匂いチェック
人の姿が狼に変わる病気にかかっていると分かると、他人の目はどう変わるのか。
自宅に戻ったが、メイドさん達の姿がなかった。がらんどうの廊下はどこか巨大な生き物の腹の中めいていて不気味だ。
塵一つ落ちていない廊下の美しさが余計に不気味さを加速させる。仕事をやりきってこの家を離れたのだろう。血縁関係もなく、お金で繋がった関係であるから、簡単にやめたのだ。
そりゃ、狼と一緒に寝られる人間は少ない。探せば世界には狼に恋する人間もいるだろうが、それはごく少数に当たる。誰も、自分を食べるかもしれない生き物と一緒に生活できない。
悲しき現実である。俺は、人を食べるつもりはないのに酷すぎるではないか。見た目がね、怖いからね。
廊下に伸ばす足も重かった。一応子供の足のため軽いはずなのに鉛の靴を履いたように重い。
なんなら視線まで重くなって足元ばかり見つめて、惨めなものだった。
というか、人間の姿でいる意味ってあるのかな。
人の姿をやめて森でいきるのはどうだろうか。人の世界のように毎日ごはんを食べられるわけではない。死んだ体は鳥や猫や他の狼たちに食べられて森の一部となる。これは幸せなことだと思った。
妄想の外側からカツンと音がした。
その音を追って顔をあげると、壁一列に整列したメイドさんたちがいた。皆息を止めているらしく、顔を真っ赤にして震え、汗をかきまくっていた。
「おかえりなさい、ぼ、ぼっちゃん」
「はい。ぼぼっちゃんです」
手を握る。茹で玉子のような白く、柔らかい手から良い匂いがむわりとひろがる。匂いから味まで伝わってくる不思議だ。どうやら子供姿の俺でもあの状態の特徴を引きずるらしい。
胸に飛び込んでみた。
服の下にある柔らかい肉が俺を受け止める。
包まれると彼女を試そうとした自分が澄んでいくような感じがする。良い匂いだな~。