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悪だくみは自室の中で

 嫌なことがあったら集中して忘れる。子供のころからそう決めている。


 集中すると嫌なことを忘れて目の前のことだけできるからだ。よく薬物依存の患者は集中力が異常に高くなるというが、あれは存外嘘ではない。自分の中で分泌されるある種の薬物にもそれは当てはまり、子供のころから絵描きが趣味だった。


 かなり賞を取るなどの才覚を見せたが、そちらに進むことは無かった。なぜなら銃を作りたくなったので。前世だとそれができるのは銃の設計者だけだったからその道を志した。


 幸い、設計図というのは画家が描いた絵画によく似ている。計算によって導き出された最適解の美しさと機能美の両立。違うのは絵に描いた餅は薄っぺらだが図面にかいた餅は作れることだった。


 もしここに2DCADがあれば仕事の効率は10倍は跳ねあがるのだが、そのまえにパソコンを作らなくてはいけないし、そのもっと前に基盤と抵抗と、いくつかのICチップなどの設計がいる。いやその前に真空管だろうか。いやいや、それ以前に電気の発明から……。


 この通り世界はまだ暗い。

 夜の吐息に踊るような蝋燭の火では世界は暗いのだった。

 色々考える中もペンは進む。ああ、羽ペンは面倒だな。一々削らないといけないし、時々割れてインクが零れる。先にペンの設計をした方が後々いいのではないだろうか。いやしかし、古い時代のペン先はプラチナなどの硬度の高い鉱物を使うと聞いたぞ。この世界のどの技能者がそれができるだろうか。きびしいな。作れない設計図を書くとスパナが飛んでくるからな。いやそれも無いな。


 この世界六角ボルトが無いのでスパナが無いのだった。


 蒸気機関を作るときにこれを指示して困らせた。


 彼らには俺の書いたボルトが理解できなかったのだ。人類が発明した中で最も進歩的な技術とはこのネジの部分である。古くはワインを作るためのブドウを絞る機械で使われたそれは、木製の機械の一種だったと言われている。


 やっぱり雄ネジと雌ネジの規格表一覧とタップとダイスの製造からやってもらう方がいいな。タップはネジ穴を、ダイスはねじを切るのに使う工具で、ホームセンターに行けば一個数千円で買えるのだが、この世界ではそれも作らねばならないという始末なのだった。(一部ネジの様な物も使われているが実際には職人の手仕事で職人ごとに形が違う。つまり糞の役にも立たない)



 あーこれの図面一枚で巨万の富が築けるのだがな。価値を理解してもらえない。この国で馬車を構成する部品の中でびょうとリベットという物がある。前者は画鋲の大きい物、後者は鉄の棒を両側からハンマーでたたいて接合する技術であるが、どちらも一度打つと剥がすのが大変で基本的に分解ができないのだった。


 その点ネジは左に捻れば緩むという寸法でだれでも利用ができる。問題はインチとミリとがあることだが、ふざけんじゃねえ全部ミリに統一する。あーこういう所は自分で一から作ることの利点だな。


 マジで馬鹿みたいに集中してしまうので、気が付けば空は昼を通り越して夕方になっていた。


 指が痛い腰も痛い。仕事しすぎだ。


 仕事の邪魔をしないようにと考えたのか部屋の入り口には食べ物が置かれていてほろりとする。

 やさしいい。しみるうう。

 硬くなったパンを胃に押し込んだ後、トイレに行き、また図面に向き合う。

 ネジを理解できない人間にエンジンを理解させるのは全く骨が折れる事だった。

 幸い、この世界では風が強い日に魔法を使って砂鉄を解かして鋳造する技術はあるので鋳物のエンジンフレームは作ることができる。問題はどうやってコンマ数ミリの隙間も許されないピストンヘッドを作らせるかだった。ここが燃料の燃焼によって押し出されてコンロッドを回転させ、エンジンの回転を生み出すいわば心臓部で、ここの形状が性能に大きく依存するのだった。


 奴隷の手も借りたいとはこのことである。絵の上手い奴隷いはいない物かな。


「おりますよ」

「うおびっくりした。いたんだ」

「ええずっと」


 こわいんだよね。集中すると周りが見えなくなる。

 それとなく書いた図面を隠して、身なりを整える。

 割れた爪に黒いインクが染みた。


「その絵をかければいいのですね?」

「うーん。そうなんだけれど線一本かくのが大変なんだ」


 メイドさんは紙の上で線一本をピーっと引いた。


「はい」


 満面の笑みなので満面の笑みで俺もこたえるが、そういうことではない。設計は重量計算、応力集中、引っ張り強度、質量などを計算して初めて絵になるのだ。線を引くことはたやすい。本当はそれまでにかかる時間の方が何倍も、何千倍もかかるのだった。そういう意味だ。


 素人が作った道具が空を飛ぶと思うか。


 答えは飛ばない。良く異世界転生物で馬車にバネを仕込むやつがいるが動吸振器という考えを持っている作者があまりにも少ないことに俺は驚愕せざるを得ない。揺れが大きくなることがあることを彼らは知らないのだ。計算したことが無いから。


 まあでもその計算をできるやつがいるなら後は絵を描くだけだけれど……。


「天才だ!!!お前は天才だ!!!昇給だ!!!」

「は、はぁ」


 そうだ書いてもらえばいいんだ。どっちかって言うとあとはセンスだし。構造上問題ない範囲であれば好きに絵をかいてもらっても構わない。そうだ何で気が付かなかったのだろう!


 助手を雇えばいいんだ!!

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― 新着の感想 ―
[一言] さて……今回は何を生み出すのでしょうか。何もない世界で、新たに産声を上げるモノ。 異世界物、読む分にはいいのですが……モンスターがいなかったとしても、衛生面できっと死ぬと思うのです。
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