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猫探し 1

 ペット探しや浮気調査、身元調査などを中心に仕事をしていた探偵事務所や興信所よりも、新設の探偵会社こそが世間が想い浮かべる探偵像に塗りかわって数年。

 探偵は今や警察に並ぶほどの信用を市民から得ていた。

 現在の状況を作るきっかけになった阿田川探偵社。

 従業員を多くかかえている柳井津探偵事務所。

 二社を筆頭に世間から認知された探偵会社は、現在では中規模から個人での営業までと乱立している。

 それだけ需要、ないしは流行がそこにあったということだが、母数が増えることによって探偵崩れの輩も急増した。当然問題も頻発する。そこで責任をとるようにして阿田川探偵社主導で探偵協同組合が誕生した。

 組合では雨後の筍のように増えた探偵社の精査、資格試験の取りまとめなどを行うようになった。

 明確にルールが完成し、探偵業には新しく組合独自の資格が必須になった。

 それでもまだ探偵会社が浸透していない地域であれば隠れてやっていくことも可能なようだが、都市部ではバレれば即、無認可探偵として組合に通報される。

 以前まで存在していた探偵事務所のほぼ全ては、興信所に名称を変えた。

 今や、組合の探偵資格を有している者だけが、探偵を名乗れるのだ。

高人(たかと)さんお願いだから帰ってきてください。僕一人じゃ無理です、いつか絶対つかまります」

『誠くんも懲りないねえ、何度言われたって嫌だよ。俺、今の生活が気に入ってるもん』

「あなたの姪でしょ!」

『成人してる姪っこの面倒を見る義務が俺にあると思う?』

 必死な訴えが、飄々とした口調で煙にまかれる。

 この掴みどころのなさが真実血縁関係があるのだと教えてくれる電話相手は、ミソラの叔父、薬師寺高人だ。

「ありますよ。ミソラさんに好き勝手動けるだけのノウハウ教えたの高人さんでしょう」

『いやー、優秀な生徒だったね。なんてったって教えてないのに覚えちゃったからね』

「未成年を事件現場に連れまわすのがそもそも問題ですからね」

『仕方ないじゃんミソラがどうしてもついてきちゃってたんだから、尾行の才能があるんだよな』

 事件に並々ならぬ興味があるミソラは、中学生の頃から探偵会社に勤めていた高人にくっついて回っていたらしい。

『俺がいなくたってミソラはああなってたよ、だから諦めなさい』

「ああもうならせめて組合員バッジの回収だけでもしてくださいよ。ややこしいことになるんですよ、あれがあるだけで」

 長田工務店での一件もそうだ。

 名乗る前に鹿野が二人を探偵だと判断したのは、ミソラがひっそりとブラウスの襟元に探偵協同組合が発行している組合員バッジをつけていたせいだった。

『自分があげたものを返せと言えって? 絶対嫌だね』

 鼻で笑って高人が言う。彼の整った顔が意地悪く歪むのが想像できた。

 一人につき一つしか発行されない組合員バッジは、本来であれば譲渡不可だし紛失も厳禁のはずだ。だが、もうすっぱりと探偵職を辞めた高人は、いらないからとミソラにバッジを譲ってしまったのだ。

「譲渡するのって組合のルール違反なんですよね?」

『もう一切関わることもないんだから違反も何もないでしょ』

 高人にとってはそうかもしれないが、誠にとってはこれから先も渦中の問題だ。

 本音を言えば探偵になるつもりはないのだが、ここのところそうも言えなくなってきた。

 就活が上手くいっていないのだ。

 手を抜くことなく毎回真面目に取り組んでいるのだが、大学四年生になったというのに一社の内定もでていない。

 じわじわと他の道が潰されていっている気配をひしひしと感じる毎日。

 もしも全て惨敗して探偵になるしかなくなるのなら、無認可として一度でも通報されていると資格試験を受けさせてもらえないので困るのだ。しかも無認可なのに組合員バッジを所持し事件に関わっていては、詐欺罪になる可能性だってある。

