槍投げの名手
俺は肩から抜いた槍を担ぎ上げるようにして構えた。陸上競技で使うようなスポーツとしての槍ではなかった。槍の先端には返りのついた確かな武器で、深く刺さればイカのエンペラみたいな返しが引っ掛かり、なかなか抜けなくなるようになっていた。
俺はひゅーと口笛を吹く。しかし人の口とは形状から変わってしまった口では、それは掠れたそよ風の音のように漏れるだけだ。
槍投げの経験はない。そもそもどこでこんなものを練習できるのかも知らない。ふざけて投げ返してみようかな。そんな軽い気持ちで手に力を込めた。瞬間、手のなかで槍は砕けて一番固い部分を残して空中分解した。一番固かった鏃だけは空中で絞られた雑巾のように螺旋状に変形し、真っ直ぐ最初に投げて来た人物の方へと飛んでいく。
粗末な防具に当たり、木の樹皮をネジ切るように進み混んだ槍は、麻製の粗末な服を貫通し、胸骨を砕き、肺を破裂させ背中から出てきた。それでも勢いは収まらず、地面に埋没して止まる。
「まずい」
俺は脂汗を拭った。殺すつもりはなかった。狙ってすらいない一撃、それが100mは離れた位置にいる人間を殺すなど考えもしなかった。
ドサリと音をたてて倒れた人間をみた兵士らは、両手にもった槍や剣を捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
刺してしまった男に駆け寄ると、まだ息があり(肺がつぶれているため恐らく息が吸えずに無理矢理胸を上下させているに過ぎない)手を伸ばしてきたのでその手をとり立たせようと引っ張ると体は、4mほどの高さに持ち上がった。
手のなかに千切れて残った男の手を反射的に捨てると、視線に気がついた。
ほとんど乳の出た服を着せられた少女。シルクの袖からのぞく肌は美しかったが、人間に噛まれた跡があった。口からかおる甘い香りから、何かしらの薬物を投与されていることが疑われた。トロンとした目は俺のことを見ていたが、ニヤニヤと笑う表情からやはり、薬物を使われているのだろうと思った。
細い足で死にかけの犬のように歩く女。首には大きな鎖がジャラジャラと音をならす。
俺はその鎖を引きちぎって遠くに捨てた。
「帰るぞ」
「はい、ぼっちゃん」