ヒロイン始動①
『ミュージカル雪月花』
恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる乙女ゲームを原作とした2.5次元のミュージカル作品。原作ゲーム『雪月花』は、乙女ゲームジャンルで爆発的な人気を博し、アニメや映画化もされている。
舞台は戦乱の世が続く戦国時代。各国が激しく争う中、大名たちは自国を守るために「姫巫女」と呼ばれる巫女を探し求めていた。姫巫女は、特殊な結界を張る力を持ち、その力が国の安寧を左右すると言われている。天霧国に生まれ育ったヒロインは、平凡な武家の娘として日々を送っていたが、ある日突然、姫巫女として戦乱の渦へと巻き込まれていく。
重厚なストーリーとファンタジー要素、美麗なグラフィック2.5次元作品の黎明期に和風とミュージカルを融合させた革新的なシリーズとして人気を博してきた。
主演に鹿島晴日を据えてシリーズ七作目で過去作品の“再演”にあたり、新キャストでは2作目になる。前回のキャスト一新で御影もいわゆる二代目キャストを勝ち取ったのだ。
@6639yHuchL
キャスト続投うれしい!!
@mk_lovexoxo3
御影くんこんばんは!また御影くんの一馬くんに会えるなんて嬉しすぎます♡♡
@Jzfkooxxx3
このまま柊編まで応援してます!!
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@jgtw_mkhr625
ヒロインだれ??
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@nwh7ccf
カミガミのアンサンブルやってた子だ。iznくんの後輩ってこの子だけだよね
男の子育てないのかな
@opx9p3n
初演もあったし再演だからキスシーン絶対あるでしょ……鬱
@4es4vbf
推しリアコして初めての女優との絡み……どう向き合えば……
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ついに追加キャストの情報公開が行われた。定刻になるとキャストたちのSNSも続々と更新される。ひよりは事務所のデスクでパソコンにタブレットに視線を上げ下げしながら指で忙しなくスクロールしている。
反応は予想以上に荒れていなかった。美琴はデビューしてから女性向け作品の舞台に多く出演してきたキャリアがある。実際男性ファンより女性ファンが多く小規模であるがお渡し会などでも女性が多く散見される。喜ばしいことだが今後もファンクラブ先行のノルマなどを考えると、美琴自身のファン獲得を目指していかなくてはならない。今回は御影も出演しているし役柄の比重も考慮してこちらも交渉できるので大きな問題ではないだろう。
目下の懸念点は役の相手がファン界隈が荒れやすい鹿島晴日ということ。若年層の新規ファンが増えた時期に、界隈はマナーの良し悪しなどで古参と新規がたいてい衝突しがちである。
ひよりはエゴサをしながら否定的な投稿にも一通り目を通していた。
「この様子だと向こうの事務所からもお達しがありそうだね。稽古期間と写真気を付けてもらおう」
「メイキングは仕方ないだろ?」
「甘いね、陽兄。似たようなケースで徹底的に配慮されたバクステ映像があったよ」
「このシリーズはもともと男女の恋愛ものだろう?オフショットでツーショットも避ける事務所があるのか」
「ファンによっては売名に使われてるって感じる人もいるらしいの。御影とのツーショを上げまくってるデビュー間もないアンサンブルがいたら怖いでしょう??本人たちが仲良くなる分にはいいんだけど、女優周りは写真で異性除けしてる子は結構いるよ」
「実際聞いたことがある。俺にはよくわからなかったが、リスクヘッジという意味では理解できる」
オタク文化に疎い従兄は、絶妙にファン心理を理解していない。本人も推し活などとは遠いようで、休日に何をやってるのか美琴に聞いたことがあるが、美琴を外に連れまわすことが多いようで彼女自身も慣れていないからよくわかっていないのだそう。
「オタク心がわかってないな~見えないところで女の影がチラつきそうなのがイヤなの!!わからないように交際して何も匂わせずに結婚報告してほしいの!!」
「見えないところに心を削るのはしんどいだろうに。御影は先代の話題を祖母にしてるから成立してるんだな」
「女性タレントの『猫』と『甥っ子』の話は彼氏の話ってよく言うし、御影も疑われてるんじゃない?」
