刺すような視線
「貴方は、まるでガラスのようですね」
白い羽の乙女は長い沈黙の後、やっとのことで絞り出したような擦れ声でそう言った。
「良い得て妙だね。僕は体が脆い。簡単に死んでしまうよ」
この世界のガラスは不純物が多い。そのせいで少し灰色がかり、亀裂の入ったガラスの見た目は俺にぴったりだった。
半端な体。人にもなりそこなった悲しき体は身震いすると重なった羽がざらざらと不気味な音を立てた。
俺は床に散らばった瓶の破片を拾い上げながら美麗なメイドに話しかけた。
「何でそんな目で見るのですか?」
「……」
容赦のない視線。動物園で珍獣を観察するような、細部まで見てきているような視線だった。その目は俺の顔の周りから首筋までを重点的に、そして手をチラチラと見てくる。
ついに抱き着かれて、お日様と甘い匂いが混じったような匂いがした。
心臓が一瞬止まる。俺は戦闘民族なので何か技をかけられたと思って見を硬くした。
ガチガチの体を優しく撫でられたことで、それが攻撃ではなく抱擁だと気が付いた。
「……ぼっちゃん何をしたんですか?」
「魔法を使いました」
「その姿になる魔法があるんですか?」
「ありません。副作用です」
「貴方は自分の姿を見ましたか?」
「まだ全身は見ていません」
彼女はすこし体を離して俺をじっと見、ゴクリと生唾を飲み込んだ。俺の前では直立不動の状態でメイド服の折り目一つ動かさない彼女が今日は息使いを荒くしていた。体前面に当たる彼女の感触から目を放そうと壁を見るが、シミ一つない壁だ。必然的に意識してしまう。
自分の服の胸元を引きよせる。先ほど狼のお姉さんに注意されたばかりだ。肌を見せてはいけないと。
「私がこんな目で見ている理由は二つ。一つ目。メイドには自由恋愛が認められているから。この家ではまだその権利を行使したメイドはおりませんが、すぐに行うものが現れる。二つ目に、貴方はあまりにも変わりすぎた」
頬を白い指がなるで感触があった。柔らかな指筋が俺の唇に触れ、顔を包み込む。
「あ……ちょ、」
「今夜は寒くなりますが、暖房の方はいかがいたしますか?」
「あの、えっと布団に入れるやつをお願いします」
「……はい」
俺は感じ方に生まれつき異常があって、相手の感情を感じ取るのが苦手だ。だからそんなふうに笑うんじゃない。
彼女のつぼみが開いた様な美しい笑顔は俺に対する好意を感じさせる。
だが待てよ。そんなすぐに人間を信用するというのか。そもそも俺は人の痛みを理解できないから無意識的に人を傷つけることを言ってしまうし、触れられたくないところをまさぐって歩く。それが好きだという人間は今のところあったことがない。
結論から言って、このうら若き乙女は、自分と姿の似ている僕を仲間だと思い込んで仲よくしようしているのだ。本能的な物だ。恋ではない。
「またボタンを掛け違えていますよ?」
「え……?」
見てもボタンは掛け違えていなかった。なのに白雪のような指はゆっくりと俺の服のボタンを外し、息がかかるほど近くで胸元に顔を寄せた。
匂いを嗅がれている気がする……。臭くないだろうか、と思う。俺は対人が苦手だ。だから緊張して汗をかく。嫌な臭いになっているだろうと思った。
半分ほどボタンを外したところで彼女の手は震え、また付け直していった。
「ボタンはなおりました?」
「はい」
視線を感じて後ろを振り返ると、頭の上でピンと耳を立てた女性が、顔から表情をなくしてこちらを見ていた。手は力を籠めすぎて震え、血管が浮き上がっていた。
ヒィ……。
「ご飯!お肉食べよ!!」
欲求を満たして落ち着こうではないか。
その場から逃げるように走ったが、背中から抱きしめられた。温かい。柔らかい。
「今のは浮気だぞ」
「違っ! 僕何もやってない」
爪が服の上から俺の胸元に食い込む。その小さな痛さが思った以上に苦しい。彼女は俺なんて簡単に引き裂けるのだ。
「許して。おねがい」
「周りより優遇しろ。ご褒美を沢山よこせ」
宝石、服などを送らねば。幸いにも日本から来た俺はどういう物を女性が好むか知っている。
「ちょっと待って。みんな見てるから」
半開きの食卓のドアを開けると、すでに大勢のメイドさん達が集まっていて、名前も知らない人も含めて一斉に俺の方を見た。給仕をする者、小さくなった蝋燭を変える者、壁の近くで命令を待つ者、様々だったが一様に作業を止めて二つの目がこっちを見たのだ。
ドアを閉める。
怖い。なんだこれは。人に見られるのは、好かん。