 誠とミソラが事件に関わる際は、長田工務店の時のように突発的なものか、もしくは友人からの頼みごとがほとんどのため金銭のやり取りはない。

 もしもの時はそれだけを最後の砦にして逃げ切る気でいるが、しゃしゃり出てしまった一般人です。では、どうともならない事態に陥る日はいつかきっと来るだろう。

 回避するためには、高人の存在が必須なのだ。それなのに何度訴えても聞いてくれやしない。ミソラとそっくりだ。

「僕が就職浪人したら責任取ってもらいますよ」

『誠くんの就職先が決まらないのは誠くんの責任だろう』

「就活にも支障が出てるんですよ、遅刻したことだってあります」

『それはご愁傷様。でも多分ちゃんと時間に間に合っていてもどうせ今後のご活躍を祈られるだけだっただろうから遅刻は結果に関係ないと思うよ』

 絶句してしまう。受けるだけ無駄だという直球を投げられた。それが年上のすることだろうか。

『さっさと観念して君はミソラのための探偵になるべきだよ』

「僕はまっとうな仕事がしたいんです」

『今の時代、探偵だってまともな仕事だよ』

 小学生がなりたい職業ランキングの十位以内に探偵もランクインしていることを考えれば、確かに大衆から認めら憧れられる仕事ではある。だが、誠が求めているのとは真逆の仕事なのだ。

「平凡に生きたいんです僕は。事件に関わることなく、感情に波風立てることなく、人の悪意をなるべく見ずに生きたいんです」

 探偵なんて仕事に就いてしまったら最後、誰かの人生がジェットコースターのように乱高下する様を見続ける羽目になってしまう。

「穏やかに……生きたい……」

 絞り出すように言うとスピーカーから爆笑する声が聞こえた。

『無理だよ無理無理無理無理。いや、いまだにそんなこと言えるんだ、本当に凄いよね君は、逆にガッツがある。そうだよね、大事だよね、諦めない心ってやつ』

「馬鹿にしてます?」

『心から褒めてるよ。凄いね君は、相変わらず矛盾してる』

「はい?」

「まだ高人兄さんと電話してるんですか? 仲が良いですねえ」

 進展のないやり取りにふわふわした声が混ざった。

 キッチンにいるミソラはこちらに視線を向けることもなく、鍋をかきまぜている。

 作ったカレーが残ってるというので今日はミソラの家でご相伴にあずかることになったのだ。声をかけてきたということはそろそろ切り上げろということだろう。

 高人と同居していたマンションに今もそのまま住んでいるため彼女の家は広い。

 3LDKに一人暮らし。しかも家賃なしという普通の大学生からすれば羨ましい生活だ。

 リビングとダイニングキッチンはひと続きになっていて、開放感のあるつくりをしている。誠が座っている深みのあるブラウンのソファも余裕で大人が三人座われる大きさだ。

「仲は良くないよ」

 換気扇の音に消されないように声を張り上げて言うと、わざわざスマートフォンのマイクを手で押さえたのに高人がまた茶化してきた。

『誠くんは素直じゃないねえ、こんなに仲良しなのに』

「誤解がうまれるから止めてください」

 不毛な会話をしているとミソラがリビングにやって来た。通話をハンズフリーに変え、スマートフォンをテーブルの上に置く。

「高人兄さんお久しぶりです、最近どうですか?」

 年の近い叔父と姪である二人は、仲が良いわりにあまり連絡を取り合っていない。

『久しぶり、ミソラ。とても穏やかで平和な毎日を送っているよ』

 それは先程穏やかに生きたいと言った誠に対する嫌味だろうか。

「そろそろ退屈になったりしませんか?」

『しないねえ。やっぱり俺は働くのが嫌いだったようだ、今の生活が一番充実してるよ』

 一昨年、遺産にまつわる問題を解決した高人は、億の資産を手に入れると仕事を辞め南国に移り住んだ。

 冗談だと思って話を聞いていたので、本当に引っ越していった時は驚いた。

 世の中誰しもコツコツ生活をしているというのに、こんなショートカット人生があってたまるかと思ったものだが、高人はのほほんと「宝くじが当たる人だっているんだから大富豪から遺産を貰える人だっているでしょうよ」と言っていた。

