第20話 イース領を目指して
「あそこ見てみろアンジュ! ホーンラビットだぞ!」
「わぁ!」
ホーンラビットの可愛らしさに昏い目を輝かせたアンジュだが、次の瞬間には元の昏さに戻った。
「こいつはすごく美味いんだ! 今夜はごちそうだぞ!」
「……うん」
シルヴィアが一瞬で捕獲し、首をへし折ってアンジュの前に掲げて見せたからだ。
ノートン領を発ってからずっと山道、獣道を進んでいた2人。
彼の天使の話が聞こえてこないと言うことは、どこか人目のない場所にいるのではとの考えが1つ。
もう1つ理由があり、それは単純に――。
「自然は楽しいなぁっ! アンジュ!」
「うん!」
数はそんなに多くないながらも、この世界に存在する魔物という危険。
最初こそ慣れない大剣に苦戦を強いられたが、何戦かすると扱いに慣れてしまった。
戦って、食って、星を眺めながら大地に眠る。
実に楽しかった。アンジュも楽しそうだ。
「私の勘では、そろそろイース領の首都が見えてくるはずだ!」
「うん!」
イース領。
良く言えば自然が、悪く言えば未開の地が多く、そして農村が多いノートン領。
ノートン領とは異なり、他国との貿易拠点として存在する港町や世界有数の歓楽地を有する領。
情報が多く集まるであろうこの街を最初に目指した方がいい……とアールに言われてきたのだった。
「さて、その前に……」
「?」
シルヴィアの視線の先を追うアンジュが見たものは、2匹の巨大な熊だった。
一部例外を除き、基本的には群れることがない魔物。
目の前の熊も、分類は動物に分けられる。
両者の違いは諸々あるが、1番の違いは核が存在するかどうか。
そして、魔物は食えないが動物は食えると言うことだった。
2匹並んで現れた目の前の熊、彼らは恐らく……。
「番か。まるで私たちのようだな!」
「う? うん!」
番という意味を理解していないアンジュ。
きっと『仲良し』のような意味なのでは、と考えた彼だったがそれは合っているようで間違いだと気付かない。
「ぶばぁっ!」
「おねえちゃん!?」
盛大に鼻血を噴き出してしまった。
心配したアンジュが回復魔法を施してくれる。
「き、気を付けろアンジュ! やつら強いぞ! だからいつもの頼む!」
「うん!」
アンジュは頷き、シルヴィアに向かって手をかざす。
するとシルヴィアは温かな光に包まれた。
「あぁ……アンジュが中に入って……いかんいかん! よしっ! 漲って来たぁっ!」
鼻血を流しながらだらしなく顔を崩れさせつつも気合を入れるシルヴィアを見た巨大熊の番は――。
「ぐももも……」
「ぐぅーん……」
付き合ってられないとばかりに、踵を返した。
「……よしっ!」
「よし!」
戦わずして勝つ、これこそが勝者の証。
イース領を目指しながら、アンジュの天使としての能力もある程度確認してきた2人。
鼻血を治した時のような、『回復』。
シルヴィアに力を与えた『能力向上』。
そしてゴブリンロードの攻撃を弾いた『結界』。
今のところわかっているのはこの3つだった。
旅に出る前に天使の存在について調べてみたが、いかんせん伝承すら少ないためわかったのはこの3種類。
幸いにも詠唱等は必要なくイメージで発動できる上に効果も高く、旅を続ける上で非常に強力な力であることは間違いない。
問題は、アンジュが魔法を使うたびにシルヴィアがダメになることだけだった。
「……さ、今日はこの辺でキャンプとするか」
「うん!」
早速、先程捕獲したホーンラビットを解体する。
穴を掘り、取り出した内臓や流れ出る血をそこに埋める。
皮を剥ぎ、肉を骨ごと千切り、そのまま焚火の傍に差す。
「うむ! ウサギさんの骨付き肉だ! うまそうだな!」
「うん!」
ほんの少しだけ胸を痛めるアンジュだったが、こういうのは感謝して食うものだとシルヴィアに教わってからは考えを変えた。
感謝を込めてウサギの生首を撫でながら、今か今かと焼き上がりを待つアンジュ。
そして他愛もない話をしてる間に肉から香ばしい匂いが立ち上がる。
「よし! それでは……いただきます!」
「いただきます!」
「うむ! 歯ごたえがあってうまい!」
「お、おいひぃ……」
可愛い見た目に反して肉は固く、血抜きもしていないから臭い。
だからこそいいんじゃないかとシルヴィア。
涙目になりながらも頑張って食べているアンジュ。
「うまいなぁっ!」
「うん!」
時に尊敬や情愛は枷となる。
「さて、明日には街に着くはずだ! アンジュには申し訳ないが……その翼と輪っかを隠すようにこのフード付きの服を着てくれるか?」
「うん!」
どう頑張っても怪しさしか残らない変装であるが、輪っかがどうしようもない。頭の長さがおよそ2倍となってしまう。
アンジュは元気に、気にしてないとでも言うように返事をしてくれるがシルヴィアにとっては断腸の思いだった。
「……本当にすまない。いつかお前が大手を振って街を歩けるように――」
「大丈夫!」
おねえちゃんがいるから……そんな思いで抱きしめるアンジュ。
とは言え、アンジュとしてもシルヴィアの申し訳なさそうにしている顔は見たくない。
「むむむ~……」
「ど、どうした? おトイレか!? 目を瞑っててやるからここでしてもいいぞ!」
音はどうするのか。
「むー!」
「なっ! 翼と輪っかが消えたっ!?」
目も瞑っていなかったようだ。
「……」
「……私が気にしないようにか? お前は優しいな」
シルヴィアとしては、アンジュに姿を偽らせなければいけない現状を強いることが悔しかったのだが……。
敢えて言うこともあるまいと、頭を撫でる。
「これから毎回街に入る時にはそうしてくれるか?」
「うん!」
この日もお互いを想いながら眠りについたのだった。
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