ヒロイン始動②
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『弊社所属タレントに関するお知らせ』
いつも飯綱御影を応援していただき、誠にありがとうございます。
稽古場や劇場周辺での待機行為に関するご報告が寄せられました。
当該行為は他のご利用者様にご迷惑をおかけするだけでなくタレント本人の活動にも支障をきたす可能性がございます。
マナーを守り、タレントの活動を暖かく見守っていただけますよう、お願い申し上げます。
今後とも飯綱御影への応援をよろしくお願いいたします。
クツナエンタテイメント
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美琴と御影が事務所に戻り四人で打ち合わせをしたその日の夜、事務所公式から『ファンの皆様へのお願い』を出すことになった。
本来なら稽古と小屋入りの頃に、作品公式から注意喚起をする予定だという内容を陽一から報告する予定が、美琴の後から帰ってきた御影から報告を受けてそれが大きく狂ったのだ。関係各所に情報共有をしてから、クツナエンタが真っ先に発信することが許可されてついさっき帰宅した。
「はぁーーーーーーーーー」
「お、お疲れ様です」
今日はそんなことでリソースを割きたくなかったのに。稽古期間の写真についても周知できたし二人ともそこまで迂闊ではないはずだ。余計な心配事が増えて帰宅するなり陽一はソファに背を預けて深く息を吐いた。そんな様子にミコトが気を遣うように声をかけてくれた。これではどちらがマネージャーなのかわからない。よくない。
「いや、俺が疲れてる場合じゃない。今日はどうだった、ミコト」
「たくさん歌ってきました」
オーディション準備期間の頃から、ミコトは陽一と家で積極的に話すようになった。それは仕事のことであったり、人間生活のことであったり様々で。普段ひよりと行動するときのように、疑問を投げかけてみたり。差し入れで美味しかったものを報告したりしていた。
陽一が休みの日には突然「好物を探しに行こう」と食べ物系のフェスに一緒に行ったこともあった。すると段々、人間の食べ物の味がわかるようになった。
「もう一度聞くが、稽古場付近でも御影といたときも何かされたりしていないか?」
「認識阻害の術はうまくいっていますよ。ミカゲのほうも弱まってたわけじゃないと思います。私と喋って歩いてたから少し油断してたんだと思います。スタッフと勘違いしてる隙に、あの場から逃がしてくれたので」
「ああ、術を破るってことは服装とか雰囲気で話しかけてきたんだろうな。わざわざ事務所の前で張っていたようだし。何かあったらすぐに言ってくれ」
ミコトは人間に対して関心が薄いことを自覚している。向けられる悪意も以前は気づけないほど不安定だった自分の存在をキエは受け入れてくれた。ミカゲも邪険にはせずに見守ってくれていたし、今日のことのように仕事面で庇ってくれていたりもする。昔は少し怖かった存在だったが、今ではわかりづらい優しさに気づける余裕が生まれてきた。
「はい」
「迎え酒の用意をしよう。今日はいちご大福を買ってあるぞ」
ミコトの頭をひと撫でしてから立ち上がりキッチンの方へ向かった。冷蔵庫を開ける音を聞きながら、ミコトは膝に顔をうずめて先ほどの感触をかみしめていた。
甘いものは好きだった。キエが昔わけてくれたから。変化の練習で人間の姿になったご褒美によくおはぎをくれた。
キエのときもそうだったが、イヅナの姿で彼女に撫でられるのは好きだった。時折、ヒトの姿をとっているミカゲがキエにスキンシップをとっている様子を見ていたが、当時のミコトにはよくわからなかった。でも今は、なんとなくキエを想うミカゲの気持ちがわかってしまった。
自分はずっと、呪いの副産物でしかないと思っていたから。力が弱くてキエのチカラにもなれなかった。彼女の慈悲によって、自分は生かされたのだと。
