二匹のイヅナ①
うちのお狐様は意地悪だ。
何でもかんでもおばあちゃんの偉業と比べられて劣等感まみれになる。ミカゲを継承してまだ数年であるけれど、正直彼を御せる自信がない。20代前半だというのに、胃薬とはお友達だしミカゲの顔色をうかがう毎日だ。(これはどの世界のマネージャーもそうなのかもしれない)
おばあちゃんはいつも「ウチには神様がついていてくれるんだ。お礼とご褒美は欠かさず用意をすること」と言っていた。だから神酒の作り方も覚えたし、専用の道具の使い方も学んだ。ハンドベルのような形の鈴から、宮司が参拝者に向かって振るような串まで。
『どうか、私たちに幸せをもたらしてくれますように』と願いを込めて。
それが今はどうだ。変化の力を取り戻したミカゲはどこ吹く風でソファに寝そべりながらスマホで業務であるSNSを更新している。
「ミカゲはさ、どうして私を選んだの?」
「…………」
「私との期間が終われば、もうイヅナを辞めれるんでしょう?」
「ちがう。俺は神になるんだ」
「……うちの神社に来てくれるの?」
「あそこにはもう神がいるだろ。あいつと一緒なんてごめんだね」
傷口の手当てを終えると、手元のスマホが通知を知らせる。ミカゲの投稿だ。先ほど陽一にも相談したので、事務所のアカウントから出待ち行為の注意喚起を投稿したところだろう。
「さすが陽兄、仕事が速い」
「もしかすると今回の件、各事務所が出すかもしれない」
「そんなに過激なコンテンツだったの?」
「女優と初絡みだかなんかのやつがいて、ファンが勝手に燃えてんだ」
「やっぱりそこなんだよね~ミコトにも注意しないとな」
「役付きアンサンブルまでうだうだ言うなっての」
「本当は、ミカゲの弟分みたいのがいた方がそういう心配ないんだけど。それとも“従兄妹”設定を発動させるか……?」
「外野に見せないように上手くやってるやつなんてごまんといる。露呈する奴が悪いんだよ、ぶっちゃけハルヒがちょっかいかけてるの見てるのは滑稽だぞ」
「ちょっ……!!」
とんでもないことをサラリと暴露した。こいつは週刊誌の記者に絡まれたら平気で仕事仲間を売りそうなほど口が軽いぞ。いくらビジネスライクであろうと無関係な人間の営みには全く興味がなさそうでこういう所を見ると、ヒトの常識が通用しないことを痛感する。特に相手が同族のミコトというわけだから余計にだろう。
「前にひよりが言ってた“育成ゲーム”見てるみたいだ。俺は楽しくて仕方ない、ハハ」
手の中のスマホの画面はおそらく鹿島晴日とのメッセージ画面だろう。悪い顔をして画面をスクロールして、そして。
「“美琴ちゃんって彼氏いる?”」
「ふぁ!?」
「“みかちゃんってほんとに美琴ちゃんと付き合ってないの?”」
「あー!あー!あー!あー!何もきーいーてーまーせーんー!!!」
「“従兄妹”って設定は悪くないと思うが、これ以上相談めいた事が増えるのは厄介だ。陽一でも仕掛けておけよ」
やめろ、これ以上心労を増やすな。人気絶頂の舞台俳優のセンシティブなメッセージのやりとりを晒すな!鹿島晴日もまさか事務所のマネージャーにこんな内容を暴露されるなんて思ってもいないだろう。
「やめて、やめて!鹿島くんはノースキャンダルの神だったじゃん!!イメージ崩さないで!」
「急にファン面してんなよ。あいつの気は清浄だし人畜無害そうだから割と話しかけてたんだが、人間はオモシロイな」
世の中には、お稲荷さんに好かれる人間というのがいるのだそう。イヅナは特に好き嫌いがはっきりしているという。彼らは「気」と呼んでいるようだか、クダ持ちの自分たちでさえ、他人から指摘されないとわからないことでもある。ちなみに私よりも陽一の方が彼らには都合が良いとまで言われたことがある。ミコトは邪気に弱いので相性はいいのだろう。
でもなんでだろう。最近ちょっとしたことでも誰かを引き合いに出されているのは息苦しい時がある。一瞬だけ胸が苦しい。いつもの胃痛に比べたらなんでもないのだ。ちょっとしたもやもや。忙しいからそんなことに構ってる暇などないというのに。
「あと二週間で本番なのに荒れそ~。そろそろ陽兄にバトンタッチするからミカゲの方は大丈夫かな。私はミコトにつくから少し鹿島さんのことについては様子見ておく」
「大丈夫だ、あいつヘタレだぞ。稽古期間はメシ行くひまもないだろうが、口実が多いのがこの期間のはずなのに声かけてもないからな。そもそもあいつの連絡先さえ知らないかもな」
「ミカゲもごめん。私が供給をうまくできないせいで、今日みたいに辛くなったら言ってね。本番入る前にまたあげるから」
「……ああ」