出会い
まるで空から降ってきたように見えたその人に、剣を突き付けられてる。引っ張りこまれた路地裏で。
首の近くにひんやりとした感触。たぶん刃が押し付けられてる。
押し殺した声が後ろから聞こえる。
「黙ってろよ、ついでに大人しくしとけ。じゃなかったら、分かるな。」
黙ってますし、大人しくしてるでしょ。
こんな事、私の日常生活にはないんだから。だからコワイってば。
体がガチガチに固まるのが分かる。
耳元で低い声。
「大人しくしてるなら、傷つけたりしない、そのまま解放してやる。」
そ、それはどうも。その言葉は嘘ではないと思えて、ほんのちょっと気が緩む。次の瞬間。
「で、あんたは何で、ここにいる?」
圧が、すごいんですけど。
「たまたま、通り道だった、だけ、です。」
故郷方面の馬車に乗るため、長距離馬車の乗り場へ向かう途中、それだけのはずだったのに。
どこかで出会うだろうとは思ってたけど、早すぎる。
ああ、本当にわからない、何がどういう状況なのか。
この人は<ソードのナイト>。どうにもこうにも、それ。
私より少し年上、今は荒っぽい冒険者って雰囲気、凶悪犯には見えない、ただ何か……強い意志を感じる。
そして彼は、追われているみたいだ。
追手は王国の兵士。狭い路地の更にその物陰から通りの方をちらりと見れば、兵士たちが走り回っている。
仕方ない、状況を把握するには聞いてみるしかない。聞いて、みるしか。
体が震える、それでも無理矢理声を出す。
「何、したんですか?」
「見りゃわかるだろ、追われるようなことだよ。」
息を飲み込み、震える手でぎゅっと鞄を握る。少し後ろを振り返り、もう一度聞く。
「……殺めましたか?」
凄い目で睨まれた。
「殺ってねえ!」
しかし、一瞬で怒りを収めた彼が冷めた目でこちらを見る。
「盗んだ。もっと言えば、盗まざるを得ないよう嵌められた。あんたに言っても、しょうがないがな。」
――風が吹く。
――回る。
――回っていく。
――聞こえるはずのないその音が感じられる。<運命の輪>。
――出会う<ソードのナイト>、隠された<ペンタクルのナイト>、そして<世界>。
「私は占い師です。占ってみましょうか?」
彼が虚をつかれた顔をする。
こんな緊迫した状況で、のんびり占いなんて、提案した私もどうかとは思う。
彼が抑えた声で問う。
「何ができる?」
何って、私に聞かないでほしいけど。こんな時の逃げ方なんて知らないし。例えば。
「どの方向に逃げたらいいか、とか?」
即座に問い返された。
「当たるのか?」
「それは、何とも。」
わかりませんね。
周り中がざわめいている。あと、どのくらい、見つからずにいられるのか……。
耳元で低い声が告げる。
「やってみろ。」
決断が早い。さすが風の騎士。
ひやりとした感触が首から離れる。ちょっとほっとする。剣はまだ、抜き身のままだけど。
1から8の数字を、方角に当てはめる。
使うスートは<ソード>、<ソードのナイト>として現れた彼に、良い風が吹きますように。
<問>今の状況の突破口はどの方角?
カードの束から、8枚のカード浮き上がり<混>。
その中から一枚を<引>。
カードをめくる<開>。
<ソードの4>、つまり方角にすると、
「南東。」
って出ましたけど。そもそも南東ってどっち?
彼が見た方向を、私もみる。その先は壁だけど。壁にしか見えないけど。
「……へえ、なかなかやるじゃないか、行くぞ。」
行くの?できるの!?
まあ、私は占い師。占いの結果どう行動するのか、それを決めるのは占い師じゃない。
彼、だから。
「来い、もう少し俺に付き合え。」
剣を収めた彼に、腕を引っ張られた。私はそんなに速く走れませんって!
路地裏を抜ける。高い塀の続く小道に人通りはない。まだ見つかっていない。
けれど、私の息はもう上がっている。不意に抱き上げられた。何!?
