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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

乙女ゲームの闇堕ちラスボスは天使を溺愛するのに忙しい

作者: 無生物


※乙女ゲームの世界だけど乙女ゲームしてないので、『乙女ゲーム系作品』を読みたい人はブラウザバック推奨。


「ベリーニ辺境伯領では英雄よ!」


俺がその言葉にどれだけ救われたか。あの瞬間君に恋をし、君こそが俺の生きる意味になったんだ。


だから逃げないで俺から愛されてね。可愛い可愛い、俺のアイリス。







――「化け物が……『ランベルト』などと大層な名を貰えただけ、幸運だったと思え」――


意識せずとも何度も脳裏を巡る実の父から発せられた言葉。忌々しいと歪めた顔のこの国の王は、この塔にボクを閉じ込めた。


魔力制御の魔道具すら破壊し周りを傷付ける事しか出来ない、この膨大な魔力が危険だからと。皆、兄上も弟妹もボクに恐怖し泣き喚いて。


その光景がボクが思い出せる唯一の記憶だった。


……のに。


「あらっ。貴方、厩の見習い? こんなところに居て良いの?」


「、ぁ……ぇ」


「違うの? 汚れているから、てっきり。失礼なことを言ってごめんね」


幽閉されていても塔の中は自由に動ける。偶に見て回っていた時に偶然見付けた隠し通路は、それでもボクに“逃走”の選択は与えなかった。


ボクは生きているだけで周りに迷惑を掛ける化け物だから。


それでも。外の眩しさと澄んだ空気は、ボクでも生きていて良いのかもしれないと……全てを受け入れる『自然』はそんな勘違いをさせてくれるから、本当に偶に塔を抜け出していた。


王城から遠い塔。その塔から更に奥の、王族の狩り場。


どうやら今日は狩り場を開放し、鳥や小動物を狩る催しがあったらしい。既に催しは終わって、皆自然の中で茶会を楽しんでいる。


そう、茶会を抜け出したこの少女が教えてくれた。


「貴方も抜け出してきたの?」


「……ぅ、ん」


嘘ではない。塔を抜け出したことは本当だから。


「私とお揃いね」


そう言って隣に座った少女に、反射的に離れてしまった。失礼な態度だとは思うけど、この少女の為だ。


ボクは周りを傷付ける事しか出来ないから。


「どうして逃げるの?」


「ぁ……ぼ、ボクは……化け物、だから」


「ばけもの?」


「ま、魔力が……多過ぎて……傷付ける、から」


「化け物みたいな、力?」


「、……ぅ」


「っなにその力! 制御できればベリーニ辺境伯領では英雄よ!」


「!――ぇ」


「貴方っこんな貴方の価値が分からない王都なんて見限って、今すぐウチに来なさい!」


「ぇ……ぁ、でも……魔法、れんしゅ……周りが」


「練習なら“大魔境”に向かってぶっ放せば良いわ。――あ。“大魔境”っていうのはね、ウチの領に接してる広大な魔物の巣窟よ」


「そ、れは……し、自然を壊すのは……」


「気にしなくて良いわ。あの森は1ヶ月もせずに元に戻るから。木材と魔物素材はウチの特産で、お金は腐る程あるの。最初は下っ端からの扱いになるけど、飢えることの無い生活を保障するわ」


