エンカウント
いよいよ、奴らと戦えるんだ……。そう考えると、古臭くて、時代劇みたいな言い方だけど、稲熊陽翔は武者震いがした。決して怯えてるわけじゃない。この日のために、そう、この時のために、彼は軍隊で、過酷な訓練を重ねてきたのだ。陽翔は十九歳だった。
大学に通っていたので本来なら学業に専念するところだが、遠い宇宙から突如現れたドカリア人の侵略で何億人もの地球人が虐殺され、絶滅の危機にさらされており、他の多くの若者同様自分から志願したのだ。
稲熊はバトル・ドール部隊の一員として、プラス・アーマーを着こんでいた。これは頭のてっぺんからつまさきまで覆った特種合金製のスーツである。何も知らない人間が外から見れば、SF映画に出てきそうなロボットに見えるだろう。
この特種合金は見かけよりも軽いが、強力に作られていた。常に中は快適な温度に調整され、灼熱の砂漠でも、極寒の極地でも、快適に戦えるようになっている。そもそも戦場に行くの自体快適と呼べるかはわからないけど。
今はシルバーに光っているが、戦場に応じてボディの色を光学迷彩で変化させ、その場に溶けこむのも可能であった。これから陽翔達が戦うドカリア人は二足歩行で移動するヒューマノイド・タイプの異星人だ。
が、その肌は地球人とは似ても似つかぬ、ぬめぬめとした青い鱗に覆われていた。西暦二一二〇年、突如かれらの乗りこんだ何百隻もの宇宙船は地球の上空にワープ・アウトし、人類に対し総攻撃をしかけてきたのだ。
この時代日本の国防軍は地球同盟軍と一体化しており、やはり地球同盟軍と一体化したアメリカ軍と連携して侵略者の撃退に成功したが、現在ドカリア人は地球上のいくつかの地域を支配しており、陽翔達はそのうちの一つに送りこまれる予定だった。機密上の理由から、具体的にどの場所かは知らされていない。
ドカリア人には生来の変身能力があり、地球人そっくりに化けられる。男でも、女でも、日本人でも、外国人でも。日本軍を含めた地球軍の兵士や民間人の中に、奴らのスパイがいないとは断言できぬ。常に周囲に目を光らせてなければならない。
危険なのはドカリア人だけではない。地球人にも危険分子が存在する。戦争に反対し『異星人と和平を』等と寝言をほざく売星奴だ。
(かれらを許してはならない。一人残らず殲滅するのが、おれ達の義務なんだ)
稲熊達は今、日本から飛ぼうとしているバトル・ドール部隊の輸送機の中にいた。これからこの輸送機は、遥か中東まで飛んでゆくのだ。目的地まで十五時間。長い旅になりそうだ。
バトル・ドールは五人編成で班を組んでいる。地球同盟軍J十三分隊内のバトル・ドール班だった。班長の下に、陽翔の相棒が、三名いる。一人はまるで冷凍庫で保存したロボットのようにクールな男。細身の体に無駄な贅肉は微塵もない。北中新だ。
もう一人は女だった。笛木紬。体こそ筋肉質だが、周囲の目を根こそぎ奪うような美人である。多分狙ってる奴は大勢いるだろう。陽翔もその一人である。彼女が軍人という職業を選んだのは愛国的で好ましいが、これだけ容姿が華やかなら、モデルか芸能人になっても良かったのにとも思う。
ただし彼女とは兵隊仲間とカラオケに行ったが致命的な音痴だから、歌手だけは無理だろう。どんな人間にも、欠点はあるもんだ。兵士は他にもう一人いたが脱走したため現在一時的に四人編成になっている。その脱走者は捕まって強制収容所に連行された。
二度とシャバに出ないだろう。全部で四人のバトル・ドール班を束ねるのが班長の津嘉山壮太伍長である。時に厳しく、時に優しい愛星者の鏡のような人物だ。他の三人は全員二等兵だった。卓越した運動神経と反射神経のある者が兵士の中から厳選されて、プラス・アーマーを身に着ける栄誉を受ける。
