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2/2

出会い


 まるで空から降ってきたように見えたその人に、剣を突き付けられてる。引っ張りこまれた路地裏で。

 首の近くにひんやりとした感触。たぶん刃が押し付けられてる。

 押し殺した声が後ろから聞こえる。

「黙ってろよ、ついでに大人しくしとけ。じゃなかったら、分かるな。」


 黙ってますし、大人しくしてるでしょ。

 こんな事、私の日常生活にはないんだから。だからコワイってば。

 体がガチガチに固まるのが分かる。


 耳元で低い声。

「大人しくしてるなら、傷つけたりしない、そのまま解放してやる。」

 そ、それはどうも。その言葉は嘘ではないと思えて、ほんのちょっと気が緩む。次の瞬間。

「で、あんたは何で、ここにいる?」

 圧が、すごいんですけど。

「たまたま、通り道だった、だけ、です。」

 故郷方面の馬車に乗るため、長距離馬車の乗り場へ向かう途中、それだけのはずだったのに。

 どこかで出会うだろうとは思ってたけど、早すぎる。


 ああ、本当にわからない、何がどういう状況なのか。

 この人は<ソードのナイト>。どうにもこうにも、それ。

 私より少し年上、今は荒っぽい冒険者って雰囲気、凶悪犯には見えない、ただ何か……強い意志を感じる。


 そして彼は、追われているみたいだ。

 追手は王国の兵士。狭い路地の更にその物陰から通りの方をちらりと見れば、兵士たちが走り回っている。


 仕方ない、状況を把握するには聞いてみるしかない。聞いて、みるしか。

 体が震える、それでも無理矢理声を出す。


「何、したんですか?」

「見りゃわかるだろ、追われるようなことだよ。」

 息を飲み込み、震える手でぎゅっと鞄を握る。少し後ろを振り返り、もう一度聞く。

「……殺めましたか?」

 凄い目で睨まれた。

「殺ってねえ!」

 しかし、一瞬で怒りを収めた彼が冷めた目でこちらを見る。

「盗んだ。もっと言えば、盗まざるを得ないよう嵌められた。あんたに言っても、しょうがないがな。」



 ――風が吹く。

 ――回る。

 ――回っていく。

 ――聞こえるはずのないその音が感じられる。<運命の輪>。

 ――出会う<ソードのナイト>、隠された<ペンタクルのナイト>、そして<世界>。



「私は占い師です。占ってみましょうか?」


 彼が虚をつかれた顔をする。

 こんな緊迫した状況で、のんびり占いなんて、提案した私もどうかとは思う。

 彼が抑えた声で問う。

「何ができる?」

 何って、私に聞かないでほしいけど。こんな時の逃げ方なんて知らないし。例えば。

「どの方向に逃げたらいいか、とか?」


 即座に問い返された。

「当たるのか?」

「それは、何とも。」

 わかりませんね。

 周り中がざわめいている。あと、どのくらい、見つからずにいられるのか……。


 耳元で低い声が告げる。

「やってみろ。」

 決断が早い。さすが風の騎士。

 ひやりとした感触が首から離れる。ちょっとほっとする。剣はまだ、抜き身のままだけど。


 1から8の数字を、方角に当てはめる。

 使うスートは<ソード>、<ソードのナイト>として現れた彼に、良い風が吹きますように。

 <問>今の状況の突破口はどの方角?


 カードの束から、8枚のカード浮き上がり<混>。

 その中から一枚を<引>。 

 カードをめくる<開>。

 <ソードの4>、つまり方角にすると、

「南東。」

 って出ましたけど。そもそも南東ってどっち?

 彼が見た方向を、私もみる。その先は壁だけど。壁にしか見えないけど。

「……へえ、なかなかやるじゃないか、行くぞ。」

 行くの?できるの!?

 まあ、私は占い師。占いの結果どう行動するのか、それを決めるのは占い師じゃない。

 彼、だから。


「来い、もう少し俺に付き合え。」

 剣を収めた彼に、腕を引っ張られた。私はそんなに速く走れませんって!


 路地裏を抜ける。高い塀の続く小道に人通りはない。まだ見つかっていない。

 けれど、私の息はもう上がっている。不意に抱き上げられた。何!?