「首に手をまわせ。つかまってろ。」
慌てて言われたとおりにする。すぐに強烈な浮遊感に襲われた。耐えられなくて目をつむる。
それがなくなったときには、もう塀を越えていた。
地面に降ろされる。私はまだくらくらしている。でも。
この人、今何をしたんだろう?見上げれば、意外にも彼は答えてくれた。
「いわゆる盗賊のスキル持ち。ふつう街中では使わないけどな。スキルの痕跡ですぐにバレる。
だが、痕跡の解析には少し時間が必要だ。」
手を引かれる。歩くうちに息が楽になってくる。
この人が走らずに歩いているのは、私に合わせているのかもしれない。
旧い私邸の庭園の片隅。さっきまでの喧騒が遠い。館の住人の姿もなく、ただ静か。
少し行くと階段があった。
下りていく。水のにおいがする。扉がある。彼が器用にそれを開ける。
運河だ。
「船で対岸に渡れば、しばらく追手を引き離せる。すごいじゃないか。」
彼が不敵に笑う。
うわ、当たった。私が言うのもなんだけど。子どものころ、かくれ鬼に使った展開法だったけど。
でもこれは。当たるというより、占いが見せた流れを彼自身がつかんだ、そんな感じがする。
彼はぐるりと辺りを見渡した後、扉の影に入った。引っ張られて私もそこに。
彼が油断なく周りを見ながら問う。
「もう一回、占ってくれないか?」
うなずく。
「そこにある小舟で運河を渡るのと、少し行った先に金さえ払えば乗せてもらえる船がある。
どちらが、マシか。」
それならば、普通に二者択一の展開法で大丈夫かな?
今度は全部のカードで占う<混>。
その中から2枚のカードを<引>。
カードをめくる<開>。
1枚目、小舟で運河を渡るのは<月>。
2枚目、船に乗せてもらうのは<星>。
……何でどっちも大アルカナ、単なる二者択一じゃなくて、運命の分かれ道、みたいな!?
単純にいえば、<月>は曖昧、<星>は希望。だけど。だけど。なぜここで<星>が出てくるのか。困った。占い師として、どう答えればいいの。
「どうだ?」
彼に促される。仕方ない、迷ったときはシンプルに。
「小舟で運河を渡るのは<月>、曖昧、先が見通せない感じですが、失敗するとは限らない。
曖昧な中から、何かはっきりした確かなものが見えてくるかもしれません。
船に乗せてもらうのは<星>、希望、あるいは可能性ですが、失敗しないとも限らない。
希望ははるか遠すぎて、むしろ絶望を感じることもあります。」
つまりは、どっちもどっち。
「……なるほどな。」
その言葉に彼を見れば、何か納得している様子。この人、今のでわかったの!?
あ。何となく、ピンときた。私に、占い師に、すべての情報を話さなかったな?
不意に一歩近づいた彼に見下ろされる。
「で、何が目的だ?俺に近づいた目的だよ。」
……それが分かるなら、私も知りたい。目的が分からないまま、それでも今ここにいるのだから。
「わかった。理由は何でもいい。しばらく、俺に付き合う気はあるか。」
うなずく。
しばらくで済めばいいけど、きっと済まないでしょうけど。
「助かる。俺はジークベルト・ルーカ、ジークでいい。」
名前からして、やっぱり向こうの大陸の人の子孫かな。
「君は?」
ジークさんに問われる。名前は、あまり言いたくない。
「だから、名前は?」
だから言いたくなんだってば。仕方なくこう答える。
「スゥ。」
「愛称か?まあいい。」
ジークさんがばつの悪そうな顔をする。
「スゥ、今更言い訳だが、傷つけて悪かった。手当させてくれないか。」
え、何のこと?
「不思議そうな顔をするな、ここだ。」
とジークさんが指さすのは、首に近い肩のあたり。自分では見えない。言われてみれば、ちょっとピリピリする。
「手を、近づけてもいいか?」
うなずいてみる。でも、いったい何をするんだろう?
