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勇者魔王短編作品

魔王を倒した勇者パーティー、「新紙幣の顔を誰にするか」で揉めまくる

「ぐ……不覚……! このワシが人間どもに……! 地獄で待っているぞ、勇者どもぉぉぉぉぉ……!」


 呪詛の言葉を吐きつつ、魔王ガーランドは消滅した。

 ガーランドを倒したのは四人の若者だった。


「や、やった……!」


 歓喜と達成感が入り混じった表情の勇者ゲイン。


「そうさ、ボクたちの勝利さ!」


 魔法使いクルスも喜びの声を上げる。


「終わったのだな……」


 普段は男顔負けの勇ましさを誇る女戦士ターミアであるが、この時ばかりはホッとして地面にへたり込む。


「はい……世界に平和が戻ったのです!」


 女僧侶ファリンは笑顔を見せる。


 勇者パーティーのチームワークが、世界を支配せんとした魔王の野望を食い止めたのである。

 四人は祖国であるバリガル王国に帰還し、市民からの熱烈な歓声をもって迎えられた。

 連日のように祝勝会が開かれ、ゲインたちはまさに“英雄”となったのだ。


 そんな彼らを、国王バロッサが謁見の間に呼び寄せる。



***



 玉座に座るバリガル王国現国王バロッサ15世の前に、勇者パーティーがひざまずく。


「勇者たちよ、このたびの偉業、誠に見事であった!」


「ありがたき幸せ!」頭を下げるゲイン。


「おぬしらをこうして改めて集めたのは他でもない。おぬしたちに、褒美を授けようと思ってな」


「褒美ですか?」


 ゲインたちは褒賞や今後の地位を約束されており、“褒美”はすでに受け取った状態であるのだが――


「実はな、近く我が国の紙幣を久々に新しいものにすることになっておる」


 バリガル王国はすでに貨幣制度が導入されており、通貨は“バル”という。銀貨や銅貨に混じり、“1000バル”のみ紙幣として発行する仕組みを取っている。

 その表面おもてめんには初代国王バロッサ一世の肖像が記されている。


「その新しい紙幣の肖像、すなわち顔を誰にするか考えていたのだが……」


「それは当然陛下でございましょう」


 ゲインの言葉に他の三人もうなずく。


「いや……余よりも相応しい者たちがおるではないか!」


 バロッサがまっすぐゲインたちを見据える。


「それはおぬしたち勇者パーティーだ! 魔王を倒すという偉業を成し遂げたおぬしたち四人のうち、いずれかを紙幣の新しい顔にしたいのだ!」


 これには勇者パーティー全員が驚く。


「……というわけだ。ここは一つ、おぬしらで話し合って決めてもらいたい」


 勇者パーティーが互いの顔を見つめ合う。

 口火を切るようにゲインが、自身の勇ましい顔立ちを親指で示す。


「まあ、ここは当然俺だよな」


 クルスが眉をひそめる。ゲインに比べ柔らかな面差しの彼だが、不機嫌なのは明らかだ。


「ちょっと待ってくれよ。なんでそうなるんだよ」


「だって俺は勇者だぞ? リーダーだぞ? 少なくとも今後数十年は使われることになる紙幣の顔にピッタリじゃないか!」


 だが、クルスは反論する。


「陛下は四人の中の誰かとおっしゃってる。ならボクにもその権利があるはずだ!」


「な、なんだと……!」


 ゲインの顔が憤怒に歪む。


「勇者パーティーを率いたのは俺だし、魔王にトドメを刺したのもこの俺! 俺こそが新紙幣の顔になるのは当然じゃないか!」


「魔王を倒せたのはボクの大魔法によるサポートがあってのこと! 魔王無敵のバリアを打ち砕いたのだってボクだったんだからね!」


「クルス、他の二人と違って、お前は俺に歯向かうつもりらしいな!」


「歯向かう? 言っとくけどボクは君の部下になったつもりはないんだけどね!」


 ゲインとクルスは睨み合い、火花を散らす。

 すると、女戦士ターミアが割って入ってきた。長い黒髪をかき上げる。


「聞き捨てならんな」


「ん? おお、ターミア! お前もクルスに言ってやれ!」


「そうではない。私が物申したいのはゲイン、お前に対してだ」


「は?」


「新紙幣の顔……私も名乗りを上げさせてもらう!」


 ターミアも新紙幣の顔に立候補した。ゲインはますます気を悪くする。


「ターミア、ふざけるなよ。クルスだけでなくお前まで……。まあ、クルスは魔法使いでパーティーでの役割は独自のものだったから、まだ分かる。だが、お前は俺と同じ剣使いで、実力は俺に劣ってるだろうが!」