「ぇ、ぁ。ぇっ」


「気になるなら一度見においで。広範囲攻撃や援護ができる魔法使いは討伐で重宝されるから、そのまま居着いても構わないわ」


「ぅ……ぁ、ぇ」


「私はアイリス。ベリーニ家のアイリスよ。あなたは?」


「ら、ラン……」


咄嗟に言葉を切ってしまった。


この少女――アイリス様はそう言ってくれたけど、乳母を血塗れにした第二王子と有名な『ランベルト』と名乗ったら……怖がらせてしまうんじゃないかって。そう、思って。


「ラン? 女の子みたいな名前ね」


不思議そうなアイリス様は、なんだかキラキラしていて優しくて。ボクが嬉しく思う事を言ってくれて。ずっとボクの身体を、ぽかぽかとあたたかくしてくれて。


まるで天使みたいに純粋で。


「――あ。お母様が呼んでるわ。貴方も一緒に戻る?」


「っ……ぃ、ゃ。ボクは、いい」


「そう? じゃあね、ラン様。一度ウチに来てね。約束よ!」


「ぁ……ぅ、うん。や、やく……そく」


満足だと微笑むアイリス様は、大きく手を振りながら走って行った。教育を受けていないボクは、令嬢が走ってはいけない事も知らない。


だからアイリス様はとても元気な子だなって。ボクとは違って周りを幸せにする子なんだと、只々純粋にそう思った。


「ぇぃ、ゅぅ」


本当かな。周りを傷付け血塗れにする化け物のボクが、本当に……辺境伯領では『英雄』なんて憧れの存在に成れるのかな。


まだボクの魔力が暴走する前に読んだ、あの絵本みたいな。皆から感謝されてた勇者みたいに……かっこいい人、に……


「っ――ボクが……ボクなんて、むり」


化け物のボクが、皆が憧れる英雄や勇者に成れるかもなんて……なんて恥ずかしいことを考えてしまったんだろう。きっとアイリス様は、ボクが可哀想だから慰めてくれただけだ。


もしかしたら、からかって……たのかも。本当はボクが『ランベルト』だと知ってて、それで意地悪して……


で、でも……あんな天使が、人をバカにするかな……?