「身構えなくていい。簡単な治癒術。俺の持ってるスキルだ。」
ジークさんが唱える、聞いたことのない響きの言葉。すると、ピリピリしていたのが治まった。
ああ、これが魔法というもの。体感したのは初めて。
「ジークさん、すごいですね!」
「……君がそれでいいなら、まあいいか。行くぞ。」
運河沿いの狭い道をゆく。
どうやら船に乗せてもらう方を選んだみたいだけど。この人の様子は何だか普通。
むしろ私の方が不安。とっても不安。
そういえば、この人の職業は何だろう?見た目は、いかにも冒険者って感じだけど。
うーん。聞くべきか、聞かざるべきか。
悩んでいるうちに、ジークさんの方から声をかけられた。
「君はいつもこんな生活をしている、というわけでもなさそうだ。」
「当たり前です!」
ここはしっかりと主張しておかなければ。
「私は小さな楽しみとか、ささやかな幸せとか、そういうのが良いんです。
街でのんびり占いをする、そんな穏やかな暮らしが好みです。波乱万丈とか、まったく望んでません。」
ジークさんがあきれた顔をしてこちらを見ている。なぜ?
「どうする、俺のこと聞くか、それともやめておくか?」
ジークさんから話題を振ってくれた。ありがたい。ここはひとまず、
「聞きます。」
「OK 。俺は平たく言えば冒険者。その中でもトレジャーハンターってやつだ。知ってるか?」
「聞いたことはあります。」
「一応弁解しておくが、今追われている王宮からの窃盗、それ以外の犯罪歴はない。不法侵入も、これほどの非常事態でなければ、しない。」
……この人、王宮から盗んだのか。それは、追われるしかないかも。しかも、それができるだけの能力を持っているとはまたすごい。
で、いったい何を盗んだんだろう?でも、そこまで聞ける雰囲気じゃない。
「今から利用する船も、普通は使わない。冒険者は権力者とのトラブルに巻き込まれることもあるから、そういう非常手段があちこちにあるんだ。冒険者ギルドは、王国には属さない独立した組織だからな。」
……ディープな話を聞いてしまった、気がする。
しばらくお互い無言のまま歩いた後、ジークさんがつぶやいた。
「あれだな。」
どれが、あれなのか、私には分からないけれど。
ジークさんがこちらを振り返る。
「マント、留めるぞ。フードも、しっかりかぶっとけ。」
言いながら、ジークさんは私のマントのボタンをとめ、フードも深くかぶせてしまった。前が見えない。
あの、これくらいなら私も、自分でできますけどね?
再び手を取られる。
近づくと、意外なところに扉があった。びっくり。
ジークさんがするりと中に入る。ついでに私も引っ張られる。
そこは意外にも普通の部屋だった。ジークさんは交渉している。
私はジークさんのそばにくっついて、聞いているだけ。
交渉相手の視線を、時々こちらに感じるけれど。いや気にしないでください、私はおまけ。
そして、私にはよくわからないうちに、話がまとまったようで。
ジークさんの後について行く。船がある。
ジークさんがそれに乗るので、私もおそるおそる船に乗る。乗ったら揺れた。とりあえず怖い。
「初めてか?それとも泳げない?」
ジークさんが小さな声で聞いてくる。
「両方です。」
「対岸はそう遠くない。もし落ちても何とかする。安心しろ。」
ジークさんは何でもないことのように言う。でも。
無理です。そう言ってくれるのは有難いけど、無理です。
ずぶ濡れなんて嫌だし。そもそも落ちたくない。底に足が届かないような水の中なんて、絶対、嫌。
それはともかく、またジークさんの後をついていく。隠し部屋というものかな、二人してそこに入る。扉が閉じられる。
壁に寄りかかって座ったジークさんは、さっそくくつろいでいる。さすがだ。
「俺は今のうちに食べておくが、君はどうする?」
食欲はない。でも何か食べておいた方がいいような気はする。
「少しだけ。」
と答えれば、ドライフルーツがたっぷり入った焼き菓子の一切れを渡された。