「地球のためなんかじゃない。おれは、自分のために戦う」まだ日本で訓練を受けている時、思わず耳を疑うような台詞を北中がつぶやいた。誰か他に聞いてる者がいたら大変だ。野外での訓練中で、周囲には、稲熊と北中以外の姿はない。どんな言葉が反星行為と疑われて、強制収容所行きになるのかわからないのだ。「おれは二等兵なんかじゃ、終わらない。戦場で出世するために青ん坊達をぶち殺す」
青ん坊とは、ドカリア人をさす俗語だ。ぬめぬめとした青い肌、額にある三番目の目、見るからに不気味な侵略者共。
「確かにお前さんだったら、将軍になるのも夢じゃねえかもな」北中は運動神経が抜群なのはもちろん知性やカリスマ性もあり、将軍は無理にしても、士官ぐらいまでは出世できそうな人物だった。「そして将軍閣下の夫人は、紬ちゃんかい」稲熊は、まぜっかえした。
「そうだといいけどな」
どんな反応をするかと思ったが、予想を超えてマジレスだ。
(こいつには、何で勝負しても勝てそうにない。でも、おれは、紬が好きなんだ)
稲熊の胸の奥で、情熱の炎が燃えていた。
*
稲熊達を乗せた輸送機はやがて、はるばる中東にまで辿りついた。輸送機は、砂漠の真ん中にぽっかり浮かぶ空軍基地内の飛行場に着陸する。飛行場では現地で戦うアラブ人達の歓待を受けた。
かれらはアラビア語で話しているが、脳に埋めこまれたナノメディアが、日本語に翻訳する。現地に到着したのは昼で、その夜は、基地の近くの仮設テントで一泊した。日本の部隊だけでなく、アメリカ軍も一緒である。ナノメディアは、英語も翻訳可能であった。他に中国やドイツ、フランス、スペイン等、話す人口が多い言語を翻訳できる。
いよいよ明日は、この国の西半分を占領しているドカリア軍に攻撃をかける作戦に参加する。そう思うと、遠足の前日の子供みたいに眠れなかった。それでもやがて眠りに落ちたが、睡眠は、すぐ破られる。けたたましいサイレンで。
「敵襲! これは演習ではない。全員直ちに戦闘配置につけ。ドカリア軍が急速接近中」
基地内で流れる非常放送を聴き終えるまでもなく、稲熊はプラス・ベルトを装着した。ベルトについたボタンを押すと、灰色のナノマシンが瞬時に全身を覆い、次の瞬間一体化して、プラス・アーマーになっていた。そして彼は、弾丸のようなスピードで、部屋を飛びだす。
どこかから、爆発音が聞こえてきた。宿舎の外は夜だったが、頭部にかぶったヘルメットには暗視ゴーグルが搭載されており、昼間と同じように見るのが可能だ。仮に爆発の閃光を見つめても、自動で光を調節してくれるので、目がくらむ事はない。
脳に埋めこんだナノメディアには、ひっきりなしに現在の情報が流れてくる。ドローン部隊は、北西と南西から、はさみうちするように上空から現れた。陸上からも、搭載されたAIで動く無人戦車隊が爆走して、基地に向かって接近中だ。
稲熊達バトル・ドールの隊員は、自分達が日本から乗ってきた輸送機に乗りこんだ。稲熊は、軍から支給された錠剤を、口の中に放りこんだ。これを飲むと、戦を前にたかぶった意識が穏やかになり、クールに考えたり、動く事ができるのだ。
やがて輸送機は上昇し、迫りくる敵の大群に機首を向けた。戦車部隊が目前に来ると、パラシュートをしょったバトル・ドールの地上への降下が始まる。射程距離に入った時点で、稲熊達は、レーザーライフルの引き金を引いた。
地上からも、敵の対空ミサイルや、対空ビーム砲から放たれたレーザーが次々と豪雨のように飛んできて、一人、また一人と、仲間達が殺されてゆく。薬で精神状態をコントロールしてなければ、失禁していたかもしれない。
地上は地上で地獄絵図が、展開していた。次々に無人戦車が爆発し、炎と煙で砂漠の視界が悪くなる。赤外線ゴーグルがついてるから地上の様子がわかるものの、そうでなければ、大地に下りたら何が何だかわからぬだろう。やがて猪熊は砂地の上に足を下ろした。
パラシュートを外し、ついに戦車と対峙する。対峙と言っても、ヘルメット内の眼前に表示される敵の部隊は、点ぐらいの大きさしかない。このドットの集団に向かって、レーザーライフルを撃ちまくるのだ。