「首に手をまわせ。つかまってろ。」

 慌てて言われたとおりにする。すぐに強烈な浮遊感に襲われた。耐えられなくて目をつむる。

 それがなくなったときには、もう塀を越えていた。


 地面に降ろされる。私はまだくらくらしている。でも。

 この人、今何をしたんだろう?見上げれば、意外にも彼は答えてくれた。

「いわゆる盗賊のスキル持ち。ふつう街中では使わないけどな。スキルの痕跡ですぐにバレる。

 だが、痕跡の解析には少し時間が必要だ。」


 手を引かれる。歩くうちに息が楽になってくる。

 この人が走らずに歩いているのは、私に合わせているのかもしれない。

 旧い私邸の庭園の片隅。さっきまでの喧騒が遠い。館の住人の姿もなく、ただ静か。


 少し行くと階段があった。

 下りていく。水のにおいがする。扉がある。彼が器用にそれを開ける。

 運河だ。


「船で対岸に渡れば、しばらく追手を引き離せる。すごいじゃないか。」

 彼が不敵に笑う。

 うわ、当たった。私が言うのもなんだけど。子どものころ、かくれ鬼に使った展開法だったけど。

 でもこれは。当たるというより、占いが見せた流れを彼自身がつかんだ、そんな感じがする。


 彼はぐるりと辺りを見渡した後、扉の影に入った。引っ張られて私もそこに。

 彼が油断なく周りを見ながら問う。

「もう一回、占ってくれないか?」

 うなずく。

「そこにある小舟で運河を渡るのと、少し行った先に金さえ払えば乗せてもらえる船がある。

 どちらが、マシか。」


 それならば、普通に二者択一の展開法で大丈夫かな?

 今度は全部のカードで占う<混>。

 その中から2枚のカードを<引>。

 カードをめくる<開>。


 1枚目、小舟で運河を渡るのは<月>。

 2枚目、船に乗せてもらうのは<星>。


 ……何でどっちも大アルカナ、単なる二者択一じゃなくて、運命の分かれ道、みたいな!?

 単純にいえば、<月>は曖昧、<星>は希望。だけど。だけど。なぜここで<星>が出てくるのか。困った。占い師として、どう答えればいいの。

「どうだ?」

 彼に促される。仕方ない、迷ったときはシンプルに。


「小舟で運河を渡るのは<月>、曖昧、先が見通せない感じですが、失敗するとは限らない。

 曖昧な中から、何かはっきりした確かなものが見えてくるかもしれません。

 船に乗せてもらうのは<星>、希望、あるいは可能性ですが、失敗しないとも限らない。

 希望ははるか遠すぎて、むしろ絶望を感じることもあります。」

 つまりは、どっちもどっち。


「……なるほどな。」

 その言葉に彼を見れば、何か納得している様子。この人、今のでわかったの!?

 あ。何となく、ピンときた。私に、占い師に、すべての情報を話さなかったな?


 不意に一歩近づいた彼に見下ろされる。

「で、何が目的だ?俺に近づいた目的だよ。」

 ……それが分かるなら、私も知りたい。目的が分からないまま、それでも今ここにいるのだから。


「わかった。理由は何でもいい。しばらく、俺に付き合う気はあるか。」

 うなずく。

 しばらくで済めばいいけど、きっと済まないでしょうけど。


「助かる。俺はジークベルト・ルーカ、ジークでいい。」

 名前からして、やっぱり向こうの大陸の人の子孫かな。


「君は?」

 ジークさんに問われる。名前は、あまり言いたくない。

「だから、名前は?」

 だから言いたくなんだってば。仕方なくこう答える。

「スゥ。」


「愛称か?まあいい。」

 ジークさんがばつの悪そうな顔をする。

「スゥ、今更言い訳だが、傷つけて悪かった。手当させてくれないか。」

 え、何のこと?

「不思議そうな顔をするな、ここだ。」

とジークさんが指さすのは、首に近い肩のあたり。自分では見えない。言われてみれば、ちょっとピリピリする。

「手を、近づけてもいいか?」

 うなずいてみる。でも、いったい何をするんだろう?