こういう甘いものは好き。おそるおそる食べてみる。
「あ、美味しい。」
思わず、頬がゆるむ。
「だろ?それ、おすすめなんだ。」
向かいで、ジークさんが笑った。
船は進んでいる、のだろうと思う。揺れはひどくない、それでもいつもゆらゆら揺れている。とりあえず怖い。
ジークさんはくつろいだ姿勢で、目を閉じている。
この人がこうしているということは、今は大丈夫なのだと思う、たぶん。
することがないので、私はただ座っている。鞄をぎゅっと抱えていると、少し気分が落ち着いた。
さりげなく、手首につけているマクラメ編みのブレスレッドに触れる。
ジークさんに目を向ける。
冒険者風の服装。荷物がひとつ。ベルトに小物入れ。剣。マント。
シンプルなピアス。装飾的な指輪が二つ、これは魔導具なのかな。
髪は短い。背は高め。一見細身に見える。左手の甲に古い傷。
落ち着いてみれば、この人けっこう見た目がいい。精悍、野性味、飄々とした、そんな方向性の。
加えて鋭い眼差し、素早く無駄のない身のこなし。
ただ逃亡するだけでなく、私の世話をやく余裕まである。すごいな。
ブレスレッドから手を離す。小さく息をつく。
この部屋に窓はない。仕方ないので壁を見る。
船は初めてだけど、それ以上に時間の経過がよく分からない。
不意に、船が止まった。いや留められた?命令するような声が聞こえる。思わず見上げてしまう。
音もなく隣に来たジークさんがささやく。
「大丈夫だ、じっとしてるだけでいい。」
とりあえずうなずく。
不安でしょうがないけれど。この人が大丈夫というなら大丈夫なのかな、たぶん。
再び船が動き出した。
ジークさんはまた私の向かいに戻り、目を閉じている。
私は鞄を抱え直して座っている。よくわからないけど、大丈夫だったらしい。
どのくらい時間が過ぎたのだろう。ジークさんが体を起こした。
「そろそろだな。占ってくれるか。」
うなずく。
「訳アリでも泊まれる宿がある。そこでひとまず休むか、それとも先に進むか。」
二者択一、さっきと同じ展開法でいいかどうか、ちょっと迷う。
でも、それにする。分かりにくい結果が出たら、別の展開法で詳しくみる、それでいこう。
今回もすべてのカードで占う<混>。
その中から二枚のカードを<引>。
カードをめくる<開>。
「宿に泊まるのは<ソードの4>、次に備えて休みましょう。
先に進むのは<カップの5>、がっかりするかもしれません。だからと言って全部失うわけではありません。」
告げると、ジークさんが目を伏せた。悩んでいるみたいだ。
何で!?前回の、どっちもどっちの選択肢よりマシな気がしたけど、そうでもなかったの?
ようやく船が止まった。隠し部屋から出ると、もう夜だった。
「ほら、手を貸せ。」
船から降りるのにもたついている私に、ジークさんが手を差し伸べてくれる。
ありがたい。最後の最後で落ちたくない。いや、本当に怖いんだってば。
無事船から降りれば、ジークさんが小声で聞いてきた。
「ここがどこか、分かるか?」
小さく首を振る。全然わからないですって。
「樹海のそばにある街だ。」
私にわかるのは、単に対岸に渡っただけではないってことかな。
「ここから宿まで、少し歩くぞ。」
なるほど、熟考の末、今回は宿になったと。
狭くて暗い路地裏を速足で歩く。
ジークさんの足取りには迷いがない。その後を、私は何とかついていく。
そのうち、ざわめきが聞こえてくるようになった。大通りが近いのかもしれない。
急に、前のジークさんが立ち止まる。私は見事にそれにぶつかった。
「わっ、ご、ごめんなさい。」
「いや、悪い。速く歩きすぎた。大丈夫か。」
振り向いたジークさんにうなずく、今のところは。
ジークさんが剣の柄に手をかける。
「渡れたは良いが、こちらにも兵がいるとはな。まあ、向こうほど多くないのが幸いだ。」
急に、向こうのざわめきが大きくなった。何だろう?
