攻撃
外に転がり出て、一歩踏み出そうと踏ん張ると地面がぐちゃぐちゃに砕けた。踏み固められたはずの固い地面がまるでサイコロのようにいくつもの四角い破片となってパラパラと散らばった。
力が強すぎる。
俺はまず、逃げる襲撃者の足を止めるために進行方向向かって左側から突き刺すような進路をとって眼前に躍り出た。もし相手が車に乗って逃げていればこんなにうまくはいかなかっただろう。だが敵は、まるで小学生が運動会のかけっこをしたときみたいに逃げ足が遅かった。
ドスンと衝撃があった。
大きな黒い肉体は軽々と人間を吹き飛ばし、4~5メートルほどもバウンドさせ、何度も何度も回転して襲撃者は足を止めた。とても難易度の高いコースでスノボーをしくじったみたいだった。その人は既に虫の息で口からは血と砕けた歯の欠片を吐いていた。
彼が助かったのは俺が進行を止めるために、ぶつかったというのが大きかった。殺そうとしたのではない。ちょっと体を当てただけだ。しかし、脆い手足はぐちゃぐちゃに曲がって、もはや魔法があったとしてもなおるかどうか怪しい状態だった。思い出したかのようにあちこちから吹き出た鮮血は、彼の命がもう長くないことを示していた。
「ああ、神よ。もう目が見えないのです。ここは地獄でしょうか」
彼は充血した目で俺の影を見ていた。
「悪いがな、それと大差ないところだ。まだ死んでいない」
俺の声は長年キツい酒とタバコを繰り返し接種した男のように掠れていた。
しかしその声は死にかけの男にとっては待ち望んだ声そのものだったようだ。男は続けた。
「ああ、良かった。神様は本当にいらしたのですね。私は、愛する妻を失い、化け物に命を狙われた身の上、どうか安らかなる場所へ連れていって」
ゴフリと口から血のか溜まりを吐いた。
気にくわないのだ。人の家に手榴弾を投げておいて天国に行けると思っているのかこいつは。
家の中には女子供ばかりだったんだぞ。
「お前は地獄にいくのだ。永遠に救われることはない」
「……お前あの化け物か! くたばれ糞いぬが!」
丸い頭を獣の足で踏んだ。
パキリと音がして雑音は止んだ。
困った。誰が主犯か聞いていない。
遠くで人間が槍をもって集まっているのが見えた。槍は銃がとって変わるまで最強の武器だった。この世界には珍しく、細く黒い切っ先はどうやら鉄でできているらしかった。一方で、胴体を守るのは厚さ10cmほどの木の板で、なんともみすぼらしい。着ている服は服の横を紐で縛り、スカートのように下に何も着ていないような粗末な格好だった。
「奴隷ですね」狼娘は鼻をひくつかせて俺腰に手を回した。体が反応してビクンと跳ねる。脇は弱いんだ。ここは血管が集中しているから。
「なんでこっちに槍を向けているのかな?」
「怖いのでしょう」
怖いだろうか。ふと自分の影を見てみると、それは絵にかいたような狼のもので頭から生えたとんがった耳はピントたって可愛らしい。凛々しい横顔は無駄を省いたデザインだった。生き物を殺すための最適解。そんな感じだ。
遠くの奴隷が槍を投げた。山なりの起動を描く槍はゆっくりとこちらに向かって飛んでくる。狼娘は俺の前にたって両手を広げ、それを身をもって防ごうとした。俺に、避けるなんて行為をさせやしない。そんな気持ちが感じられた。それはもはや信仰のようなものであった。
俺は娘が槍に当たらぬよう、肩をつかみ無理矢理投げ飛ばした。瞬間。肩にチクリと痛みが走った。逆に言えばそれだけだった。まちがってまち針を刺してしまったような痛みだ。命に別状はない。
しかし、それを見た狼娘はというと、それどころではなかった。
「うぎいいいいい!!!」
可愛い顔をナイフのように鋭い爪でかきむしり、涙を流して走ってきた。そのまま槍を引き抜くと、毒蛇に噛まれたときにするように、傷口に吸い付いてちゅうちゅうと吸った。
痛みはほとんどなかった。刺さったとしてもほんのちょっとでさほど影響はない。
大丈夫だと目で伝えると、やっとのことでうなずいて地面に降りた。
遠くで見守る人間達はざわざわと内緒話を始めた。