夜は長い
この日、町に青い雷が落ちた。
目も眩むような激しい光で家を三軒焼いた。
いささか奇妙なことに、もうすっかり雨はやんでいて、雷の多い季節でもなかった。雷とは強力なエネルギーの塊で、通常電気の流れることの無い空中を流れる特異な現象をさす。
それはひとえに莫大なエネルギーが一か所に集まったために起きる自然災害だ。現代日本の力をもってしてもその発生を防ぐことは敵わず、毎年多くの死者が出る。
お察しの通りだ。魔法を使った。
結果二人は生きかえった。だからどこにでも行き、好きに生きるように伝えた。それが大人としての正しい行動だと思ったし、自分としても夢見の悪くない行動だった。募金する瞬間は自分の行為に酔いしれられるし、これで救われる命があるのだと安心できる。だがそこまで。それ以上のことは知らない。そういう国民性の元に産まれているので何ら問題ない。
問題があったのは子供たちの方だった。
せっかく自由にしたというのに、わざわざそれを捨てあとをつけて来た。泥道に出来た馬車の轍を5時間かけて歩いてきたのには全く驚かされる。まだ十歳にも満たない子供だぞ? それも街灯一つない夜道をだ、その先にいるかも分からない泥の中のみぞを追って付いて来た。
感心しない。むしろ恐怖した。ストーカーのレベルだよ。
「か、え、れ」
「もとより帰る家はございません! 拾い上げてもらった命、他の人に仕える阿呆がどこにおりましょうか」
「し!!声が大きい。この家で俺の立場がなくなるから静かにしなさい」
ただでさえ嫌われて目も合わせてもらえないというのに。
これで子供を連れ込んだと知られれば変な噂が立つ。
友達ができないから同年代の奴隷を連れて来たぞとか。恋愛対象は奴隷だぞとか。いや恋愛対象は奴隷でもいいが、子供の奴隷というのがまずい。人権的に見ても真っ黒そのものである。
うん、無視するのがいいのだろうな。オーロラも言っていたじゃないか。下手に手を出せば悲しませるだけであると。
階段の手すりに手をかけ踵を返すとピキリと音を立てて手すりが壊れた。おっと金持ちの家なのに脆すぎるぞ。ケチったな。
足元ではお姉ちゃんのほうが突っ伏して唸っている。食い扶持が無いからな、他には。ここで働かせてください。そういう事だろう。
「なぜですか!!この命を差し出すというのにもらっていただけないのか!!!」
「いらないよ。僕にはね。喜んで命を差し出す人が大勢いるんだ」
嘘だ。だがそうまで言わないと帰らない気がして。せっかく自由にしてあげたのにまた監獄に戻ることは無い。一度死んでいるので奴隷の契約は無効である。それが理解できないでいるのだろうと思った。子供だから。学が無いから。奴隷としての生き方しか知らないから。
自由と言われても何をして良いか分からないのだ。
俺は魔法でボロボロになったままの右腕を持ち上げ、そっと頬に触れた。俺から見ても小さな頬は、汚れ、涙によって泥が滲み、恐怖に震えていた。
化け物は怖い。その気持ちはよく分かる。彼女の頬に触れる猛禽の様な爪はマネキュアよりも血が似合う。どっぷりと生臭い血が。
「怖いだろう」
「い、息が……できません」
恐怖で呼吸まで忘れたか。だが胆は座っている。この俺の魔法後の血だらけの姿を見ても顔を見てくるのだから。子供なのに目ばかりが年をくって、日本で言うところの大学生くらいの貫禄がある。
どちらが残酷か。何も経験せず子供のまま年を取った大人と、子供なのに大人にならなければならなかった子供。きっとそのどちらもが酷く哀れだ。
どちらかと言えば俺は前者で、できれば子供の死ぬところが見たくなかった。だから意地悪をしてみる。
「ならば、君の弟をもらおう。頭から噛みついて脳みそをすすり、血を浴びて今日の疲れを癒すとしよう」
少女はちょこんと座る少年を無言で差し出し首を垂れた。
ん?
ここは、嫌です!!という所ではないだろうか。ね? だって今まで付き添ってきたのでしょう。おそらく唯一の家族。それを手放すとはどういうことか。
そういう覚悟なの、か?
「食う気が失せた」
逃げるように階段を上がると、オーロラがちょこんと座って聞き耳を立てていたようだった。
どうしてわかったかというと、白雪のように白い首筋をあられもなくメイド服から覗かせて、そこにある柔らかな肉と良い匂いのする肌を見せつけていたためだった。
あんまりおもしろかったのでしなだれかかり、その首筋をカプリとするとぶるると体を震わせる。
その赤い耳元に口を寄せて「本当に食べると思った?」などというと、しおしおと小さくなって廊下を駆けて行った。
可愛いんだなーあれが。たまらないんだわー。
でも今だから許されるだけで、あと二年もすればゴミを見るような目で見られるのだろうな。悲しいな。
部屋に入ってやっと一息つく。息が酒臭い。お腹が痛くなりそうだ。無理に魔法を使ったため肌の色がどす黒く、羽が随分抜けている。脂汗を吸った服が気持ち悪く脱ぎ捨てると、ぎょっとした目が壁にあった。
その目はゆっくりと下にながれぴたりと止まる。
ピンと立った狼の耳は手で倒してもすぐに起き上がりそうなほど固く起立していた。ふーふーときこえる荒い息は100mを全力疾走した後のよう。狼にとって鳥は餌だ。嫌な汗が首筋を垂れる。
「食べないでください」