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不法侵入 2

 外は湿度が高くぬるいけれど風だけが冷たいという、ややこしい気候だった。

 ここ数日はずっと雨が降っていたが、今日はただ曇り空が広がっている。

 目立つ二人と歩いていると人とすれ違うたびに視線を感じる。

 どんなお願いをされるのかと身構えていたが、蓋を開けてみれば三丁目の廃ビルまでの案内を頼まれただけだった。

 場所はとても分かりやすいから地図だけでたどり着けるはずだし、案内するにしたって昨日今日会ったばかりの誠である必要はないのではと思ったが、どことなく逆らわない方がいい気がして大人しく二人を連れて廃ビルへと向かう。

「僕みたいな素人を連れていくのは問題になるんじゃないですか?」

「なんで?」

「見ちゃいけないものを見てしまうかもしれないじゃないですか。僕がとても軽率な人間で、ほいほい見たものをネットに書き込んでしまったらどうするんですか?」

 プロのくせに色々とゆるい。警察だったら絶対あり得ないだろう。民間企業だからいいのだろうか。いや、高人は自分は事件専門で担当していると言っていたからやはり駄目な気がする。

「それをわざわざ口にする子はそんな真似しないと思うけどなあ。ねえ、ミソラ」

「そうですねえ。あれー、これやばいんじゃないかなあと思いつつも押しに負けるところは危機管理能力が足りない気がしますけど、こうやってちゃんと案内しようとしているところからして根が真面目というか、妙に面倒見がよさそうというか、貧乏くじをひいても我慢しちゃうタイプっぽいですよね」

 心中をそこまで察していながらどうして解放してくれないんだ。高人もそうだがミソラもなかなかに底がみえない。

「あれ、真中じゃん」

 読めない二人から繰り出される質問にぽつぽつ答えながら歩いていると、居酒屋の前に漫然とどまっている集団がいた。

 十数人でわいわい騒ぐ中に見覚えのある顔がちらほらいて、その内の一人が気づかないふりをしたまま通り過ぎようとした誠に声をかけてくる。

「こんばんは。先輩たちは……飲み会の帰りですか?」

 よく見かける飲み会終わりの学生のだらだらした空間だ。誰かが先導して動かない限りなんとなくその場にとどまり続け、今がなんの時間なのか全員がよく分からないままぼんやりとそこにいる。

「そうだよ、てかお前にも連絡しただろ」

「すみません。バイト中で気づきませんでした」

 本当は気づいていたがこんなことを馬鹿正直に言っても仕方がない。

 週に何回も行われる飲み会に毎回参加するお金は自分にはないし、誠は飲み会という場があまり好きではない。適度に参加して角が立たないレベルで適度に断るくらいがちょうどいい。

「うわ真中お前なに? 彼女? めっちゃ可愛いじゃん」

「細川が好きそー、あいつ今日いないんだよな」

「真中この前彼女いないって言ってなかったっけ?」

 わらわらとミソラに気づいた知り合いが寄ってくる。面倒なことになった。こちらのことなど気にせずにさっさと二次会にでもいってほしい。

「彼女じゃないですよ」

 紹介しろという集団での無言の圧力に誠は屈した。

「大学のフットサルサークルの先輩たちです」

 渋々ミソラに伝えると、彼女はここ二日間で見慣れてきた笑顔で、ぶしつけにじろじろ見てくる男たちに向かって自己紹介をした。

「真中くんの友人の薬師寺です。お会いしたことはないようですが、皆さんと同じ大学ですよ」

 知らない間に誠とミソラは友人になっていたらしい。初耳だ。

「真中くんフットサルやるんですね」

「あ、うん」

 フットサルをしている時間よりも飲んでいる時間の方が圧倒的に長いサークルだが、たまにちゃんとフットサルもやっている。とはいえ誠はフットサルが好きだったわけでもない。色々あってサークルに入ることになっただけだった。

「どうです薬師寺さんもサークル入りませんか? 女子も結構いるんですよ。フットサル初心者でも大歓迎です」

 最初に声をかけてきた男が無遠慮にミソラとの距離をつめる。すると、すっと高人が二人の間に立ちはだかった。

 高身長の美形に見下ろされて酔いがさめたのか、顔の赤みがひいた男は二歩後ろにさがった。こちらに興味を持たずにてんでばらばらに会話していたはずの他の人たちも、心なしか先程より静かになっている。

「ごめんなさい。これからちょっと用事があるんです、また時間がある時にでもお話を聞かせていただきますね」

 高人の背中からひょいと顔をのぞかせてミソラは言った。

 自分から聞きにいくことはないんだろうなというのがその発言からなんとなく伝わる。昨日会ったばかりで付き合いが長いわけでもないのに、少ないやり取りでも彼女の笑顔にだまされてはいけないという確証があった。

 二次会に向かうという彼らに見送られてまだ騒がしい飲み屋街を歩いていく。

 大学がある北口と違って南口側は飲み屋などの飲食店が多い。もう二十一時過ぎだというのに店の看板の明かりで夜道はぴかぴか照らされている。

 都会の夜は短い。空だって夜でもいつもどこか薄明るく、黒というより紫がかってみえる。だが人工の明かりと明かりの隙間にとっぷりと沈み込む暗がりがあった。そこがミソラと高人が目的とする廃ビルだ。