稲熊は、津嘉山伍長も、北中も、紬も無事なのを、識別信号で認識していた。殺されたら、信号は消えてしまうのだ。稲熊は腹ばいになると、背中にしょっていた盾で顔を防護しながら、敵に向かってレーザーライフルを撃ち続けた。向こうからも無数のビームとミサイルと砲弾が、雲霞のように襲ってくる。
空は空で、味方のジェット機と、敵機の間で戦闘が繰り広げられている。やがて味方の戦車部隊が後方から現れて、敵に向かって砲弾を撃ちはじめた。視界に映る『点』のいくつかが消滅する。
稲熊達バトル・ドール部隊は戦車の後方に隠れながら、時折陰から敵に向かってレーザーを浴びせる戦術にシフトした。無人戦車が撃ちあって、味方のタンクも次々に爆発してゆく。稲熊の眼前にあった戦車が突然爆発した。敵の攻撃を受けたのだ。直径二メートルはあるでかい破片を前方からもろに受け、稲熊は気を失った。
*
稲熊は、長い長い夢の中に没入していたようである。やがて、頭に割れるような痛みを覚えた。目が覚めると、彼はベッドに横たわっていた。起きあがろうとしたのだが、それが不可能だとわかる。
両腕と両脚を、革のバンドでしっかりと固定されていたからだ。そんな彼を、見おろしている人物がいた。ぬめぬめとした青い鱗に覆われた肌、ヘビに似た顔、尻の上から背後に伸びた長い尻尾……紛れもない、ドカリア人の姿である。おぞましいその姿に、身の毛もよだつ思いがした。
(自分は兵士なのだ。こんな奴らに弱みを見せてたまるものか)
侵略者に対する憎悪に熱く血潮をたぎらせながら、猪熊はそう考えた。
「殺すんなら、さっさと殺しやがれ。ドカリア人め」
猪熊は叫んだ。
「君はやはり、真実を知らないようだな」
ドカリア人は、落ち着いた声で回答した。
「どういうこったよ」
「私はドカリア人ではない。ドカリア人という宇宙人は、存在しない。全ては君の脳に埋めこまれたナノメディアが作り出す幻覚だ。試しに今、君の脳内のナノメディアの、幻覚を生成する部分だけを無力化しよう」
頭の中で電球が割れるような感触がした。さっきまで青い肌だったはずのドカリア人が、普通のアラブ人に変わっていたのだ。
「貴様、おれを騙す気だな」
「騙すなら最初から、この格好で現れるさ。君達がドカリア人だと信じてるのは、我々アラブ解放戦線のゲリラの事だ。おれはその一員だ。アラブ世界は石油をめぐって紛争が絶えず、民主化もなかなか進まない。その状況を変えようと我々は、地球同盟軍が支援する独裁政権と戦っているのだ。が、石油利権を独占しようと画策している地球同盟政府が自国民を洗脳し、まるで我々が異星人であるかのように思考をコントロールしているのだ」
「そんなの、いきなり言われても信用できない」
「その通りだ。無理もない。我々は、君を生きたまま帰すつもりだ。そうやって真実を知る者が一人でも増えて、地球同盟の行いに、疑問を感じてほしいのだ」
いつのまにか両腕と両脚を縛っていた革のバンドは外されていた。稲熊は解放されたのだ。そして基地へ徒歩で戻るまでに必要な水と食料を渡された。三日かけて、ようやく基地にたどりついた。稲熊は実際に起こった事を、そのまま津嘉山に説明する。
「よくわかった」津嘉山が答えた。「宇宙人の奴ら、巧妙な真似をしやがる。そうやって、我々を洗脳してゆく気なんだろう。ともかく君はしばらく検査入院したまえ」
稲熊はバグダッドにある大きな病院に運ばれた。そしてベッドに寝かされて、麻酔を打たれ、眠りに入った。
*
「彼は、敵の捕虜になったんだ」津嘉山はアラブ人の医師に話した。彼の日本語は翻訳機で自動的にアラビア語に変換される。「そこで奴らは自分たちが宇宙人じゃないと真相を暴露したんだ。よっていつも通り捕虜になって以降の記憶を消してほしい」
「わかりました」
アラブ人の医師がうなずいた。事実が公になってしまうのは、地球同盟軍としては困るのだ。敵が同じ地球人ではなく、青い肌の異星人と信じてもらわねば。