「ふざけるなはこちらの台詞だ。言っておくが、私はお前に剣の使い手として劣ってると思ったことは一度もない!」


「なにぃ!? 俺の必殺技は地平の彼方まで大地を切り裂くホライズンスラッシュ、お前にあんな真似ができるのかよ!?」


「あんな大雑把な技は自分の頑強さに自信を持ちすぎている魔族にしか当たらん。私ならばホライズンスラッシュをかわして、音速で敵を斬り刻む魔曲裂破を喰らわしてやる!」


「なんだと~!?」


 ゲインとターミアがみるみるうちに殺気立つ。

 女僧侶ファリンが一歩進み出る。


「お待ち下さい」


 僧衣だけでなく、穏やかで神聖な空気をもまとっている。


「ファリン! さすがこんな時でも落ち着いてるね。パーティーの頭脳だっただけのことはある」とクルス。


「いいえ……私は落ち着いてなどいません」


「へ?」


「新紙幣の顔に相応しいのはこの私ファリンです!」


 まさかの言葉に他の三人が驚く。


「おいお前まで……いい加減にしろ!」ゲインが声を荒げる。


「そうだ。お前は僧侶、サポート役に過ぎない。紙幣の顔になる資格はない!」ターミアも続く。


 ファリンは鼻で笑う。


「言ってくれますね。私がいなければ、あなたたちは何度死んでいたのでしょうね?」


 これには他の三人も押し黙るしかない。

 ファリンの回復呪文で命を救われたことは、とても両手の指では数え切れない。

 それでもゲインは退かない。


「だがそれはお前も同じこと! お前だって俺やクルス、ターミアに守られたことはあっただろう!」


「そんなことありません! 私には独力で身を守れる力もあります!」


「こいつ……!」


 言い合いが止まらない。

 見かねた国王バロッサが右手を突き出し「待てい」と言う。


「分かった、分かった。“四人のうち誰にするか”などと言った余が悪かった。まさか、皆がこれほど紙幣の肖像になりたいとは思わなかったのでな。ここは一つ、パーティー全員を紙幣の顔にするというのはどうだろう?」