「遺影を持って来ようとしたら、お前に止められたよな」
「推しのバスツアーで身内の遺影があったらトラウマものだよ!!おばあちゃんのこと大好きなのは伝わってるって。どの媒体でも恩人並みに語ってるんだから」
「SNSで情報収集するのは頭が痛いな。ひよりに任せっぱなしですまない」
決してジェネレーションギャップがあるわけではないが、ファンたちが使うSNSと陽一が単に相性がよくないのだろう。
ただ仕事ぶりはピカイチで同業や裏方、ファンからの評価は非常に高い。イズナが好みそうな目を惹く端正な顔立ちに載ったメガネと仕立ての良いスーツは、御影の隣に居ても遜色ないように見える。御影のライブ配信にもたびたび登場し、“メガネマネージャー”としてファンの間でもっぱら有名だ。
「私がもともとミーハーなだけ。ファン心理を語っておきながら特定の推しとかいたことないし」
「でも御影の作品はよく事務所で見てるだろ、顔ファンは立派な“推し”だ」
「ぐぬぬ……」
ひよりは認めたくはないが、御影の顔は好きだ。顔ファンならまあまあにわかな感じでまだ踏みとどまれてる気がする、と一旦思考の端へ追いやった。
「もう歌稽古始まってるのか?」
「うん、主演とヒロインだけ先かな。作曲の微調整もするんだって。御影のスケジュールはざっくりしか来てないよね?」
「ああ、期間しか抑えてない。まあいつも通り稽古序盤にやるものだと思ってた。デモテープもまだ来てない」
一方ヒロイン役の美琴には先にデモテープが届き、レッスンをして歌稽古の準備を先に進めていた。オーディションの時点で主演との声の相性は見込まれて選ばれてはいるのだろうが、この作品の製作は男女の声の調和を特に大切にしているのだとか。ラブロマンスをミュージカルで描くとなると当然のことだろう。
「もうすぐ美琴が稽古終わるんだけど、事務所寄らせる?直帰?」
「一回四人で打ち合わせをしよう。あの件で注意喚起が出ている。付き添いとかの確認がしたい」
「わかった。連絡入れておくね」
***
「あ……お疲れ様です」
「よう。何帰りだ?」
「雪ミュの歌稽古です。御影は?」
「雑誌の撮影」
事務所まであと少しという道中で、美琴は黒のバケットハットと黒マスクをした御影を見つけて声をかけた。
先代の頃は同じ空間で暮らしていることが多く、お互いの暮らしぶりは聞くまでもなかったが、それぞれ主が違う今はそうではない。また彼は売れっ子のため美琴と仕事が被ることはなかった。玖綱家に貢献しているのは、圧倒的に彼の方であったから美琴はやや負い目を感じていたが、今回の大きな仕事に力を入れていた。
「ひよりさんは今日事務所で作業です。付き添いはお断りしました」
「……別に。お前の術は安定してるな、あいつのと違って」
「それは……」
「あ、あの!!」
ふと御影が気配を探るようなしぐさをしたので、美琴はひよりの居場所について御影に伝えると彼がらしくない動作で気のないふりをした。イヅナからしたらバレバレなのに、と美琴は小さく微笑んだ。
そんな雑談をしながら事務所まであと十数メートルといったところで、見知らぬ二人組の女性に声をかけられた。
「……はい」
「飯綱御影くんですよね?」
「何か」
御影と一緒に隣を歩く美琴も足を止めてしまったから、女性たちがじろじろと彼女の方を見てきた。その視線に委縮した様子の美琴の肩を押して距離を取らせ、あごをしゃくって事務所に入るように促した。
美琴は彼女たちの脇を速足で通過してその場を御影に任せることにする。
「あの私たち今度の雪ミュぜったい行くので!!」
「頑張ってください!!あのお手紙を、渡したくて」
「ここでは受け取れないので、SNSに書いてある宛先まで送ってください。送ってくれたら、絶対読むので」
「この子、カミガミステの公演見に行けなくて!それで……」
「いま受け取ってしまったら、僕は事務所に報告しなければなりません。そして中身を読ませてもらえないので。他のイベントまで待ってくれるか、郵送してほしいな」
御影は普段の外面の良さ全開に、努めて冷静に状況をファンであろう二人に伝えた。ファンクラブであろうとなかろうと、応援にはルールが存在する。それを逸脱してしまえば、どこでどんな情報が流布されるかわかったものではない。
「……はい、わかりました」
「さっきの子は、マネージャーですか?」
「社員なんだ。これからも応援よろしくお願いします」
この期に及んでまだ疑問形で話しかけてくる自分のファンにイライラしながらも、定型文で締めくくって御影はその場を後にした。




