仲直りのベロベロ
部屋に桶が置かれていた。
僅かに蒸気の籠った部屋の中で、女の濡れそぼった乳房は、熟れた葡萄のように硬く張り滴がその稜線を伝う。
手には濡らした手拭いと、束ねた枝。女は急な来訪者に目を丸くした。
女は入浴中だった。
急いでドアを閉める。一瞬思い出したかのように胸元を隠す女の姿が見えた。
「あ、あのすみません」
声は震えたし喉はカラカラだ。
木製のドアに手をおいて、その冷たい感触でなんとか心を落ち着かせる。
「見るつもりはありませんでした。ごめんなさい」
返事はない。部屋からは衣擦れの僅かな音と、水が跳ねる音が聞こえる。
今、服を着ているのだろう。
着替えるのに十分な時間をおいて、わずかに開いたドアから、まだ水気のある白い手が俺の手首をつかんだ。
「ぼっちゃん。どうされたのですか?」
落ち着いたふうを装った声色の彼女に、心拍が急に跳ね上がった俺の鼓動が脈として伝わったはずだ。女はこちらを安心させるように指を絡めた。
とてもしなやかな指だった。もちもちとしている。一方でとても力強くもある。
それは俺がまだ5歳の子供だから感じることだろう。
彼女が少し力を込めれば折れてしまうほど俺は弱い。その事を知ってか女は僅かに力を込めた。きゅっと絞まる指の感触から良からぬ物を感じた俺は声を発した。
「痛い!」
「ぼっちゃん。傘は持ってる?」
「傘?」
「新しい傘。お姉さんどうしても欲しいのだけれど……」
「もっていません。部屋で雨漏りでもするんですか?」
「フフッ。そうね。またしばらくしたら刺しに来てね。……もう少し成長したら、かしら?」
人にはそれぞれ持って生まれたものと言うのがある。二分すると良いやつと悪いやつに分類され、さらに悪いやつは後天的か先天的に分かれる。
「持ってきたら何くれるんですか?」
「まあ……おませだこと」
俺は彼女に手紙を贈った。愛情たっぷりの転向願いの突きつけだ。
「僕はオーロラが良い。これは受け取れない」
この世界のメイドさんは思っていたよりずっと凄かった。翌朝早い時間にトイレに起きると、部屋のドアの前に自分の背丈ほどもある猪が横たわっていたのである。
それはまだ、湯気の上がるような新鮮な肉で腹から血を流して死んでいた。獲物の腹の中には手紙が添えてあって、手を出したお詫びとどうか許してほしいとのメッセージがあった。
薄暗い階段をゆっくり降りて例の部屋の前にいく。
中からは規則正しい呼吸音と、昨晩と同じく水音がしている。ドアはザラザラしていて、昨日触った感触と少し違う。ドアについた血を拭き取ったが、掃除が甘く血が乾いた感触だった。
「あの肉は貴女がとってきたのですか?」
女は血で真っ赤になった口を笑顔に歪め、ゆっくりと頭を下げた。
「貴女は、狩りが得意なのですか?」
メイドは自分の口角を指を使って引き上げた。
子供がふざけて笑顔を作って見せるような動作だったが、そこにはちゃんと人差し指ほどもある犬歯が生えている。人ならざるもの。亜人種。
ぽんぽんと胸を叩いて「アイーシャです。得意です」そしてすぐに「殺すのも得意です」と続けた。
仲直りのため握手をしようと差し出した手をアイーシャはベロベロと舐めた。