「身構えなくていい。簡単な治癒術。俺の持ってるスキルだ。」

 ジークさんが唱える、聞いたことのない響きの言葉。すると、ピリピリしていたのが治まった。

 ああ、これが魔法というもの。体感したのは初めて。

「ジークさん、すごいですね!」

「……君がそれでいいなら、まあいいか。行くぞ。」


 運河沿いの狭い道をゆく。

 どうやら船に乗せてもらう方を選んだみたいだけど。この人の様子は何だか普通。

 むしろ私の方が不安。とっても不安。

 そういえば、この人の職業は何だろう?見た目は、いかにも冒険者って感じだけど。

 うーん。聞くべきか、聞かざるべきか。


 悩んでいるうちに、ジークさんの方から声をかけられた。

「君はいつもこんな生活をしている、というわけでもなさそうだ。」

「当たり前です!」

 ここはしっかりと主張しておかなければ。

「私は小さな楽しみとか、ささやかな幸せとか、そういうのが良いんです。

 街でのんびり占いをする、そんな穏やかな暮らしが好みです。波乱万丈とか、まったく望んでません。」

 ジークさんがあきれた顔をしてこちらを見ている。なぜ?


「どうする、俺のこと聞くか、それともやめておくか?」

 ジークさんから話題を振ってくれた。ありがたい。ここはひとまず、

「聞きます。」


「OK 。俺は平たく言えば冒険者。その中でもトレジャーハンターってやつだ。知ってるか?」

「聞いたことはあります。」

「一応弁解しておくが、今追われている王宮からの窃盗、それ以外の犯罪歴はない。不法侵入も、これほどの非常事態でなければ、しない。」

 ……この人、王宮から盗んだのか。それは、追われるしかないかも。しかも、それができるだけの能力を持っているとはまたすごい。

 で、いったい何を盗んだんだろう?でも、そこまで聞ける雰囲気じゃない。


「今から利用する船も、普通は使わない。冒険者は権力者とのトラブルに巻き込まれることもあるから、そういう非常手段があちこちにあるんだ。冒険者ギルドは、王国には属さない独立した組織だからな。」

 ……ディープな話を聞いてしまった、気がする。


 しばらくお互い無言のまま歩いた後、ジークさんがつぶやいた。

「あれだな。」

 どれが、あれなのか、私には分からないけれど。


 ジークさんがこちらを振り返る。

「マント、留めるぞ。フードも、しっかりかぶっとけ。」

 言いながら、ジークさんは私のマントのボタンをとめ、フードも深くかぶせてしまった。前が見えない。

 あの、これくらいなら私も、自分でできますけどね?