本当は、本当に……ボクが『英雄』に成れるって、そう思って……くれてるのかもしれない。服もぼろぼろで髪もぼさぼさのボクに、ラン様って言ってくれたし。


でも……だけど……


アイリス様の言葉が信じられなくて、1週間くらい迷ってしまった。


それでも、ボクは――


「ぁ、あの……陛下、に……ベリーニ辺境伯領に、行ってみたいと……伝えて……ください」


忌々しい。そんな顔で舌打ちをした、ボクの食事を運んで来てくれる男の人。ボクには王族の立場や権力は無い。だから、王族としての誇りも無い。


これ以上嫌われないように。少しの量のご飯でも、貰うためにも。


あの男の人がちゃんと伝えてくれるのか不安だったけど、その日の内に塔から出され馬車に乗せられ王都を出た。


厄介払い。


あの男の人は、ボクの世話をしたくないから伝えたんだと理解した。


ボクの居場所はあの場所に無かった。実の父親――陛下の顔も忘れる程に。


ガタガタと揺れる馬車は気持ち悪くて、何度も吐いたけど掃除してくれる人はいない。自分で片付けないといけない。


有るのは今着てる服と、薄い毛布1枚。吐いたものは薄い毛布で拭き取って、2回目からは丸めた毛布に吐いてた。


寒い季節じゃなくて良かった。冷たい塔の中に比べたら、あたたかい木で囲まれたこの馬車は寒くない。


何度吐いたか分からない。だっすい?だからって、何度水を掛けられたかも分からない。


辺境伯領に着いた時には、自分のニオイが分からない程に鼻が慣れてしまってた。男の人から「臭い」って言われたけど、王族の誇りが無いボクはやっぱり恥ずかしくなかった。


それでも、


「――ぁ……、っ」


男の人が陛下のチョクメイ?を読み上げてる間、周りを見てたら通路の陰からアイリス様が覗いてた。離れてたから表情は見えないけど、また会えたのが嬉しかった。


でもすぐに、今のボクの姿に……初めて“恥ずかしい”と思って俯いてしまった。前に会った時よりぼろぼろで、吐いたもので臭くて。


いきなり押し掛けて迷惑だと思われたかもしれなくて。


「では」


あっさりとした言葉を最後に、男の人は辺境伯様の屋敷を出て帰っていった。ボクが世話になるお金も渡さず、陛下のチョクメイ通り……ボクを辺境伯様の『養子』にして。


「……ハァ」


「っ――ぁ、あのボク……その……ご、ごめん……なさい。ぃ……いい子にするから、セージンしたら……で、出て行くから……それまではっ」


「先ずは風呂だ。次に飯」


「……ぇ」


「おい! この子虎を完璧に磨き腹いっぱい食わせてやれ!」


「承知しました。先ずは胃を慣らす為、パン粥と果物を準備させましょう」


どこから出て来たんだろう。


いつの間にか辺境伯様の横にいた、執事?……から案内されたお風呂では何度も洗われて、髪も整えられた。


ご飯は、こんそめ?っていう野菜で使ったスープを使ったパン粥。新鮮な果物。とても美味しくて、身体がびっくりして……寝込んでしまった。


広いお部屋。ここが、ボクの部屋になるらしい。夢みたい。夢……かもしれない。


こんなにあたたかくて幸せな夢なら、ずっと眠ったままでいたいな。


「約束。守ってくれたのね」


「!――ぁ、アイリス様っ!?」


「しーっ! お父様に内緒で来たから静かにしてっ」


「ごっごめん……ぁ、あの」


「お父様は怒っていないわ。いえ、王家には怒っていそうだけど」


「王家、に?」


「うん。『魔物の恐ろしさを知らず王都でぬくぬく暮らす腰抜け共が、稀少な魔法使いを虐げるなんてウチをナメてんのか。王都に魔物溢れてもウチは知らねーからな。自業自得だバカめ』って。こーんなに目を吊り上げてね」


