第9話 トラウマ
「……」
彼、アンジュはシルヴィアの様子がおかしいことに気が付いていた。
シルヴィアの張り詰めた空気、何か良くないことが起こっているのでは……。
そして彼女を心配するあまり、こっそり城壁から抜け出てしまった。
「あ……」
しかし彼が見えたのは、猛烈な勢いで走っていくシルヴィア。
追いかけようか、大人しく待つべきか。
そう迷っているとき、不意に草むらから物音が聞こえた。
「――っ!」
行かない方がいい。
きっとまたこわい目にあう。
おねえちゃんにまかせよう。
「……」
だけど……今はおねえちゃんがいない……。
もしそのせいでおねえちゃんがおこられちゃったら……。
……死んでしまったら……。
様々な思いを胸に、アンジュは草むらへと進む。
「……」
進まなければよかったと思う間もなく。
「……」
そこにいたのは……。
「……ぁ」
「ギィ……」
そこにいたのはゴブリン。
かつて村を襲い、彼の両親を悲惨な目に遭わせた緑色の悪鬼。
「……ぁ……ぅぁ……あ……」
「ギィ……」
足がガクガク震えている。
足だけじゃなく、手、体、全て。
奥歯はカタカタと音を激しく鳴らし、目の焦点もあわない。
喉の奥はカラカラに乾き、ヒューヒューとか細い呼吸音が辛うじて漏れ出る。
「……」
「……やっ……やぁっ……」
その様子を見てゴブリンは行動を決めたようだ。
即ち、目の前の人間を速やかに殺害し、即座に撤退すると。
「ギャッ!」
「……ひっ!?」
明確な殺意がアンジュを睨む。
いやだこわいたすけてころされるこわいこわいこわい!
たすけてシルヴィアおねえちゃん!
そして……。
「ぅぅ……?」
脳裏に浮かぶシルヴィア。
いつだって頼りになって、優しくって、守ってくれるシルヴィア。
大丈夫、大丈夫って……。
励ましてくれる……!
その顔を思い浮かべると……勇気が湧いてくる!
「……うぅ……ぁぁぁあ……!」
剣を構えた。
体は今も、より一層震えている。
いつの間にか失禁もしていたようだ。
怖くて怖くてたまらない。
だけど、確かに立ち向かった。
「ぅ……うぅっ!」
力いっぱい駆け出す。
怖くて目を開けられない。
剣の振り方をたくさん練習したけど、全然できていない。
それでもゴブリンに向かって行く。
「ギャッ!?」
「うわぁぁぁぁ!!!」
そして木剣を振り降ろし……地面に当たる音と感触がした。
「ぅぅ……」
アンジュが恐る恐る目を開けると……。
「……よく、頑張ったな」
まず最初に頭から縦に真っ二つに分かれているゴブリンが見えた。
そして――。
「うわぁぁぁん!」
「本当によく頑張った……偉いぞ、アンジュ……」
シルヴィアの胸に飛び込むアンジュ。
それをいつもよりも強く抱きしめるシルヴィア。
「怖かったろう、辛かっただろう……けど、お前は倒したんだ! ゴブリンを倒したんだ! すごいぞアンジュ!」
「ぅぅ……! ぅぁぁ!」
◆◆◆
「換金を頼む」
騎士団の詰め所の一室。
主にここでは魔物を討伐した際の報酬が支払われる。
通常の任務中に魔物を討伐したら特別な手当が支払われる仕組みとなっている。
「ゴブリン4体ですね。合計で銀貨4枚です」
「何を言っているんだ?」
シルヴィアが先ほど討伐したゴブリンの遺体の一部を提出。
相場通りの値段を払おうとした担当者だったが……。
「このゴブリンは! アンジュが初めて自分で倒したゴブリン……言わばプレミアムゴブリンだぞ!」
「へ? え?」
「金貨……いや、白金貨10枚、いや100枚はくだらない!」
「いや、その……」
いくら記念のものでもゴブリンはゴブリン。
何なら実際にはアンジュが倒した訳ではない。
それにも関わらずとんでもないことを要求するシルヴィア。
「む、無理です……」
「……」
「……」
「……わかった白金貨1枚で手を打とう。代わりに穴をあけてペンダントにしてくれ」
白金貨に穴をあけるなんて国が怒るぞとか装飾屋で勝手に記念品を買えとか色々な言葉が過ぎる担当者。
しかし目の前の小娘は騎士団長の娘……下手なことをしたら首が飛ぶ……。
頭を抱えそうになる担当者を救ったのは、その騎士団長だった。
「何の騒ぎだ?」
「む? 父上……」
「じ、実は……!」
助かったとばかりに説明する担当者。
「……はぁ。我が娘ながらしょうがない奴だ……今回はこれで我慢しろ」
そう言って投げ渡してきたのは1枚の金貨。
担当者からしたらこれすらも信じられない対応である。
「……足りない」
「ぬ?」
「お揃いのペンダントにする」
「……はぁ」
更に金貨を放り投げるファルシス。
「ありがとう、父上!」
「父上と呼ぶな……って、もういない……」
感謝の言葉もそこそこに猛烈な勢いで走り出す娘を見送るファルシス。
「全く……あの少年にはとことん甘い! もう少ししっかりしてもらわねば困る!」
「……ははっ」
言いたいことを飲み込むのが、大人である。
「しかし、あの少年がゴブリンを倒した、か……」
「……?」
「そうかそうか……うむ」
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