髪があるから温度なんてほとんど感じないのに、なまじ陽一とは霊力という見えない力で繋がっているわけだから、主の手のひらから伝わるものは多い。感触から心地のいい熱が、自分の顔へと移っていく。
イヅナとしての契約によって生まれた“主が好き”という気持ちが、いまようやく理解した。だってミコトは、自らの意思で陽一を選んだのだから。理由を説明できるほど、ミコトは言葉を知らなかった。ミカゲにはちゃんとした理由があるみたいだけど。
「ミコト?大丈夫か」
のろのろと膝に埋めていた顔をあげると、顔色を窺うように髪を耳にかけてくれた陽一の動作がやけに色っぽく見えてミコトは慌てて目を逸らした。ローテーブルに置かれたトレーには、いちご大福と猪口がひとつだけしか乗っていないことに気づく。
「陽一は飲まないのですか?」
「明日も仕事だからな。疲れが取れないと困る」
「あ、あの」
「ん?」
「飲んでいる間だけ……頭を撫でてほしいです。多分私に霊力を注ぎすぎなんだと思います。触れてくれたら……還せる、ので」
「わかった。ちょうどよくなったら教えてくれ」
ミコトがおずおずとそう申し出てきたので、陽一は快く提案にのった。陽一はイヅナ使いとしての知識は、口伝されていたひよりより少ない。自分が施す術に対する霊力を感じ取ることはここ数年できるようになってきたが、外的要因のものは苦手だった。
ミコトは猪口に手を伸ばして迎え酒をあおる。花のような香りと甘露のような甘さが心地が良い。甘いと感じるのはイヅナだけのようで、陽一によると日本酒で言うならば辛口の部類らしい。美琴の姿では18歳という設定のため、酒は飲むなと言われている。そのために打ち上げにはマネージャーのひよりも同行してくれる。
いま手の中にある猪口は、本来徳利と猪口二つがセットになっているもので、色違いだが陽一とおそろいのモノになる。ただそれを一緒に使ったためしがないのだけど。出先で一緒に選んで買ってくれたのに、とミコトは猪口を睨みながら早く飲み干してしまおうと思った。
一方陽一は大きな手のひらにすっぽり収まりそうなミコトの頭を無心で撫でていた。
「なんか……すごいよな。お前もミカゲも」
「はい?」
「だって、ミュージカルだぞ?たくさんのお金と人が動いてるものの最前線で客を満足させないといけないのは、相当なプレッシャーだと思う。使役、なんて言葉でやらせていいことじゃないと思ってるよ」
「よ、陽一?酔ってます??もう霊力ちょうどよくなりました!!いちご大福食べましょう?」
「急に満腹感がすごくて……それになんかこれ、いいな……」
陽一がうつろな視線のままぽつぽつと喋り出してミコトはとなりで混乱していちご大福を差し出した。頭をなでる手がそのまま陽一の方へ引き寄せられて肩が密着する。ぐいぐいといちご大福を押し付けても肩は重くなる一方で。
「あなた眠いんですね!?ここで寝るのはだめですよ!私あなたを運べないのに!!スーツだって着たままなのに!!」
「歌ってみてくれないか」
「え??」
「雪ミュの、うた」
肩を押しやってなんとかソファに背中を預けさせると、目を閉じたままの陽一が唐突にそう言った。ミコトが練習している椿のソロのことを言っているのだろう。でも曲調的に今歌うのは気が引ける。
「絶対寝るじゃないですか」
「ねないって。ほら」
「っ~~!!ちょっとだけですよ」
陽一が何か要望してくるようなことはほとんどなかった。それはミコトからも同じ。お互いの願いを叶えることに不慣れな二人が、手探りで距離を測っている。
ミコトはソファに居ずまいを正して座り直し、練習している歌詞をそっと唇に乗せていく。
鳳が舞い散る 朱の空
月は沈みて 夢も消ゆ
それでも朝は 巡りくる
この手に 何を掬おうか
音を外さないようにと丁寧に発するミコトの控えめなソプラノはシリーズのヒロインが歌い紡いできた名曲を奏でる。心地のいい旋律を耳にしながら陽一の意識は落ちていった。
「…………」
「やっぱり寝てる……もう。おやすみなさい」
ミコトは陽一を起こさないように立ち上がれば、いつも自分が使ってるブランケットをカバンから取り出して身体にかけてやって部屋に戻った。




