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魔法の消しゴム

作者: 遊喜 猫

人生いろいろあるけどさ

 三歳のとき、住んでいた東京のアパートから千葉に引っ越した。

 いつも遊んでくれていた優しいお姉さんと別れるのが嫌で、私はアパートの前の道路の真ん中で泣いた。けれど、当時一歳だった妹は、もちろん自分が置かれた状況を理解出来るはずもなく、にこにこ顔で立っていた。

 何も判るはずがないのだから仕方がないのに、自分だけが泣いていることが悔しくて、妹を殴って一緒に泣かせた。



  五歳のとき、富士急ハイランドで財布を落とした。

 とても気に入っていた黄色のビーズのお財布。 誰か、見覚え有りませんか?

 随分昔のことですけど。


 

 小学校のとき、由香ちゃんと玲子ちゃんにいじめられた。

 当時の私はなかなかこまっしゃくれた子だったから、向こうにも言い分があったのかも知れない。上履きを隠されたとか、 仲間に入れてもらえなかったとかそんな感じ。

 一生恨んでやる、と思った。



 中学生のとき、親友だと思っていた直ちゃんに裏切られた感。

 その直ちゃんがみんなにハブられて庇ったとき、その子たちに言われた。

「あんたが一緒に帰ろうって誘いに来たとき、こいつは柱に隠れて『しぃ!』ってしてたんだよ? それでも庇う気?」

 そのあと庇い続けたかどうかは覚えていない。



 高校生のとき、初めて告られた。

 突然家に電話が掛かってきて(当時は携帯とかなかったし)、

「つきあってるヤツいなかったらつきあってよ」と。

 顔も知らない、話したこともない、いっこ上の二年生、高橋Hと名乗った。

「考えさせて下さい」と言った一週間後、たままたその高橋Hと同じクラスだという部活の先輩に「高橋先輩ってどんな人ですか?」と尋ねたら

「あいつが好きなの? でも昨日、隣のクラスの子に告られてあいつ彼女出来たよ?」

 ……はあ??



 社会人になってスーツにパンプスで意気揚々とご出勤三日目。

 駅を出て、直結されている連絡通路の歩道橋から降りようとしたその時、二段目で足を滑らせ身体が浮いた。次に気付いたら階段の一番下にいた。

 近くにいた女の人が駆け寄って手を貸してくれた。

「大丈夫? 怪我はない?」

 パンツ丸見え。優しい彼女の声と手は、かみ殺した笑いで震えていた。

「あっ……ありがとございます! 大丈夫です!」

 と、平気を装って颯爽と立ち去る。

 本当に、恥ずかしさで何処にも痛みを感じなかった。ただ、帰りに新しい靴を買った。


 

 そうそう、この間に雨女の地位を確立した。

 そう言われてみれば幼い頃から入学式や卒業式、修学旅行等、よく雨に降られていた気がする。でもこれは大人数なのだから、決して私のせいではない。

 でも、成人したあとからちょっと様子が変わってきた。

 夏にみんなで海旅行の計画を立てたら前日に突然発生した台風の直撃をくらい、冬に房総にイチゴ狩りに行けば降水確率0%でドカ雪に見舞われた。

 それ以降『嵐を呼ぶ女』だとか『雪女』だとか呼ばれている。

 この『降水確率0%』なのに雨雪を降らせる女、というレッテルの威力は凄まじく、以来、テレビで雨不足が話題に上がる度に、友人知人からこぞってメールが届く。

「ダムに行け!」

 おいこら、不謹慎だろ。

 


 結婚したのは花も恥じらう二十二歳。そしてまさかの『呑む・打つ・買う』三拍子揃った嘘つき亭主と十五年後に離婚。

 借金大王に養育費を払える甲斐性もなく、仕方がないので養育費代わりに当時住んでいたヤツ名義の家に末子が二十歳になるまで住まわせろ、それくらいしろ、と約束。

 それからしばらくして、家庭裁判所からローンと固定資産税の未払いでこの家を差し押さえたと通知が届いた。


「……は?」


 それから更にひと月ほどして、競売で買い取ったという不動産会社がやって来て「一ヶ月以内に退去して下さい」と。


「……はあ??」


 一ヶ月経過したら荷物出しますよ~。差し押さえテープ貼りますよ~。

 おっ、そうだ! 私には公正証書がある!


「はぁ、確かにそうなんですけど、無いところからはとれませんねぇ」

 なにそれ? 何のために高い金払って作成したの?


 嘘つきクズ野郎に最後の電話を掛け、「死ねっ!!」と言ったあとで携帯を解約した。 



 その後、ストレスや寝不足が原因のメニエール病になり、時々強烈な目眩を起こして救急搬送をされる発作を起こすようになった。

 薬が手放せなくなり気圧の変化にも注意が必要になった。台風シーズンやゲリラ豪雨は、天気図よりも早く気圧の異変を感じ取れるようになり、付いたあだ名は『カエルちゃん』

 雪女よりはいいけど。


 

 あ、そうそう、私は人の顔が覚えられない。

 派遣で大手企業で働き始めたときのこと、自分の配属された部署の部長に、初めましての挨拶を三回した。

 一度目は出勤時に部長のデスクの前で。 これは普通。

 二度目はお昼に社員食堂でたまたま同じテーブルに着いて。 あ、ですよね。

 三度目はエレベーターの前で。待っていたエレベーターが開き、ちょうど部長が降りてきた。「お疲れ様」と声を掛けられて「○○部の●●です、宜しくお願いします」……と。


さすがに三度目は部長、「うん、知ってる。身内だからね」

 ……どうもすみません。

 


 そして最近。


 ひと月前から右肘が痛くて、満タンのマグカップを口元まで持って行けない。

 加えて、昨夜から左膝が痛くて階段がつらい。



 さて――。

  

 『ここに消しゴムがあります。

  これはただの消しゴムではなく、魔法の消しゴムです。

  人や物以外なら、どんな過去でもどんな不調でもひとつだけ消すことが出来ます。

  さあ、どうぞ  』

 

 と、手渡されたとして――



「あ、じゃ、顔のシミ消そう♪」

 と迷わずに思う私はたぶん、今、幸せなのかも知れない。


ま、こんなモンだよね。

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