 入口には立入禁止を示すテープがはられている。

「じゃあ、僕はこれで」

 目的地までは送りとどけた。お役御免だと駅の方向に足を向けると、高人から制止の声がかかった。

「真中くんも入りなよ」

 いい加減にしてくれと目で訴えかけても二人とも取りあってくれる様子はない。

 観念して誠は連行されるように廃ビルに足を踏み入れた。

「もうここまで来たから聞きますけど一体何を調べてるんですか」

 高人とミソラが持つ懐中電灯の明かりで照らされた廃ビル内は、なかなかの無法地帯だった。割れたガラスの破片を靴底で壁際に寄せながら歩く。

「ちょっとした忘れ物がないかの確認だよ」

「忘れ物?」

「一昨日はどうやら慌てて逃げ出したようだからね、忘れ物や落し物の一つや二つあるんじゃないかと思ってこうやって探しに来たんだ」

 廃ビルにしのびこんで遊んでいた大学生がいたとかいないとかというやつか。パトカーが来ていたのに警察ではなく探偵が対応しているとは本当に変な話だ。

 まあ確かによくよく考えてみれば肝だめしをする馬鹿は一人や二人程度ではないのだ。それをいちいちまともに追いかけている時間は警察にはないだろう。

「でも、不法侵入にしたってわざわざ探偵が調べるようなことなんですか?」

 けれどそれは探偵も同じはずだ。しかしそこは民間企業、依頼さえあれば対応するということなのだろうか。

「廃ビルにしのびこむ程度なら放っておくけどね、どうやらその子たちのなかには悪い遊びをしている子もいたようなんだ。せっかくだし事前に調べておくことにしたんだよ」

「悪い遊びってなんですか」

「調子にのったせいで未来を棒にふるような類の遊びだよ」

 飄々とした調子で言うと、高人はビルの階段をのぼっていった。

 五階建てのビルを懐中電灯を頼りに一時間ほど探しまわったが、めぼしいものは見つからなかった。

 徒労におわったわけだが、ミソラも高人も無駄足だったことを気にするそぶりはない。

「思ったより探偵って地道なんですね」

 彼女たちの様子から調査が空振りにおわるのはままあることなのだと気づき、駅に向かう道すがら労いの声をかけた。

 前を歩くよく似たふわふわな髪をなびかせて二人が同時に振り返り、歩調を合わせてくる。

 自分を真ん中に三人並ぶ形になったが、火曜日の深夜近くは人通りが少ないため誰の迷惑にもならない。

「俺は職業探偵だからね。地道な調査こそ大事な仕事だよ」

 左側から投げられた単語には聞き覚えがなかった。業界用語だろうか。

「ああ、これは俺の感覚で使ってる造語」

 疑問に気づいた高人はすぐに説明を口にする。

「探偵会社に勤めていたって、誰もがミステリ小説に出てくる探偵のように見事な推理ができるわけじゃない。昔から人が憧れてきた探偵っていう生き物はね、資格があるかどうかなんて関係ない。努力で何十件の事件を解決したって無関係だ。全ての倫理や道徳を捨てても惜しくないほどに事件が好きすぎる、おかしなやつだけが本物の探偵なんだよ。例えばミソラとかうちの社長とかがそうだね。それは多分天性のものなんだ。やる気のあるなしも関係ない。望むと望まざるとに関わらず、事件を追わずにはいられない異常者。何十人何百人探偵がいたとしても、そいつらだけが本物の探偵だ」

「薬師寺さんは違うんですか?」

「俺は、要領がいいだけの凡人だよ。事件に対する執着もない。面白そうだから探偵会社に就職してみただけの普通の人」

 依頼者からすれば異常者よりも地道に解決してくれる普通の人の方がいいような気もするが、当人たちには複雑な思いがあるようだ。

「えっとじゃあ、やくしじ……薬師寺ミソラさんは大学を卒業したら探偵になるの? ちょっと早すぎる気もするけど今やってるのはインターンってことですか?」

 両側から視線を向けられたのでフルネームで言い直すと呆れたような視線がとんできた。

「どっちも薬師寺でややこしくなるんだから、もう名前で呼べば?」

「いやそれはちょっと……」

 縁が結ばれてしまいそうでなんとなく嫌だ。返答を聞いた高人には肩をすくめられた。

「先に訂正しておきますけどインターンではないですよ。私は昔から趣味で高人兄さんの周りをうろちょろついて回っているだけです」

「いいんですかそれ?」

「社長が許可だしてるし、いいんじゃない?」

 本物の探偵だという異常な人ならありなのだろうか。

「社長はミソラをうちに勧誘してるしね」

「今のところお断りしてますけどね」

 日本人ばなれした色素の薄さと整った顔立ちをしているからかミステリアスな雰囲気ではあるが、誠の目からはミソラが高人が言うような異常者には見えない。むしろやはりそういった血なまぐさい出来事からは遠い存在に思えてしまう。

「だったら薬師寺、ミソラさんは一体何になるんですか?」

「さあ、何になるんでしょうね?」

 ぬるいのに冷たい風がミソラの肩甲骨まで伸びている髪をさらっていく。

 結局彼女は問いに答えることなく去っていった。

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