 再び手を取られる。

 近づくと、意外なところに扉があった。びっくり。

 ジークさんがするりと中に入る。ついでに私も引っ張られる。


 そこは意外にも普通の部屋だった。ジークさんは交渉している。

 私はジークさんのそばにくっついて、聞いているだけ。

 交渉相手の視線を、時々こちらに感じるけれど。いや気にしないでください、私はおまけ。

 そして、私にはよくわからないうちに、話がまとまったようで。


 ジークさんの後について行く。船がある。

 ジークさんがそれに乗るので、私もおそるおそる船に乗る。乗ったら揺れた。とりあえず怖い。

「初めてか?それとも泳げない?」

 ジークさんが小さな声で聞いてくる。

「両方です。」

「対岸はそう遠くない。もし落ちても何とかする。安心しろ。」

 ジークさんは何でもないことのように言う。でも。

 無理です。そう言ってくれるのは有難いけど、無理です。

 ずぶ濡れなんて嫌だし。そもそも落ちたくない。底に足が届かないような水の中なんて、絶対、嫌。


 それはともかく、またジークさんの後をついていく。隠し部屋というものかな、二人してそこに入る。扉が閉じられる。

 壁に寄りかかって座ったジークさんは、さっそくくつろいでいる。さすがだ。

「俺は今のうちに食べておくが、君はどうする?」

 食欲はない。でも何か食べておいた方がいいような気はする。


「少しだけ。」

と答えれば、ドライフルーツがたっぷり入った焼き菓子の一切れを渡された。

 こういう甘いものは好き。おそるおそる食べてみる。

「あ、美味しい。」

 思わず、頬がゆるむ。

「だろ?それ、おすすめなんだ。」

 向かいで、ジークさんが笑った。


 船は進んでいる、のだろうと思う。揺れはひどくない、それでもいつもゆらゆら揺れている。とりあえず怖い。

 ジークさんはくつろいだ姿勢で、目を閉じている。

 この人がこうしているということは、今は大丈夫なのだと思う、たぶん。


 することがないので、私はただ座っている。鞄をぎゅっと抱えていると、少し気分が落ち着いた。

 さりげなく、手首につけているマクラメ編みのブレスレッドに触れる。

 ジークさんに目を向ける。


 冒険者風の服装。荷物がひとつ。ベルトに小物入れ。剣。マント。

 シンプルなピアス。装飾的な指輪が二つ、これは魔導具なのかな。

 髪は短い。背は高め。一見細身に見える。左手の甲に古い傷。

 落ち着いてみれば、この人けっこう見た目がいい。精悍、野性味、飄々とした、そんな方向性の。

 加えて鋭い眼差し、素早く無駄のない身のこなし。

 ただ逃亡するだけでなく、私の世話をやく余裕まである。すごいな。


 ブレスレッドから手を離す。小さく息をつく。

 この部屋に窓はない。仕方ないので壁を見る。

 船は初めてだけど、それ以上に時間の経過がよく分からない。


 不意に、船が止まった。いや留められた?命令するような声が聞こえる。思わず見上げてしまう。

 音もなく隣に来たジークさんがささやく。

「大丈夫だ、じっとしてるだけでいい。」

 とりあえずうなずく。

 不安でしょうがないけれど。この人が大丈夫というなら大丈夫なのかな、たぶん。


 再び船が動き出した。

 ジークさんはまた私の向かいに戻り、目を閉じている。

 私は鞄を抱え直して座っている。よくわからないけど、大丈夫だったらしい。


 どのくらい時間が過ぎたのだろう。ジークさんが体を起こした。

「そろそろだな。占ってくれるか。」

 うなずく。


「訳アリでも泊まれる宿がある。そこでひとまず休むか、それとも先に進むか。」

 二者択一、さっきと同じ展開法でいいかどうか、ちょっと迷う。

 でも、それにする。分かりにくい結果が出たら、別の展開法で詳しくみる、それでいこう。


 今回もすべてのカードで占う<混>。

 その中から二枚のカードを<引>。

 カードをめくる<開>。


「宿に泊まるのは<ソードの4>、次に備えて休みましょう。

 先に進むのは<カップの5>、がっかりするかもしれません。だからと言って全部失うわけではありません。」

 告げると、ジークさんが目を伏せた。悩んでいるみたいだ。

 何で!?前回の、どっちもどっちの選択肢よりマシな気がしたけど、そうでもなかったの?


 ようやく船が止まった。隠し部屋から出ると、もう夜だった。

「ほら、手を貸せ。」

 船から降りるのにもたついている私に、ジークさんが手を差し伸べてくれる。

 ありがたい。最後の最後で落ちたくない。いや、本当に怖いんだってば。


 無事船から降りれば、ジークさんが小声で聞いてきた。

「ここがどこか、分かるか?」

 小さく首を振る。全然わからないですって。

「樹海のそばにある街だ。」

 私にわかるのは、単に対岸に渡っただけではないってことかな。

「ここから宿まで、少し歩くぞ。」

 なるほど、熟考の末、今回は宿になったと。


 狭くて暗い路地裏を速足で歩く。

 ジークさんの足取りには迷いがない。その後を、私は何とかついていく。

 そのうち、ざわめきが聞こえてくるようになった。大通りが近いのかもしれない。


 急に、前のジークさんが立ち止まる。私は見事にそれにぶつかった。

「わっ、ご、ごめんなさい。」

「いや、悪い。速く歩きすぎた。大丈夫か。」

 振り向いたジークさんにうなずく、今のところは。

 ジークさんが剣の柄に手をかける。

「渡れたは良いが、こちらにも兵がいるとはな。まあ、向こうほど多くないのが幸いだ。」


 急に、向こうのざわめきが大きくなった。何だろう?

