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不可逆な契約④

◇◇◇

「……」


 いつのまにか、うたた寝をしてしまっていた。どれくらいそうしていただろうか。日が少し傾いている。母屋に戻るか、と居ずまいを正そうとしたところでリン……と聞き馴染んだ音がした。生前キエが使用していた“呼び鈴”と同じ音色だ。

 気配がする。誰とまでは判別できないが砂利道を蹴る音も遅れて聞こえてきた。一尾や二尾のイヅナならまだしも、ミカゲほど力が強くなっているイヅナが人間一人程度の気配を探れないなどありえない。


 ミカゲには気配を認知できない存在が、四つある。

 ひとつはキエの夫、残りはキエの子供たち。つまり、ひより父がそのひとりである。キエが婚姻を結ぶ時、ミカゲの執着が自分の伴侶と子供たちに及ばないように、イヅナから存在を隠したのだ。そして夫はキエより先に他界した。つまりここに居るのは。


「……ミカゲ様??そこにおられるんですね」


 はじめて、「声」が聞こえた。ミカゲの片耳が初めて聞く男の声にピクリと反応する。


「母に会いに来てくれてありがとうございます」


 キエの墓越しにミカゲは空間と向き合った。ひよりの父_ひいてはキエの息子がそこにいるのだろう。足元の砂利に薄っすら跡になっている場所に立っているように見える。なぜならキエが死んでもなお、ミカゲにこの男の姿は見えないのだから。


「……って、僕の声はミカゲ様には聞こえないのか」


 玖綱の血__キエの息子でありながら、本人に霊的な能力はない。神社に携わるにしても支障があるため、宮司候補にもならなかった。最低限の素質というものが必要になってくる。

 確証があるわけではないが、キエの強い願いが息子にこのような結果をもたらしたようなものだ。けれどその力は死後も継続することはできないようで、こうして気配と声は辿れるようになった。だとしても今はミカゲのこころは何ひとつ動かないのだけれど。


「ひよりが迷惑をかけていませんか?祖母から聞くあなたの様子はとても強い存在だ。あの子の手には余るでしょう」

「……」


 見えないものに話しかけるなんて、とミカゲは苦笑を殺しながらその場を去ろうと砂利道を引き返しはじめた。


「それでも、あの子を最後の飯綱使い選んだのはあなたです。どうか……どうか最期までよろしくお頼み申します」


 背後で聞こえた願いは、ウカノミタマノカミに届いているだろうか。ミカゲがそれを受け取るつもりは毛頭ない。


■■■


「ひより、ここに居たのね」

「母さんごめんね。挨拶もそこそこに慌ただしくて」


 ひよりは日が落ちるまでの潔斎を終えて部屋に戻ったところで、母親から声をかけられた。


「いいのよ、おみやげもありがとう。…………ミカゲ様は?」

「まだ戻ってきてないかな。気配は近づいてるからそろそろ戻ってくるかも」


 ひよりの母親は何かしら霊感があるらしいが、ミカゲの姿は俳優活動をしてる時しか視認できないらしい。ちなみに父はキエの影響が残ったことで、映像媒体でしかミカゲを認識したことがないのだそう。以前ミカゲの出演する舞台に両親を招待したときに、父だけが苦笑いを浮かべて「次からは映像で見るよ」と教えてくれたのが気まずかったのを覚えている。


「普通に社会人やりながら、霊力の修行なんて忙しくてできないでしょう。ミカゲ様も随分忙しいみたいだし」

「うん。ミカゲへの認識阻害が長時間継続できないの。なかなか修行の時間も取れてなかったから、次の大きな仕事の前におさらいしておきたかったの。」

「頑張るのはいいことだけど、おばあちゃんのようにはいかないのよ。生まれつきの霊力が違うんだから」

「修行すれば大きくなるのかな~?俗世から離れて巫女になるとか、うちの祝詞覚えるとか」

「……あなたはよく尽くすタイプなのね。彼氏にもそうだったの?」


 装束を脱ぎながら最近の忙しさについての世間話が、母の唐突なキラーパスにひよりは吹き出した。


「ちょっと!四六時中ミカゲがそばにいるっていうのに彼氏なんてできたためしがないんですけど!?デリカシーないじゃん、そういうこと実の娘に言う?」

「六年前なんて学生真っただ中じゃない。おばあちゃんだってあんたよりも小さいころからミカゲさまと一緒なのに結婚して孫までいるじゃない。それは逃げにならないわよ」

「だっておばあちゃんとおじいちゃんはお見合いじゃん、ズルいって」

「この自由恋愛社会でそういう発言はダメよ。なんならお見合いセッティングしましょうか?」

「え~?うち都内でツテあるの?お見合いでこっちまで戻ってくるのはさすがに時間ないんだど」


 いままで目をそらしてきたことだが、神社の家系に生まれた以上、親族とのつながりなどが強固であるし普通に家族を作っていくものだと思っていたのも、ミカゲを継承したことで今の自分の立ち位置が分からなくなった。そして今代は陽一とミコトの存在もある。ひよりと陽一は多忙な業界に身を寄せているのもあって、本家の決め事にはあまり関わってこない。目下の議題はミカゲの契約の終焉についてだろう。


「わがまま言ってると、ミカゲ様のお嫁にもらわれちゃうわよ」

「ありえないでしょ。ミカゲはおばあちゃんのこと今でも好きなんだし」

「それでもあなたは特別なはずよ。最後の継承者ならなおさらね」


 神嫁なんて、異種婚姻譚が広まったことによる夢のまた夢の話である。実際は人身御供の美化にすぎないのだから。それにひよりはミカゲからそれほどまでに執着を向けられているとは到底思っていなかった。


「ミカゲはほんとに私に興味ないんだなって最近思う。おばあちゃんの忘れ形見ってだけ」

「……あなたはよくやってるわ。そんなに卑下しなくていいのよ」

「大丈夫。今の仕事は楽しいし、御影も上手くやってくれてる。俳優をサポートしたい気持ちが今回修行と結びついただけだよ」

「そう……。長話しちゃったわね。身体は冷えたでしょう。食事にしましょう」

「やった~!!持つべきものは野菜ソムリエの母~!!」

「氏子さんからたくさんお野菜いただいたから張り切っちゃった」


 ミカゲの気配がする。建物の敷居を跨いだことを感じ取って、ひよりは空気を変えた。母が用意してくれた精進料理を食べるために、部屋を後にした。

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