 一緒にしてはいけないと思う。

『ミソラは? 困ったことがあればちゃんと言うんだよ』

「はい。今のところ問題はありませんが、何かあれば連絡します」

 生物学の研究者であるミソラの親が仕事で海外に行った中学三年生の頃から、高人は彼女の保護者だった。

 同居を開始した頃、まだ高人は新卒で探偵会社に勤め始めたばかりだったそうだ。

『それじゃあ誠くん、今後ともミソラをよろしくね』

「あ、はい」

 反射で返事をしてしまった。訴えが全部聞き流されているのを自分で肯定したようでもやっとする。

 疲労だけが残った通話を終えるとミソラが再びキッチンに向かったので、追いかけて微々たる手伝いをする。

 あとはもうご飯をよそってカレーをかけるだけだったので、迷うこともなく右の戸棚を開けカレー皿を取り出した。

 まだ高人がいた頃から夕飯を共にすることは多々あったので、慣れたものだ。

「現実の事件に首をつっこむくらいならミステリ小説でも読めばいいんだよ」

 食べ始めたカレーは美味しかったが、高人の仕打ちによるもやもやが消化できなかったせいで食事中だというのについ愚痴が飛び出た。

「私は小説が好きですから、ミステリ小説も読みますよ。でも特別ミステリが好きなわけじゃありません。私にとってはミステリも恋愛ものもファンタジーも歴史小説も面白さとしては同じです」

「事件が起きないのに?」

 彼女は本当に事件が好きだ。きっと小説よりも事件が好きだ。しかもどんな嗅覚をそなえているのか事件を察知する能力が異常に高い。

「マコトくんは本当に何も分かっていませんね」

「いやだってミソラさん事件が好きじゃん。ミステリ小説って現実の事件よりも面白くて解き甲斐のある謎が書かれてるんじゃないの?」

 現実には伏線もないし、整合性もない。何もかもが破綻していたり、肩すかしとしか思えない事件とも呼べないようなものだってあるだろう。

「推理をしたくてミステリを読む人はどれくらいいるんでしょうね」

「あれって謎解きが好きだから読んでるじゃないの?」

「そういう人もいるでしょうけど、今は考えないでも楽しめるコンテンツが人気の時代ですよ?」

 言われてしまえばそうかもしれないと思うが、そもそも手軽さを重視する人間なら小説を読まないような気もする。

 動画を流すのとは違って、文章は読もうとしなければ先に進まない。が、その話をしたところで論点からずれていくだけなので一先ず置いておこう。

「自分では想像もできないトリックにびっくりしたいとか?」

「驚きたいだけならお化け屋敷にでも行けばいいんですよ」

 ふわふわした雰囲気のままばっさり切り捨てる発言に、出会った当初は驚くこともあったが今はもう慣れた。

「なら、どうしてミステリを読むの?」

「一部の愛好家以外は、非日常の空気を味わうために読むんじゃないでしょうか」

 口に運んでいたカレーを飲み下し水で喉を潤すと、ミソラは食事の手を完全に止めて話し出す。

「人という生き物はとてもブラックボックスなのに、何故か日常は平坦です。だから刺激が欲しい。けれど現実の事件を生活の刺激として楽しむのは倫理観が邪魔をする」

 会話の内容とはそぐわない柔らかな笑みを浮かべて彼女は言う。

「小説ならどれだけ残虐な事件が書かれていても所詮フィクションです。それを楽しむことは誰にも咎められない」

「まるで本当はみんな事件を楽しみたいように聞こえるね」

 否定せずにミソラは話を続けた。

「事件には強い感情が伴います。時には底なしの人間関係も。ねえ、マコトくん。人は日常では得られない感情にエンターテイメントを見出していると思いませんか?」

「……どうだろうね。考えても僕には分からないよ」

 報道に対する反応をネットで眺めれば、現実すら消費されていると思うことは多々ある。だが、現実の事件をエンターテイメントのように扱う人間の気持ちは誠には理解し難い。

「実体のない誰かの話はもういいよ。ミソラさん自身はどうなの」

「私は小説よりも事件が好きです」

「倫理観は?」

「勿論ありますよ。人の死を喜ぶ趣味はありません」

「今の話の流れだとそうは聞こえないけどね」

 誠には彼女が何を考えているのか分からないことの方が多い。けれどある程度のモラルはあるし、悪人ではないことは知っている。

「エンターテイメントとして消費していないなら、ミソラさんにとっての事件って何?」

「食事、もしくは授業のようなものですかね」

 そう言ってミソラは食事を再開したため、それ以上の追及はできなかった。

 話を蒸し返すこともなく、食事を終え二人分の皿洗いをすると誠はとっとと帰宅した。

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