 思わず、目の前の背中から顔を出して道の先をのぞこうとして、その前にジークさんのマントの中にくるまれてしまった。耳元で声がする。

「王国の兵士の一団だ。」

 一気に体が強張った。

「連中、俺を探してる様子じゃない。あれはもう勤務時間外だな。

 大丈夫だ。このくらいならやり過ごせる。マントに目くらましの効果も付けてるしな。

 じっとしていろ。それでいい。

 いざとなればスキルも使う。大丈夫だ。」


 そして、思ったよりも早く、マントの中から解放された。夜風が頬にひんやりとする。で、結局どうなったの?

 ジークさんを見上げると、何だか余裕の表情だった。

「やはり、こちらを選んで良かったということかな、あの程度で済んだ。」

 さっきのは、あの程度なの!?ジークさんがそう判断するなら、もうそれでいいけれど。


 ジークさんが再び歩き出す。今度は私の手を引いて、私の歩調に合わせてくれている。

 どうか、このままでお願いします。ここではぐれたら、迷子確定なので。


 どれだけ道を進み、そして曲がったか。

「あれだな。」

 とジークさん。どれが、あれなのか、やっぱり私には分からないけれど。


「マントは留めてるな。フード、しっかりかぶっとけ。」

 言いながらジークさんは、再びフードを深くかぶせてしまった。またしても前が見えない。

 あの、フードをかぶり直すくらいなら、私にもできそうですけどね?


 再び手を引かれる。

 近づくと、意外なところに扉があった。やっぱりびっくり。


 中に入ると、すぐにジークさんが交渉を始めた。

 船の時と比べて、怪しく感じる。単に夜のせいかもしれないけれど。

 私はよりジークさんのそばにくっついて、聞いているだけ。

 交渉相手の視線を、時々こちらに感じるけど。お願いだから気にしないでください、私はおまけ、単なるおまけ。

 そして、私にはよくわからないうちに、話がまとまったようで。


 鍵を受け取ったジークさんの後を小走りでついていく。

 本当に置いていかないでください、こんな場所の作法なんてわからないから。


 ジークさんが鍵を開けて、私を振り返る。

「待ってろ。」

 もちろんそうしますけど、なんでだろう?

 ジークさんが部屋を一回りしている。つまり、調べてるってことかな?


 手招きされたので私も入る。おっかなびっくり、部屋を見回す。

 お金さえ払えば、追われる身でも泊めてくれる宿の部屋、こんなところ初めて来た。

 ふつうの宿とそんなに違わない。


 とりあえず、片方のベッドに座ってみた。するとジークさんが、

「その毛布は使わなくていい、こっちを使え。」

と、ふかふかの分厚い毛布を取り出してくれた。すごく嬉しいけど、この毛布どこから出てきたの!?

「もしかして、それ“魔法の鞄”ですか?」


 ジークさんが私の様子にちょっと驚いている。

「初めて見ました!」

 噂でしか聞いたことない。“魔法の鞄”とか“不思議ポケット”とか呼ばれているもの。ベテランの冒険者なら必ず持っているという話の。

 値段が高いのと、使用するにはスキルが必要なので、一般人にとっては夢の道具なのだ。


 ジークさんが小さく笑う。

「そんなに気に入ったなら、また取り出すところを見せてやるから。」

「約束ですよ。」

 念を押すと、ジークさんがまた笑う。


「分からないもんだな。

 ゼルバで食料なんかの補充をしたんだ。もちろん、訳アリでも売ってくれる店でだ。

 王国の連中に見つかるはずはなかった。それが、なぜか見つかった。そして君と出会った。

 補充するんじゃなかったかと思ったが、そのおかげで食料も装備もたっぷりある。二人でも、2週間はもつな。」


 へえ、そうなの。私には種類も量も見当もつかないけれど。

 そんな私に気づいたのか、ジークさんがニヤリとする。

「そういう旅はしたことないか?なら、たまにはこういうのも、いいんじゃないか、新鮮で。」

 ……私は新鮮さよりも、安心と安全と、慣れ親しんだいつも通りでかまわないんですけどね。


 貸してもらった毛布にくるまった私を、ジークさんがじっと見る。何かな?

