながら普通にむかついたので役の武器で殴っておいた。
前回発売した写真集のテーマが彼女目線だかなんだかで、一部存在の匂わせのようなカットがあり一瞬ネットがざわついたらしいが知ったことではない。『手』を引っ張たり、押し倒したような構図に移りこむパーツモデルが美琴だったことはどのクレジットにも載せていないのだから。
「おはようございます!殺陣返しよろしくお願いします!」
「アップ終わったの?よろしくね!」
「では、一幕終わりの殺陣返しから始めます。そのあと終盤大立ち回り、あとはさらっていきましょう」
「はい!!」
観客のいない劇場に響く演出の声で、空気が完全に切り替わった。