第38話 解れた鎖
――宿屋に戻り、アンジュを寝かしつけた後。
「……」
「シルヴィアさん……」
夜も更け、1人宿屋の外でぼうっとしていたシルヴィアに声をかけるロクサーヌ。
「ロクサーヌ、か」
「……アンジュ様はビビアンさんが見てくれています」
アンジュがパニック状態になってから、絶えず回復魔法をかけ続けていたロクサーヌにも疲労の色が溜まっていた。
「ありがとう、ロクサーヌもゆっくり休んでくれ……」
「はい、正直疲れてしまって。すぐに寝ようと思います……が」
それでもシルヴィアを心配して様子を見に来たのだろう。
彼女は聖女なのだから。
「……アンジュ様のような……悲しい過去を負った子は、何がきっかけでトラウマを呼び起こしてしまうかわからないと聞いたことがあります」
「あぁ。迂闊だった」
恐らく、手をもぎ取るということがそれに触れてしまったのだろう。
海に浮かれて……悔やんでも悔やみきれないシルヴィアだった。
「いえ……ですから、気に病まないでくださいね。きっと、アンジュ様が目を覚ましたら元通りですから」
「……あぁ」
ロクサーヌがいつになく優しい声色で慰める。
それでも……彼の傷を抉ってしまったことには変わりがない。
アンジュを……私が……。
「……それでは」
「……あぁ」
アンジュには私よりもロクサーヌが必要なのだ、と。
そう思ってしまえるほど……。
夜の闇は深かった。
◆◆◆
――翌朝。
「……!」
「おはよう、アンジュ」
目を覚ましたアンジュに声をかけるシルヴィア。
しかし彼の目を見ることができなかった。
もしも嫌われてしまったら、もしも拒絶されてしまったら……。
それだけならばまだいい。もし、またアンジュがあの頃の状態になってしまったら、と。
「……!」
「……アンジュ」
どうやら、その懸念は一部当たってしまったようだ。
アンジュが何か言おうとしているが、その口はパクパク動くばかりで何も言葉を発せない。
「……! ……!!」
それでも必死に言葉を発しようとするアンジュ。
その目には涙が溢れている。
「……いい、んだ。無理するな、アンジュ……」
「……!」
「ごめん……ごめんね……アンジュ……」
シルヴィアが涙を流しながらアンジュを抱く。
後悔、自責、無力感。そういった思いを胸に抱きながら――。
「私はね……」
「……!!!」
シルヴィアが覚悟を決めたような声で呟く。
「もう……」
「……だっ!」
言わなければならない。
「もう……お前の……」
「……だっ! ……だっ!」
言わなきゃ……!
「アンジュの傍には……」
今言わなきゃ! またなくしてしまう!
「……だぃっ! だいっ!」
「いられ――」
死んでもっ! 死んでも言うんだっ!
「だい、すきっ!!!」
「――ぇ?」
「だいすきだからっ! だいじょうぶだから! いっしょにいてぇっ!!!」
「――アン……ジュ……」
アンジュを縛っていたものが、今ようやく解きほぐれた。
同時に、シルヴィアの心も――。
「うわぁぁぁん! あぁぁぁぁん! おねえちゃぁぁぁん!」
「アンジュ! アンジュアンジュ! ごめんね、本当にごめんね! 私も大好きだよ!」
2人してわんわん泣きながら抱きしめ合う。
「ぐすっ……これだからガキは嫌いなのよ。何かあるとすぐピーピー泣く……」
「そう、ですね。私たちには大人が必要です……ずびびっ」
それを見守る2人も静かに涙するのだった。
◆
「本当に、シルヴィアさんはお馬鹿さんですね。アンジュ様から1番大切なものを無くそうとするなんて」
泣き疲れて眠っている2人を眺めながら呟くロクサーヌ。
悔しいという気持ちは確かにある。しかし、それより優先したいのは彼の幸せ。
「まだまだ小娘だからね、しょうがないのよ」
「……私よりは年上です」
家庭の事情により、自分を守るためには精神的に成長するしかなかったロクサーヌ。
彼女が報われる日は――。
「それにしても……きっかけがカニとはね。これ如何に、なんつって」
「――っ!?」
今度はロクサーヌを絶望が覆い尽くしたのだった。
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