両目の端を指で上げるアイリス様は、やっぱり元気であたたかい人だと思った。


「ウチの養子になったのよね。なら私のお兄様ね。ランお兄様――ランベルトお兄様って呼んだ方が良いかしら?」


「、ぃ……やだ!――ぁ、その……」


「じゃあ、ランお兄様と呼ぶわね」


「……ラン、でいい。えっと……アイリス様の、兄になるのが……嫌じゃなくて……その、うまく言えない……けど」


「ラン?」


「ぅ、うんっ」


「分かった。それじゃあ私のことも『アイリス』で良いわ。不公平になっちゃうもの」


「ぇ、ぁ……あい、りす?」


「そうよ。アイリス。宜しくね、ラン。あなたはここで英雄になって、あなたをバカにした王家を見返すの。期待してるわ」


いたずらっ子みたいに笑うアイリス様――アイリスは、やっぱりボクの身体をぽかぽかとあたたかくしてくれた。


だからボクも、アイリスが望むならって。その“期待”に応えたくなったんだ。











「11時の方向!ミノタウルス10……12!――ラン様お願いします!」


「あぁ」


物見台からの声。念の為、索敵をしてから数を確認し風魔法で首を刈り取る。


索敵から生体反応が消え、再び風魔法でミノタウルスを砦の中に移動。


「ラン様さいこー! 野郎共っ今日はミノタウルスのステーキだ! ラン様を崇め讃えろ!」


「流石ですラン様!」


「かっこいい!最高!」


「きゃーっ結婚してくれー!」


この砦の者達は本当に調子が良い。毎日俺を英雄扱いして、なのにこうやって揶揄って。


本当に、気持ちが良い人達だ。領主様が素晴らしいからだろう。大魔境を隔てるこの壁の中に魔物1匹侵入させない、鉄壁のベリーニ辺境伯領。


本当に素晴らしい領主様だ。心から、安心して尊敬出来る。


それに、俺達には天使が居る。


「お疲れ様、ラン。今日も大活躍みたいね」


「、アイリス! 危ないから防壁(ここ)には来るなと言っただろう!」


「あらっ。ベリーニ辺境伯の娘が、己の身すら守れないとでも?」


「そうじゃなくてっ」


「ふふっ。冗談よ。心配してくれて嬉しいわ。ありがとう、ラン」


実際。アイリスもミノタウルスと1対1なら勝てる程には剣を扱える。大魔境に接しているベリーニ辺境伯に連なる令嬢は、全員武を嗜み己の身を守れて当然だそうな。


ベリーニ家の養子となり様々な知識を得たので、一応“嗜む”のレベルではない事は伝えてみた。だが、この地では褒め言葉にしかならなかった。愉快な地だ。


場所が変われば常識も変わるのだと理解した。


「お嬢ー。早くラン様を婿に取りましょうよー。安泰っすよ、安泰」


「な……お前達っ!!」


「いやバレバレっすから。ラン様普段クールなのにお嬢にだけいーぱい喋るし、表情めっちゃ変わるし」


「酷いわラン様!アタシにも優しくしてちょーだいっ!」


「きっしょ」


「ないわ」


「まじ今のはない」


「ひっでー」


ケラケラと笑う彼等は、本当に……俺を元王族として見ず、次期辺境伯の婿だと見てくれている。


この国は男女関係なく長子が家督を継ぐ。長子が男児でない場合は、多くは親戚から――もしくは家格が下でも有能な者が幼い頃に養子入りし、そのまま婿入りする事が常識。


なのでアイリスと俺が結婚する事も出来る。俺としては願ってもない。幼い頃に感じていた、あの身体がぽかぽかとあたたかくなる感覚――それは数年もせずに『恋』なのだと理解していた。


