唐突な出来事
パーティーも終わりに近づいて、ふと外を見るとやせ細った子供が二人指をくわえてレストランの様子を見ているのが目についた。
真っ暗な雨が降る中、傘もささずに、擦り切れた粗末な着物を着た姿は、心打たれるものがあった。
親は……いないのだろう。
いればこんな夜更けに子供だけで外を歩かせるはずが無い。
子供は、お姉ちゃんと弟だろうか。ふと目が合ったが、ガラス玉のような目は何も反射していない。人形のように瞬き一つしなかった。
ばたりと音を立てて少年が倒れた。動けないのは明らかで、大きな水たまりに顔を半分つけてブーブーと不気味な声をあげている。
何日もご飯を食べていないのだろう。
まるで骨に皮が巻き付いた様な手で、なんどもレストランの壁を撫でている。
見ていられないんですわ。
俺は特殊な家庭で育ったこともあり、ご飯が食べられない時があった。だからそのひもじさは分かるし、彼らがどういう気分で見ているのかもわかった。
ウエイターに声をかけて、廃棄になる食料を袋に詰めさせた。廃棄というと聞こえは悪いが、パーティーではほとんど料理には手が付けられていなかった。
外に出ると待っていたとばかりに少女は膝をついてお祈りを始める。
「まずしくて日々の糧に困っています。どうかお慈悲を」
そんな事よりもまず、隣の少年が死にそうになっているので抱き上げて口を開かせる。ぼとぼと口から落ちたのは泥だった。
お腹が減っていたのだろう。道端の泥を口に詰めたのだ。
「あ、綺麗な手が汚れてしまいます」
「手はね、汚れたら洗えばいいんだよ」
少女の頬は死人のように冷たかった。張りが無く何か病気になっているのかチーズの様な臭いがする。破傷風か?
「俺の家に来なさい」
「……」
ギリリと睨みつけるような目で見て来た。そんなに怪しいかと思った。最高の笑顔を見せるとやっと落ち着いたようだった。
袋の中から骨付き肉を取り出すとあんまり甘くないケーキが潰れてくっ付いてしまっていた。あのウエイターちょっと考えればわかるだろうに、犬猫にでも餌をやると思ったのかもしれない。
「お風呂があるから温まるといいよ。お布団もあるからね」
まあ、良いことをしようとしたのだ。あのまま見捨てることもできたけれど、きっと寝つきが悪くなって布団の中で悶々と考えることになるだろう。慈善活動というより、セルフィッシュなマス書きみたいなものだ。募金活動にも似ている。本当に募金は必要な人に届いているんですか? 途中で抜かれてるんじゃないですか? なんて。余談だが発展途上国では転売禁止と書かれた支援物資の食料がそのまま市場で売られている。俺達何やっているんだろうな。
馬車に乗り込もうと取っ手を掴むと、激しい音と共に俺の首が右を向いた。
目の前がジラジラして見えない。耳がキンキンと甲高い音を拾う。
耳が熱くなって痛みとなり、ビンタされたのだと知る。
「あなた、その子達のことをなんでそういうことするんですか!?」
オーロラだった。いつも優しいメイドの彼女が肩を高くして怒っていた。
「助けようと」
「本気で助けると思っているんですか!? その子達は奴隷です。連れて行けば奴隷は逃亡したことになります!!この子達は殺されます!! それに勝手に食べ物を盗んだと知られれば舌を切り落とされます!!」
「食ってしまえば分からないじゃないか」
「私たちは鼻が良いんです!すぐに密告されます!」
何で奴隷が奴隷をチクるのだろう。全然意味が分からない。
「お前達は帰りなさい。ちゃんと口をゆすぐのです。きっとバレますがもしかしたら見逃してくれるかもしれない」
俺は酷いことをしたらしかった。
心がね、無いはずの臓器がチクチクと痛んだ。
帰りの馬車の中で会話が無かった。居心地悪い。まだ怒っていそうだった。
「オーロラ、僕はどうすればよかったかな」
「あのような奴隷は蹴ればいいのです」
「僕はオーロラにそんなことしたくないよ」
「……そうですか」
いやだった。何もせずこのままのうのうと生きる自分が嫌になった。
馬車から逃げ出すように駆け下りて、今さっき来た道を戻ると、はたして子供たちはいた。道の真ん中で抱き合うようにして眠っている。小雨が降っているというのに馬鹿だなと思って近づくと、頭が凹んでいた。
誰かに棍棒で殴られたようだった。血が飾りの薔薇のように赤毛を濡らしていた。僕は泣いた。