「二人一室だが、大丈夫か?」

「船のほうが怖いです。」

 それに比べれば、この部屋のほうがずっとマシ。

 ジークさんは何か言いたそうに口を開き、そして結局、

「そういう意味じゃなかったんだが、まあいい。湯が使えるがどうする?」

「使います。」

 こちらも即答で。


 お湯が使えたのはラッキーだった。そして、もう一度毛布にくるまる。

「明日は早朝に出る。」

と、ジークさんが明かりを消した。

 私はだからといって、すぐに眠れたりはしない。しばらくしても眠れない。毛布の中でもぞもぞしてしまう。

 ジークさんの方からは音がしない、さすがだ。


 と思ったら、声をかけられた。

「眠れないか?君の占いでは休めるんだろう?」

 それとこれとは話が別です。


 向こうで、ジークさんが起き上がる気配がする。

「じゃあ、ちょっと話すか。小声でな。」

 うなずく。あ、真っ暗だった。

「わかり、ました。」


 ジークさんのベッドの方が、ほんのり明るくなる。

「そのまま、横になってろ。

 まず、簡単だが魔導具の見張りを立てている。何かあればすぐ俺が気づいてやる。安心しろ。

 それに、万が一捕まれば、俺が無理やり言うことをきかせたと、言ってやるから」

 私はがばっと体を起こす。

「それだと、私の占いを悪用されたということになるので、困ります。」


 ジークさんがあきれた表情で手を伸ばし、毛布を私の肩にかけてくれた。

「俺の仲間と見なされるよりはマシだ。君に何か目的があるとは思えない。

 まあその前に、よく俺の言葉を信じたなと言うべきところだが。

 それでも君が、俺と一緒にいるメリットは無いだろう?俺は、同情だろうが何だろうが、助かっているが。」


「少し、同情はしています」

 たぶんこの人は巻き込まれた、その能力を見込まれて。その不運と幸運を合わせ持っている。

「でも、私は私の意志でここにいます。私は私の意志で占っている。」


 <運命の輪>が回る。<ナイト>と出会うことは必然。私にとって避けられない未来。

 でも、あの瞬間、この人を助ける占いをしたのは私。

 この人と共に行くことを決めたのは私。

 何かわからないけれど、大きな流れの中で私が果たすことのできる役割があると、信じたのは私。


「なぜだ?」

 ジークさんに聞かれる。なぜと言われても。

「そう決めたから。」

「だから、なぜそう決めたか聞いている。詳しく言いたくないならいいが、何かメリットがあるのか?」

 メリット、それを言うことができるのは、むしろこの人の方。

「メリット、デメリットでいうならば。

 あなたにとって、私が共にいることがメリットになるとは限りません。」

「……もう少し詳しく話してくれ。」


「私があなたの手助けをしなかったら、あなたに別の助けが現れた可能性がある、ということです。」

 彼がわずかに目を見張る。

「状況はぎりぎりです。あなたにとって不運に傾くのか幸運に傾くのかわからない。

 最終的に、私があなたの手助けになるかどうかは、わかりません。」


 最終的には、彼自身が決めるしかない。

 <星>は希望。でも、時に希望は諸刃の剣。

 それが良いことなのかどうなのか、私には決められない。彼にしか決められない。


 彼が小さく息を吐く。

「君と同じような言い方をするならば、俺は君を選んだ、ということになるか。

 どちらの船に乗るかの占いを頼んだ時、小船に乗る方が良さそうならならば、俺一人で行くつもりだった。」


 思わずジークさんを見返す。この人が私に言わなかったことは、これだったのか。

「でも俺は、<月>より<星>を選んだ。君は俺の、希望だ。」


 その言葉に息をのむ。でも。

「時として希望は、諸刃の剣になります。」


 ジークさんが笑う。

「さっきの占いも、俺なら先をいそぐ。

 だが、失ってがっかりするものが希望なら、それは選ばないことにした。


 知ってるか、トレジャーハンターってのは、99%のデータと1%の賭けってできてるってな。

 希望がないなら、賭けない。でもな、希望があるなら、俺は賭けるぞ。

 まあ、安心しろ、常にリスク回避の対応策は考えている。」


 驚いた。

 この人、すごい。強い。運が強い。運を引き寄せられる人だ。


 でも、だからといって、私は。

「無茶ですよ。ああもう、私の日々のささやかな暮らしが。私はそれで充分なのに。」


 彼が面白そうにこちらを見ている。何かムカつく。

「でも、俺と一緒にいてくれるんだろ?」

「いますけど!」





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