鋼鉄の竜
二年後、コンバームト国。
コンバームト国は、産業が輸出であり、金、銀、奴隷を主たる交易品とした巨大な国であった。68の種族と500あまりの部族からなる人々は古くから土地や川をめぐって生臭い争いをくりかえしていたが、その数を半数にまで減らしたのには明確な理由があった。
奴隷を買い付ける国が他国への奴隷の流出を警戒し、国境を越えての奴隷の往来に税金をかけたのだった。部族間での交流があった原住民は、その重い税に耐えかね、奴隷輸送用の大型ガレー船を襲撃。すべての奴隷を自由にした。四隻のガレー船にのせられていたのは奴隷12000人。約半月分の労働力と末端価格40億円の資産を失った本国は、軍隊を差し向けた。
それが俺たちだった。
「艦長。いくらなんでも、戦艦6隻はやりすぎじゃないだろうか」
航海長は汗でぐっしょりとぬれた戦闘帽を脱いでおでこの汗をぬぐった。
「そうだな。いくらなんでもな」
奴隷達は船を所有しているがその多くは手こぎの小型船舶で魔法使いの運用もなく、遠距離武器と言えば弓矢と投げ遣槍位のものだった。
我々が乗る戦艦は奴隷貿易に使うガレー船を改造したもので、カシノキの太いものを切り出して竜骨とした山のように大きな船だった。魔法使いは一隻に12人乗船している。また、彼らは暇潰しに航海中海に浮かんでいる的に魔法を使っていたから能力も高かった。
一つ、心配をあげるならば天候だった。この時期、海は青く透き通るが空は急に冷たい風を吹き下ろして帆を揺らすことがある。風上に向かって進むこともできると歌われた戦艦であったが、実際のところ向かい風では停止しているのがやっとのものだった。
「霧だぞ!!」
見張りの声に乗員がドックを飛び出て手摺にしがみつく。あれほど晴れていたと言うのに確かに行く先には濃厚な煙霧がたなびいて、不気味な紫色の雲が空をおおっていた。
「取りかじ一杯!船を風下に向けよ!」
「とーりかーじ!」
木製の船体が悲鳴をあげギリギリと旋回し始めた。後続の艦もそれに続く。
嵐の前では船などひとたまりも無いのだった。生き延びたければ逃げる他はない。
その時、ドーンと音を立てて水柱が二番艦を包んだ。その真っ黒な水柱は戦艦を三隻は包み込むかといったほどの大きさで、近くでもろにそれを受けた二番艦は激流で揺れる木の葉のように右に左にと大きく揺れた。
あ!人が落ちた!
「艦を戻せ! 救出する!」
3番艦トロリヒィーと4番艦ナッツベルクのトモが見えた。海には化け物がいると聞く。おそらくそれの攻撃を受けた二番艦はまだ浮かんでいた。
しかしあわてふためいた乗員は艦を捨てて海に飛び込むものもいれば、帆を燃やし始めるものもいた。みんな一様に目を見開いて霧の方を見ているのだった。
おかしいな。変だなと思って救助のために近づくのとほぼ同時、背中を鞭で叩かれたような衝撃があった。
耳には鐘の音が響き、頭上からはバラバラと木片が降ってきた。
いったいどこから?
海を見ると不気味な黒い水が広がって、トロリヒィーの姿がなくなっていた。
「ナッツベルクの後ろに隠れているのか?」
誰もがそうだろうと予想した。だが待ってもその姿が影から出てくることはなく、代わりにナッツベルクの艦橋から避難挺が引き出され始めた。それは艦が沈むときに使う緊急用で作られてから一度も使ったことがなかったために、膨大な時間を要した。
ドーンと音がしてナッツベルクの船体が水に包まれた。
敵は先頭のものを狙っている。
気がついたときにはすでにこちらの戦意は削がれ、武器を持って立つものはいなかった。皆、つぎは自分の番だとわかっていたのだった。ドーンとけたたましい轟音を轟かせてナッツベルクは消えしまった。残ったのは真っ黒な乗員の血と粉々になって飛び散った船の欠片だけだ。
その行為を行った化け物は、悠々と霧の中から顔を除かせた。それは巨大な目を持った船である。こちらのなん十倍もあろうかという巨体と、背中に刺さった杭から真っ黒な煙を吐いてこちらに向かってくるのだった。みればその横腹には大量の針が刺さっており、不気味に蠢いている。