 理想的ともいえる仲裁案だったが、勇者パーティーは一斉にバロッサを睨みつけた。

 四人とも心は同じなようで、ゲインが代表するように言う。


「陛下、今更そんなぬるい案が通るとお思いですか? もうお互い、とことんまでやらないと気が済まないのですよ。だから口を挟まないで下さい」


「わ、悪かった……」


 もはやこの喧嘩には国王すら介入できなかった。


 ゲインが怒鳴る。


「紙幣の顔は俺みたいな勇ましい男だから務まるの! クルスみたいな優男や女どもは引っ込んでろ!」


 クルスも負けていない。


「君の顔は勇ましいというより暑苦しいんだよ! 君の顔が紙幣になったら、みんな1000バル札を汗臭く感じちゃうよ!」


「なんだとぉ!?」


 ターミアとファリンも怒号を発する。


「女どもとは酷い言いぐさだな。お前のような男尊女卑思考の者に、紙幣の顔は相応しくない! これからは女の時代だ!」


「そうです! そして、ターミアさんと違っておしとやかな私こそが紙幣の顔に……」


「私だっておしとやかだ!」


「どこがですか!? ターミアさんもジョークを言えるんですね!」


「おのれ、ファリン……!」


 言い合いは加速し、白熱する。熱を帯びた言葉たちは煮えたぎるマグマとなり、やがては噴火に至る。

 ついにゲインが剣を抜いた。


「もういい! こうなったら四人で戦って、勝利した奴が新紙幣の顔ってのはどうだ!?」


 クルスも乗る。


「望むところさ! 雷を起こし、嵐を呼ぶボクの大魔法で君たちを葬ってやる!」


 ターミアも嬉しそうに抜刀する。


「これが一番手っ取り早いな。お前たちと全力で斬り結び、私が新紙幣の顔となってやる!」


 ファリンも臨戦態勢である。


「私が回復しかできないサポート役と思ったら大間違いですよ。神霊の力を借りられる私の実力、今こそ見せましょう」


 バロッサは汗だくになる。

 あくまで“オマケ”程度のつもりだった褒美が原因で、とんでもないことになってしまった。


「まずい、まずいぞ……。今やこの四人は魔王との戦いを経て、一人一人が国家クラスの実力を持っている。その四人が殺し合いをするということは、我が国内で四つの国が戦争するようなもの……!」


 バロッサの懸念は決して杞憂ではない。

 四人が全力で殺し合えば、バリガル王国などたちまち吹っ飛び、人間界は破局を迎える。


「どうすればいいのだ……!」


 バロッサが頭を抱える。

 すると、部屋の中に暗雲が立ち込める。


「な、なんだ?」困惑するバロッサ。


 ゲインはすぐさま暗雲の正体に気づく。


「まさか、まさか……この邪悪な気配は……!」


 暗雲は部屋の天井近くに集まり、ある形となる。


「魔王ガーランド!?」


 角を生やし、四つの目を持つ異形にして偉大なる魔王、ガーランドだった。

 パーティー全員が即座に構える。


「まさか、生きていたのか!?」


 ガーランドはニヤリと笑う。


「フン、そんなはずはあるまい。ワシは貴様らのせいで地獄に送られた。そこから貴様らを眺めておったのだ」


 笑ったかと思うと、今度は怒りの形相となる。


「なんだその体たらくは! ワシを倒した時の貴様らは抜群のチームワークでワシを追い詰め、見事に打ち倒した! それなのに、たかが紙幣の顔をどうする程度のことで仲間割れしおって……!」


 ゲインたちは何も言い返せない。


「ワシがついに支配できなかった人間界がこんな下らぬ争いで滅びては死んでも死に切れんわ! だからこうして無理矢理現世に舞い戻ったのよ!」


「ま、魔王……!」


「さあ、来い! 貴様ら四人でこのワシを再び地獄に送り返してみせよ!」


 四人はうなずき合うと、魔王めがけて最高の技を放つ。


「ホライズンスラッシュ!!!」


 その気になれば地平の彼方まで大地を切り裂けるゲインの大技。


「魔曲裂破!!!」


 音速でリズミカルに敵を無数に切り刻むターミアの美技びぎ


「ファイナルストーム!!!」


 水流と雷撃を嵐の勢いで叩き込むクルスの大魔法。


「エンジェルブレイズ!!!」


 ファリンの切り札である、天使の力を借りて放つ最大級の聖魔法。


 四人の同時攻撃は凝縮され一つとなりガーランドの影を貫く。影は四散し、消滅した。


「フン……。やれば、できるでは、ないか……」


 どこか満足げな言葉を残して……。


 ゲインは憑き物が落ちたような表情で、つぶやいた。


「ありがとうよ、魔王……」


 魔王を“二度”倒した勇者パーティー。

 彼らはすでに「新しい紙幣の顔を誰にするか」の結論を出していた。話し合いの必要すらなかった。



***



 しばらくして、王都で一人の主婦が八百屋で買い物をしていた。


「ご主人、これください」


「あいよ! 200バルだよ!」


「じゃあ、この1000バル札で……」


 主婦は財布から、先日デザインが新しくなった札を取り出す。

 その新しい紙幣には、魔王ガーランドの顔が刻まれていた――






おわり

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[気になる点] 新紙幣の顔が国民ですらない化物に…この経緯見てないだろう国民は困惑しきりでしょうねw どんな表情の魔王が印刷されてんだろう…自分はウインクしながらサムズアップして夜空に浮かんでる感じ…
[一言] オチで笑った なんでそーなるの! しかしアレだね「集合絵でいいやん」と思ったらきっちりその逃げ道塞いでるの流石だと思ったわ
[良い点] これで仮に千年後まででも魔王の顔を広く知らしめる事ができそう 復活しても安心!(割と現代でも千年近く前の偉人が使われている(いた)国はありますからね)
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