思わず、目の前の背中から顔を出して道の先をのぞこうとして、その前にジークさんのマントの中にくるまれてしまった。耳元で声がする。
「王国の兵士の一団だ。」
一気に体が強張った。
「連中、俺を探してる様子じゃない。あれはもう勤務時間外だな。
大丈夫だ。このくらいならやり過ごせる。マントに目くらましの効果も付けてるしな。
じっとしていろ。それでいい。
いざとなればスキルも使う。大丈夫だ。」
そして、思ったよりも早く、マントの中から解放された。夜風が頬にひんやりとする。で、結局どうなったの?
ジークさんを見上げると、何だか余裕の表情だった。
「やはり、こちらを選んで良かったということかな、あの程度で済んだ。」
さっきのは、あの程度なの!?ジークさんがそう判断するなら、もうそれでいいけれど。
ジークさんが再び歩き出す。今度は私の手を引いて、私の歩調に合わせてくれている。
どうか、このままでお願いします。ここではぐれたら、迷子確定なので。
どれだけ道を進み、そして曲がったか。
「あれだな。」
とジークさん。どれが、あれなのか、やっぱり私には分からないけれど。
「マントは留めてるな。フード、しっかりかぶっとけ。」
言いながらジークさんは、再びフードを深くかぶせてしまった。またしても前が見えない。
あの、フードをかぶり直すくらいなら、私にもできそうですけどね?
再び手を引かれる。
近づくと、意外なところに扉があった。やっぱりびっくり。
中に入ると、すぐにジークさんが交渉を始めた。
船の時と比べて、怪しく感じる。単に夜のせいかもしれないけれど。
私はよりジークさんのそばにくっついて、聞いているだけ。
交渉相手の視線を、時々こちらに感じるけど。お願いだから気にしないでください、私はおまけ、単なるおまけ。
そして、私にはよくわからないうちに、話がまとまったようで。
鍵を受け取ったジークさんの後を小走りでついていく。
本当に置いていかないでください、こんな場所の作法なんてわからないから。
ジークさんが鍵を開けて、私を振り返る。
「待ってろ。」
もちろんそうしますけど、なんでだろう?
ジークさんが部屋を一回りしている。つまり、調べてるってことかな?
手招きされたので私も入る。おっかなびっくり、部屋を見回す。
お金さえ払えば、追われる身でも泊めてくれる宿の部屋、こんなところ初めて来た。
ふつうの宿とそんなに違わない。
とりあえず、片方のベッドに座ってみた。するとジークさんが、
「その毛布は使わなくていい、こっちを使え。」
と、ふかふかの分厚い毛布を取り出してくれた。すごく嬉しいけど、この毛布どこから出てきたの!?
「もしかして、それ“魔法の鞄”ですか?」
ジークさんが私の様子にちょっと驚いている。
「初めて見ました!」
噂でしか聞いたことない。“魔法の鞄”とか“不思議ポケット”とか呼ばれているもの。ベテランの冒険者なら必ず持っているという話の。
値段が高いのと、使用するにはスキルが必要なので、一般人にとっては夢の道具なのだ。
ジークさんが小さく笑う。
「そんなに気に入ったなら、また取り出すところを見せてやるから。」
「約束ですよ。」
念を押すと、ジークさんがまた笑う。
「分からないもんだな。
ゼルバで食料なんかの補充をしたんだ。もちろん、訳アリでも売ってくれる店でだ。
王国の連中に見つかるはずはなかった。それが、なぜか見つかった。そして君と出会った。
補充するんじゃなかったかと思ったが、そのおかげで食料も装備もたっぷりある。二人でも、2週間はもつな。」
へえ、そうなの。私には種類も量も見当もつかないけれど。
そんな私に気づいたのか、ジークさんがニヤリとする。
「そういう旅はしたことないか?なら、たまにはこういうのも、いいんじゃないか、新鮮で。」
……私は新鮮さよりも、安心と安全と、慣れ親しんだいつも通りでかまわないんですけどね。
貸してもらった毛布にくるまった私を、ジークさんがじっと見る。何かな?