もしも領主様がアイリスと夫婦になることを許してくれるのなら、喜びにドラゴンを狩って来てしまいそうだ。


いや婚約はしていないが。


……なるほど。ドラゴンを手土産に求婚するのも手か。


「ラン様もさっさと求婚しねえと掻っ攫われますよ」


「、は? アイリスに求婚する者には決闘を申し込んでやる」


「これでバレてないと思ってたの正気かよ。ベリーニ辺境伯領の英雄に勝てる奴居ねえよ」


「ほんっとさっさと求婚しろって話だよな。領主様も二つ返事なのによ」


「ヘタレだよな、ヘタレ」


「だからお前達! 聞こえているぞ!」


「聞こえるように言ってんでー」


完全におもちゃにされている。本当にバレていたのか。


……ダメだ、顔が熱い。久し振りに恥ずかしい。


俺だって求婚したい。したいが……


「ほら。今は休憩しないと」


「あ、あぁ」


微笑ましいと笑むアイリスの本心が見えない。


嫌われてはいない事は分かっている。寧ろ、人としてはとても好かれている自信がある。こんな危険な場所に会いに来てくれるから、好かれているに決まっている。


それでも一線を引かれている感覚を拭えない。なにか……




俺を通して別の誰かを見ているような。




いつものお茶。ベリーニ家に養子入りして、様々な好き嫌いができた。


このお茶は好き。甘いものは嫌いだが、アイリスが手ずから食べさせてくれる甘いものは好き。ベリーニ辺境伯領は好き。王家は嫌い。


アイリスは愛している。


「去年。ランは成人を迎えたでしょう?」


「あぁ。成人しても置いてくれている領主様には、心から感謝している。アイリスは来月だったな。祝いの品は期待していろ」


「ドラゴンでも狩って来るつもり?」


「……それも良いな」


その時に求婚しようか。彼等も『領主様も二つ返事』と言っていたから、あとは“ヘタレ”の俺が勇気を出せば……勇気、出るか心配だ。


ベリーニ辺境伯領の天使だぞ。ひとりでミノタウルスを討伐出来るとしても天使には変わりない。アイリスの存在は、世界の至宝と言っても過言ではない。


そんな至宝へ求婚するなんて、まるで禁忌を侵すような。大罪そのもので……嗚呼。


きょうも、かわいい。なんて愛らしい存在なんだ。


「ドラゴンは要りません」


「残念だ。――それで。何を確認したいんだ?」


「よく分かったね」


「アイリスの事なら」


体調や機嫌の良し悪しくらいなら表情と声で分かる。ずっと見てきたんだ。分からない筈がない。


アイリスに相応しい男に成ろうと。隣に立って恥ではないように。俺が、笑顔にしてあげたいと。


アイリスに関して分からない事は、俺に対する真意が読めない事だけだ。


しかしどうやら、


「あのね。1年……経ったから……」


その“真意”は今から教えてもらえるらしい。


何故そう思ったかは自分でも説明出来ないが、確かに“そう”なのだと確信ができた。不思議だが、これもアイリスへの愛が為せる業なのだろう。




愛の力とは素晴らしい。




「うん。話してくれ。ちゃんと、全て聞く」


ほっとした表情。全幅の信頼を寄せられているのだと、天にも昇る感覚が心地良い。


やはり天使だったか。その尊さに危うく心臓が止まりそうになった。


まったく……この天使は愛らしくとも恐ろしい。


「えっと、ね。これは、ランとは別の存在として聞いてほしいの」


そう前置きして話し始めたのは、本当に荒唐無稽な話だった。


要約すると……アイリスの前世の話。ヒロインを操作し男性と恋愛を楽しむオトメゲームなる娯楽があり、この世界はひとつの作品だと。……他の男と恋愛を楽しんでいただと?


必ず王都が壊滅し、一番好感度の低い攻略対象の男が必ず死んで……ギャクハーレム?が絶対に達成出来ないのに、なぜか大人気で有名だった『地獄のオトメゲーム』だと。……恋愛要素はどこへ?


王都壊滅の原因は、膨大な魔力を恐れられ幽閉されていたラスボス闇堕ち第二王子――『ランベルト』で、『ランベルト』は攻略対象外。攻略対象の男達と協力しながら成長し、『ランベルト』を討ち王都を奪還すると。……国落としのシミュレーションか?


「ゲームの中では、王都壊滅が『ランベルト』の成人した日だったの。でも1年経っても“ラン”はここに居るから、もう……大丈夫なのかなって」


「……アイリス」


「うん」


「その『ヒロイン』は、アイリス?」


「え」


「だったらその攻略対象とやらを全て教えてくれ。消してくる」


「や、闇堕ちの片鱗……!」


「はやく」


「違うよっ。ヒロインは、感情移入し易いように平凡な庶民の女の子。私じゃないわ」


「そうか。ならいい」


本当に良かった。例え空想だとしても、シミュレーションでも。アイリスと恋仲になった男は全て、細胞のひとつすら残さず消さなければならなかった。


余計な労力、つまらない事に時間を浪費せず済んだ。


「つまり。アイリスは俺がその『ラスボス』になるか不安だったから、一線を引いてたってこと?」


「やっぱり、気付いちゃってたよね」


「寂しかった」


「ぅ」


「悲しいし、心が痛い」


「……ごめんね」


「……うん、いいよ。許す。アイリスは怖かっただけなんだろう? 俺が、この力で王家を滅ぼそうとしそうで」


「信じるの? こんな変な話」


「アイリスの言葉なら」


「……本当にごめんね。酷い疑いを掛けて」


「あ、それはいいよ。アイリスが望むなら滅ぼすのも吝かではない」


「え。……え?」


「いや、だって。普通にムカつくだろ。あんな扱いされたら。かと思えば今や『英雄のランベルト』を王家に返せとか言って来てさ。領主様がバッサリ切ってくれて、王家もベリーニ家(ウチ)と敵対したくないから強く出られない。けどやっぱりムカつくじゃん。魔物達、王都に転移させようかなーって思う程度にはムカついてるよ」


