石
「私は、神様ってやつを信じちゃいなかった」
いつも通りの食卓。けして柔らかいとは言えないパン。そんなものでも食べないと生きていけない。
「神様にはみんな願いを言うが、聞いてもらったためしなんてない」
今日の肉は肝臓。レバーって言うんだっけ。たんまり好きじゃないんだ。鉄臭いから。生臭いから。生きている姿を意識するから。
「だがな、お前がいた。お、お前はカミサマなんだろ?」
牛は25歳までいきる。だけれど食用になるのは5歳の時だという。いったいどんな気持ちで死んでいくのだろうか。人間に育てられることで人間よりもはるかに繁栄した種となり死んでいく。彼らになんと言葉をかければ良いのか。
「死ぬのがな、怖くなくなるんだ。お前といると。お前のために死ぬのが正しいと思うんだ」
「うん。正しくないよ」
僕は思い頭を持ち上げて声の主を見た。なんということはない。見知った美しい顔だ。神様が本当に平等を目指すならこんなにも差をつけるのはおかしいと思うほどに。
「あんたが、私の飯を食っている……こんな幸せがあるのか……?」
俺がゆっくりとステーキナイフを持ち上げて血生臭いステーキを切ると、まわりからため息が漏れた。ナイフに反射する光景を見ながらそれを咀嚼する。
やはり、臭い。
みると肉片は芋虫のようにゆっくりとうごめいた。
ひょいとつまんで、狼姉さんの口もとに持っていくと、がぷりと指ごといかれた。ノコギリのように並んだ歯が、皮膚を引き剥がさない程度の強さで指を噛み、ざらざらの舌が何度も指をねぶる。
「おいひい」
「指を食べないでくれますか」
ふと、食卓の窓から誰かが見ている気がした。
ガラスが石で割られ何か丸いものが投げ込まれる。思い当たったのは手榴弾だ。殺傷範囲は数メートル。俺は、その塊に手を伸ばし、胸に抱いた。
手榴弾には弱点がある。人間の体程度でその威力を失うこと。俺の体程度でみんなを守れる。
その丸い物体は真っ赤に焼けた石炭のように赤く、パキパキと音を立てながらガラスのような破片をいつくも産み出す。
それが、弾けた。
肌を何度も鋭利な刃物が撫でる感触があった。実は痛くない。ただ氷を押し付けられたように冷たい。その傷が熱くなり、また冷たくなり、血がとめどもなく溢れて、やっと痛みを認識する。
みんなは無事だろうか。
何人かが代わる代わる顔を覗き込んだが何をいっているのか聞き取れなかった。パクパクと口が何度も開かれる。耳がやられた。キーンという音と共に、ゆっくりと視界が……無くなった。