「二人一室だが、大丈夫か?」
「船のほうが怖いです。」
それに比べれば、この部屋のほうがずっとマシ。
ジークさんは何か言いたそうに口を開き、そして結局、
「そういう意味じゃなかったんだが、まあいい。湯が使えるがどうする?」
「使います。」
こちらも即答で。
お湯が使えたのはラッキーだった。そして、もう一度毛布にくるまる。
「明日は早朝に出る。」
と、ジークさんが明かりを消した。
私はだからといって、すぐに眠れたりはしない。しばらくしても眠れない。毛布の中でもぞもぞしてしまう。
ジークさんの方からは音がしない、さすがだ。
と思ったら、声をかけられた。
「眠れないか?君の占いでは休めるんだろう?」
それとこれとは話が別です。
向こうで、ジークさんが起き上がる気配がする。
「じゃあ、ちょっと話すか。小声でな。」
うなずく。あ、真っ暗だった。
「わかり、ました。」
ジークさんのベッドの方が、ほんのり明るくなる。
「そのまま、横になってろ。
まず、簡単だが魔導具の見張りを立てている。何かあればすぐ俺が気づいてやる。安心しろ。
それに、万が一捕まれば、俺が無理やり言うことをきかせたと、言ってやるから」
私はがばっと体を起こす。
「それだと、私の占いを悪用されたということになるので、困ります。」
ジークさんがあきれた表情で手を伸ばし、毛布を私の肩にかけてくれた。
「俺の仲間と見なされるよりはマシだ。君に何か目的があるとは思えない。
まあその前に、よく俺の言葉を信じたなと言うべきところだが。
それでも君が、俺と一緒にいるメリットは無いだろう?俺は、同情だろうが何だろうが、助かっているが。」
「少し、同情はしています」
たぶんこの人は巻き込まれた、その能力を見込まれて。その不運と幸運を合わせ持っている。
「でも、私は私の意志でここにいます。私は私の意志で占っている。」
<運命の輪>が回る。<ナイト>と出会うことは必然。私にとって避けられない未来。
でも、あの瞬間、この人を助ける占いをしたのは私。
この人と共に行くことを決めたのは私。
何かわからないけれど、大きな流れの中で私が果たすことのできる役割があると、信じたのは私。
「なぜだ?」
ジークさんに聞かれる。なぜと言われても。
「そう決めたから。」
「だから、なぜそう決めたか聞いている。詳しく言いたくないならいいが、何かメリットがあるのか?」
メリット、それを言うことができるのは、むしろこの人の方。
「メリット、デメリットでいうならば。
あなたにとって、私が共にいることがメリットになるとは限りません。」
「……もう少し詳しく話してくれ。」
「私があなたの手助けをしなかったら、あなたに別の助けが現れた可能性がある、ということです。」
彼がわずかに目を見張る。
「状況はぎりぎりです。あなたにとって不運に傾くのか幸運に傾くのかわからない。
最終的に、私があなたの手助けになるかどうかは、わかりません。」
最終的には、彼自身が決めるしかない。
<星>は希望。でも、時に希望は諸刃の剣。
それが良いことなのかどうなのか、私には決められない。彼にしか決められない。
彼が小さく息を吐く。
「君と同じような言い方をするならば、俺は君を選んだ、ということになるか。
どちらの船に乗るかの占いを頼んだ時、小船に乗る方が良さそうならならば、俺一人で行くつもりだった。」
思わずジークさんを見返す。この人が私に言わなかったことは、これだったのか。
「でも俺は、<月>より<星>を選んだ。君は俺の、希望だ。」
その言葉に息をのむ。でも。
「時として希望は、諸刃の剣になります。」
ジークさんが笑う。
「さっきの占いも、俺なら先をいそぐ。
だが、失ってがっかりするものが希望なら、それは選ばないことにした。
知ってるか、トレジャーハンターってのは、99%のデータと1%の賭けってできてるってな。
希望がないなら、賭けない。でもな、希望があるなら、俺は賭けるぞ。
まあ、安心しろ、常にリスク回避の対応策は考えている。」
驚いた。
この人、すごい。強い。運が強い。運を引き寄せられる人だ。
でも、だからといって、私は。
「無茶ですよ。ああもう、私の日々のささやかな暮らしが。私はそれで充分なのに。」
彼が面白そうにこちらを見ている。何かムカつく。
「でも、俺と一緒にいてくれるんだろ?」
「いますけど!」