「ラスボスの片鱗」


「んー、ふふっ」


「こわいこわい。ダメだよ。王家……と貴族は兎も角。庶民は魔物が出ない地だからこそ、制御不能の強大な力に怯えていただけ。ランに酷いことはしていないでしょう?」


「ね。だから実行しないの。アイリスならそう言うって分かってたから」


「……私が、王都の命運を握ってる?」


「そうだね」


「脅されてる気がする」


「こんなことで何かを強要なんてしないよ。俺はいつだって、アイリスの気持ちを尊重してる」


「さっき“決闘”とか言ってたのに」


「俺より弱い奴で領主様が頷くとでも?」


「お父様……」


伊達に『ベリーニ辺境伯領の英雄』と持て囃されてない。その呼称に胡座を掻いてもいない。


領主様の手腕は本当に尊敬していて、領主様も目を掛けてくれている。これは外堀を埋める為ではなく、心底からの純粋な尊敬。


だからこうして、アイリスとふたりきりになる事も許してくれている。俺が無体を働かないと、信頼して下さって。“ヘタレ”って思われているだけだろうけど。


……あ。本当に二つ返事してくれるかも。勇気、出て来た。


「――あれ? じゃあアイリスは、これからは一線引かないってことだよな」


「あ、うん。そうなるね」


「なら……求婚しても良いってこと?」


「え」


「うわ……どうしよ……緊張してきた。ちょっと、ほんと……どうしよう。やっぱり手土産はドラゴンにするべき……?」


「落ち着いて。それを本人に言うのは、少し違う気がする」


「バレバレだったらしいから。良いかなって」


「変に潔いよね」


呆れた笑みでも可愛い。ころころ変わる表情は、見ていて癒されるし嘘が無くて安心できる。


アイリスも貴族として『貴族の微笑み』は習得しているけど、俺に対してはその仮面の笑みは見せない。心を許してくれているから。


これは……求婚も成功するのでは?


領主様からはとっくに魔法の腕を認められているし、アイリスも俺に心を許してくれている。幼い頃から家族として過ごしたから、互いの生活のペースも把握していて欠点も把握している。


……は?アイリスに欠点?天使に欠点なんかあるわけないだろ。毎日毎時間毎分毎秒完璧な天使でしかない。史実に刻むべき素晴らしい存在だ。


だから。つまり。


「これまで……領主様がアイリスの婚約者を決めていなかったのは、きっと俺が動くのを待っていたんだと思う」


「超ポジティブ変換でちょっと面白い」


「そうと決まれば先ずはドラゴンだな。色は何が良い? 個人的には俺の目の色の赤――レッドドラゴンだと嬉しい」


「だから、ドラゴンは要らないってば。普通にお花でお願い」


「!――それは、求婚自体は許してくれるということだよな。花は赤い薔薇が良い? それとも“アイリス”が良い? いや寧ろどちらも使った花束にするか。あぁ、うん。それが良いな。アイリスの愛らしさを“アイリス”で表現し、俺の色の赤い薔薇で“アイリス”を囲う花束はどうだろうか。……これは良いな。俺がアイリスを囲っているようで、俺の愛が存分に伝わる筈だ。よし、赤い薔薇と“アイリス”を買って来る」


「突然の大暴走。そろそろ落ち着こうね」


「――あぁ、そうだな。先ずは領主様から許しを得ないと。少し出て来る」


「えぇ……休憩時間終わるまでには戻って来てね」


「わかった」


窓から飛び出し、領主様のスケジュールを思い出しながら飛行魔法で移動。便利だ。アイリスを抱えて飛んだ時とても楽しそうだったし、俺もアイリスを抱っこ出来て幸せだった。また一緒に飛ぼう。


暴走をしている自覚はある。それでも“求婚すること”を許してもらえたから、まだまだ落ち着くことは出来そうにない。拒否されないのなら望みはある。よっしゃ。


婚約したら貢がないとな。魔法使いの給金は桁違いだから、貢ぐにはうってつけの職業だ。


あぁ、そうだ。領主様にも“ご挨拶”として何か持って行かなければ。何が良いだろうか。装飾品は不要な人だし、武具は自分で揃えることを好む人だから……この前討伐したネメオスの毛皮なら防寒に使えるな。それにしよう。


嗚呼……どうしよう。本当に嬉しい。やっと、やっとだ。


漸く天使(アイリス)の隣に立てる。一生、彼女を堂々と愛することが出来る。


王家が横槍を入れて来るだろうか。それは面倒だな。


王子達にアイリスが天使だと知られないよう前々から手は回してはいるが、目にしてしまえば欲しがる可能性は大きい。そうなれば……当時、王子達の婚約者になりたがっていた令嬢達を裏から誘導した労力が水の泡だ。


