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商人にご用心

 皆ご飯の用意ができたのに、なかなか食べ始めなかった。

 いつもはがっついて食べていたのに、今日に限って薄暗い食卓の隅にきちんと整列して並んでいる。目を閉じて動かないで、まるで等身大の人形みたいだ。


 本日のお料理は、なんかよくわからん香草の付いた、丸々と太いソーセージがごろりと皿の上に乗せられた料理だ。焼き立ての皮からはまだジュージューと美味しそうな音を立てている。これをパンと一緒にお腹に収められる幸福を何故共有しないのかと疑問に思う。


 ナイフを取ろうとして、自分の手がアレな事に気が付き、これかと思う。

 まあいいのだが、見た目で判断しないでいただきたい。俺は人を食べる化け物じゃないんだぞ。


 アツアツのソーセージを切ると油が飛んでぱたぱたと白いテーブルクロスを汚した。まずいシミになる。そう思ってハンカチを探していると優しく手が差し伸べられて、染みを隠すようにナプキンが置かれた。


 大変気が利く方々なのであるが、それだけにいきなり一緒にご飯を食べてもらえなくなるとショックである。やはり人は見た目がすべてなのか。


 俺がここにいると、皆は俺が食べ終わるまで食べないような気がしたので、ほとんど手を付けずに食卓をさることにした。

 ひどいね。ショック。まあ、一晩で人相が変わったら、そりゃ異常だと思うよね。


 ついてきてくれたのは一人だけ。オーロラだけは、同じ羽の生えた者だけあって、半歩おくれて気使ってくれる。狼のお姉さんは食卓に残った。くーん。


「皆に嫌われた」

「そう、見えたのですか?」

「そうでしょう。あれは」


 なんか嫌な記憶を思い出す。俺のような人間が学校というある種の工場で、生きて行くのがどれだけ大変か分かっていただけないのが苦しい。皆は標準的な歯車だけれど、俺だけがはすば歯車だったあの時みたい。


「……パーティーに行くぞ」

「はい?」


 憂さ晴らし、というよりは資金集めが目的だった。幸いにもそういうのは得意だった。人に好意を持たれるためには、言葉の抑揚の付け方と、常に笑顔でいることを心がければ問題ない。


 むしろ人と違うことは魅力的にとらえられる。


 俺にとって集団生活をするというのは常に芝居をしているのと変わらなかった。偽パリピである。


 馬車で連れて行ってもらったレストランは、きちんとしたボディーガードが立っているような店だった。


 体重95キロ身長180センチほどの男は、首にチョーカーの様な物を巻いている。身なりこそ正しく整っていたが、拳には殴りタコと真新しい傷がある。ついさっき人を殴ったのだ。彼は奴隷だ。


「お客様。お名前をうかがってもよろしいですか?」


 すっと金を出す。で、見えないようにポケットにねじ込んでやる。早い話がこの世界、自由を金で買うことができるので、好意を持たれるにはそれ相応の態度を見せればよかった。


 男はちょっと笑顔を見せて店の中に入れてくれた。


 中にいた客のほとんどは女連れで、その女の美しいこと。着飾り、首輪や足枷をしているがそれすらもアクセサリーのようだった。シルクのような光沢のある美しいドレスは首から股にかけてを隠す物。その下に何も着ていないのがありありと分かってしまう。そういう目的の奴隷。


 それを連れ出すというのは、まさに顕示欲の表れというべきか。男達は自分の車を見せびらかすように、お気に入りの奴隷を連れ出している。


 一方、奴隷の方と言えば、行きたくもないパーティーに連れ出されたあげく、男達は自慢話に花を咲かせることに忙しく、綺麗な女性たちが暇そうにグラスを煽っていた。


 席を立つ。お酒を運ぶウエイターからボトルごと酒を奪い、暇そうな女性の元へ。


「こんばんわお嬢さん。良い匂いですね。頭がくらくらとします」


 当然ギョッとした目を向けてくる。驚き。だが好都合。まずこちらを意識させることに成功したのだ。敵対から友好に変えて行けばいい。


「驚いた。こんなに綺麗な人を見たのは初めてです。是非お名前をお聞かせください」


 手を取るとまるで子供のように柔らかく、シルクよりさらに白い肌に一瞬ドギマギとしたが、優しく手の甲にキスをする。


「どこのお姫様ですか?」


 勿論笑顔も忘れない。笑顔が無いと変態的だからね。呼吸は常に落ち着け、できれば汗も出ないように気を付けたほうがいい。緊張で赤面するのは逆に好都合だ。年齢のこともあり、こういう事を言うのは初めてだと印象付けられる。


 彼女は笑い返した。ただ単に日常に降ってわいた道化だとしても、その笑顔を作り出させたというのは大きい。これでもう勝ちです。


 笑顔というのは大抵の人は無意識に作る物だ。特に今あったばかりの他人に対してはなかなかできない。ただし俺のような人種は除く。


「何のお酒を飲んでいるんですか? 僕も飲みたいなぁ」

「あらやだ。悪い子ね」


 お姉さんの持っているグラスを優しく取り上げてゴクリと飲み干す。熱い液体が喉を焼き、腹がポカポカとする。


「おいし……」

「まあ!アハハハハ!」


 わざと彼女と同じところに口を付けた。それを見せつけるようにカンと音を立てて机に置く。もちろんおかわりを注ぐことも忘れない。

 この服ヤバイね。ああ、ふくらみをチラチラ見てしまうね。


 するとお姉さんは二ヤッと笑って胸を突き出すポーズをし、すっと抱き寄せた。


「どこの子? 悪いことしちゃダメだって教わらなかったの?」

「ごめんなさい。凄く綺麗だったから、つい、お姉さんは良い人そうで、みていると、その、言葉に詰まります」


 むわりとする女のニオイが酒臭さの中に混じっている。

 この俺と彼女の距離感を見たらどう思う?

 例えば彼女の持ち主がそれを見たらどう思う?


 彼は血相を変えて走って来た。走ると言っても豚のように大きな腹で軍服を揺らしてゆっくりとだった。胸元には勲章もある。


 俺はサッと立ち上がって笑いながら男の手を握る。


「凄く綺麗なお嬢さんをお持ちですね。あんなに綺麗な人を僕は見たことがありません。やりましたね! 幸運を分けてください!」


 この男は自分の所有物を見せつけに来ているのだ。褒められてうれしくないはずもない。怒っていた表情は鳩が豆鉄砲を食らったような素っ頓狂な物になり、笑顔になっていく。


 ころりと話相手を俺は変えてしまったので、残された女性はドキリとする。先ほどまでしゃべっていたのは私なのにと口惜しそうに俺を見て、ついに席を立って持ち主の男としゃべる俺の元までやって来て手を握る。


 人の心はこうやって掴む。全て差し出しちゃいけない。ちょっと見せて取り上げる。おもちゃは特別な人にしか与えられない。こう思わせる。


 幸運の女神は後ろ髪が無い。前から来た時に捕まえておかなくちゃね。


「ウエイターさん!座席を増やしてください!それからここにいる全員に一杯おごります!」

「ヒュー!!!」


 一人歓声を上げたが分かっていない。もう術中に入っている。君たちはどこから新しい奴隷を買う? その会社の主が飛び切りの奴隷をと耳打ちすれば、君たちは湯水のように金を使うだろう。これは先行投資ってやつである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 奴隷達の主人がいない間の会話とかも見てみたいですねー。
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