プロローグ
遠く、朝のざわめきが聞こえる。窓から光が差し込む。
今日も、いつも通りの一日が始まる。
宿で朝ごはんを食べて。占い師として働きに行って。それからまた宿に戻ってきて。そんな、いつもの。
けれど、今朝は手紙を受け取った。
差出人は大叔母様からだった。しばらくその封筒を眺め、そして開く。
“ステラ、小さな星は今どこをさまよっているのかしら。”
手紙が届くのだから、居場所は把握していらっしゃるでしょうに。
“そろそろ戻ってきてほしいわ。手伝ってほしいことがあるの。”
時期的に祝祭の準備かもしれない。それとも、ほかの何か。例えば婚約者を選ぶため。
故郷の慣習で18才になれば婚約しなければならないけれど。私は18になる前に里を出て、それから戻っていない。
帰りたくないわけではない、でも。帰れば婚約者選びから逃れられない。だから、帰りたいとは言えない。
手紙の続きはこうだった。
“もう何の問題もないことは、わかっているでしょう?あなたは私たちの希望なのだから。”
相変わらずですね、大叔母様、その大げさな言いようは。
そして、旅費が同封されていた。
……どうしよう。これは一度、どうしても、どうしても帰らざるを得ないかも。
大きくため息をつく。
仕方ない。婚約者は選びたくないけれど、故郷には帰る。一度、帰るしかない。
そのために、やることは。
雇い主に会って、手紙を理由に終わりにさせてもらう。占い師として大叔母の名は知られているから、無理でもとおる。今日は珍しく占いの予約も入っていないから、その点も心配ない。
店で旅に必要なものをいくらか買う。荷物をまとめる。
どうしよう。これでは今日中に準備が整ってしまう。
そして結局、昼すぎには旅支度ができてしまった。
仕事はちょうど次に希望する人がいるからと、快諾され。
宿の手続きもちょうど次に希望する人がいるからと、快諾され。
支度は、支度と言っても街から街へ移動するくらいの準備だけど、一つの店で全部買えてしまった。
順調すぎる。何かに、後押しされているような気がするほど。
2か月過ごした宿の部屋で、最後の確認をする。
街から街へ旅する占い師をやっていれば、私でもさすがに慣れる。
荷物は肩掛け鞄一つにまとまっているし。忘れ物はたぶんなさそう。
念のため、占いのカードを確認しようとして。
手が滑った。
小袋からカードを出そうとした、ただそれだけのことだったのに。
カードが落ちる。
1枚、そして2枚、3枚。
かがんで拾い上げる。1枚目<運命の輪>。ちょっと驚く。
続いて拾う。2枚目<ソードのナイト>。
その下に重なるようにして3枚目<ペンタクルのナイト>。
更に隠れるようにしてもう1枚、<世界>。
……これ、どうしょう。
<運命の輪>、私に転機が訪れる。
<ソードのナイト>、それはきっと私が出会う人。
その人は<ペンタクルのナイト>でもある。
何か隠している、あるいは守っている。それは<世界>のような、何か。
ちょっと、意味が読み取りにくい。これだけの情報では、分からない。
でも、予感がする。
私は出会う。私の故郷で出会うのか。それとも、そこに向かう途中で出会うのか。
それは分からないけれど、どちらにしても出会う。
私にとって大きな転機となるような、誰か。
……あまり、嬉しくない。
私は平穏な生活が良いの。ささやかな幸せとか、小さな楽しみとか、それで充分なのに。
ため息をつく。はっきり言って、あまり嬉しくない。
でも、カードに出たからには出会う。私は出会ってしまう。
それから逃げようとすれば、流されて翻弄される。翻弄されるのが嫌ならば、自らそこに行くしかない。
ならば……、せめて占ってみるかな。
<問>ソードのナイト、そんな人と出会うみたいなんだけど、できるだけ穏便な出会いがいいです。そのために、私が今できる行動は何ですか?
すべてのカードを<混>。
手から78枚のカード浮き上がり、空中で混ざり合う。
その中から1枚を<引>。
空中に1枚を残し、残りのカードは私の手の中に戻る。
カードをめくる<開>。
<ワンドの8>、物事が急展開します、人にはどうにもできません。
思わず、ため息をついた。
………………やっぱり、逃げたい。