いっそのこと……検出出来ない媚薬を作って彼女達に贈り、王子達に手を出させ既成事実を作らせるべきか。色ボケ王家とのイメージを植え付け、民からの心象も落とせて面白そうだ。


手っ取り早いのは『催淫魔法』だけど、王城で俺の姿を視認させる訳にはいかない。――あ、『隠密魔法』……は魔法の痕跡を調べる道具を秘匿している可能性もあるな。俺が調べた限りは所有していなかったが、念には念をだ。


やっぱり媚薬が最適だろう。俺は元気になる薬(・・・・・・)を匿名で送り付けるだけで、それの使用を決めるのは王子達の婚約者。王子全員が婚前交渉って違和感だらけだけど、彼女達も「王族に媚薬を盛りました」とは口が裂けても言えない。


つまり、俺に咎は無い。


よし。やるか。


……やっと、だ。やっと隣に立てる。


「ちゃんと囲わないと」


それは籠ではなく、このベリーニ辺境伯領で。


ある程度は自由を残さないと暇にさせてしまうし、アイリスはお転婆くらいが生き生きしていて可愛い。


なにより、




天使は羽ばたいているからこそ美しく在れる。




一緒に狩りもしたいし、偶には王都でデートもしたいしね。ドレスや宝石を貢ぎたい。絶対に何でも似合う。似合わない訳がない。


その“心”を俺と云う籠に閉じ込めるだけで充分だ。目一杯甘やかして、目一杯甘えよう。


――、あ。


「領主様から『娘を欲しければ決闘だ』とか言われたらどうしよう。分かり難いけど娘溺愛なんだよなあ、あの人」


骨折させたら討伐に支障出そうだし。……あぁ、いや。魔法で治せば良いか。


求婚して婿入りするんだから、領主様より強いですよーって示さないと。アイリスを守れますよーって。


きっと領主様はそう云う婿を求めてる筈だ。俺が領主様の立場なら“そう”だし。


「待っててねアイリス。領主様から了承の言葉もぎ取って、すぐに戻るから」


子供は最低でも5人ほしいな。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


『依存・執着・救済』がド性癖な作者です。どうも。


この後。

ランベルトは領主としっかり決闘するし、しっかり骨折させて了承をもぎ取りました。

愛する女性の父親にも容赦が無い。

しかしそんな婿を求めていたので、領主は大満足。

『大魔境』に接している地ですからね。

領地経営の能力は勿論だけど“武力”が最優先。


本来ならラスボスになっていたランベルトですが、ベリーニ辺境伯領ではその膨大な魔力は英雄と成りました。

しかしラスボスの片鱗は見え隠れしている。

王家から幼少期に受けた仕打ちと、英雄となってからの掌返し。

怒りと嫌悪を向けるのは当然ですよね。


この先、王都が壊滅するようなことはありません。

確かにランベルトはムカついているけど、彼はアイリスを愛することに忙しいので「まあいいや」程度。

アイリスへ手を出さない限りは平和な王都のままです。

アイリスへ手を出さない限りは。

(大事な事なので2回言いました)


王子達の婚約者はしっかり媚薬を使った。

ので、王城使用人から貴族や商人に漏れて無事に「色ボケ王家」だと民からの心象はちょっと落ちた。

人の口に戸は立てられない。

ランベルト、満足。


心の声大暴走なラスボスの溺愛、ちょっと気持ち悪いな。


因みにアイリスが“ランベルト”だと気付いたのは、使者が勅命を読み上げていた時です。

めちゃくちゃ焦った顔をしていましたが、ぼろぼろなランベルトに母性掻き立てられてお姉さんムーヴかましました。

この世界では年下なのにね。



久し振りの短編楽しかったです。

キャラ視点はこの長さが限界ですね。

まんぞく!


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