それは黒曜石のような
その羽は漆黒を切り取って作ったかのようだった。
他のメイドに見せられるわけがなかった。このまま目に触れるところに置いておけば間違いなく悪戯をされる恐れがあるらだ。それにもう一つ。魔法の事。
普通魔法は青く光る。しかし先ほどの物は、ドクドクと心臓のように脈打ち、手の上でどろりと形を変えた。これはもはや才能の差などではない。血の違い。王宮に仕える魔法使いのどれだけが同じように魔法を使えるのだろうか。いや、そんな奴はいない。
彼は、自分の体形そのものに怯えているようだった。布団を頭からかぶり、ブルブルと小娘のように震えている様からは、到底先ほどまでの異常なまでの行為とを紐付けることもできない。
ああ、なんと声をかければいい? その姿は話に聞く神様とあまりにも似通っていた。神様は人の形をしている訳じゃない。
「……腕を切り落としたら痛いかな」
「ええきっと」
少年は座りなおして自分の鱗が重なり合ったような手を何度か握りしめる。
「うん。これは俺の手だ。でも気持ちが悪い」
「一つアドバイスを。女性の前で体を見せない方がいいでしょう」
「うん」
少年ははだけた服の胸元を引き寄せ、可愛らしい目でじっと見つめて答えた。
その目は全く穢れを知らないようであったし、一般的に奴隷に対して向けるような物ではなかった。
それは好意。
「目です。目に気を付けてください。我々は元来獲物を殺して食べています。目を見られるとその……」
「あ、ああ」
気まずい沈黙が流れた。そのしんと静まり返った部屋の中で彼の心臓の音と、息を吸う音が聞こえる。小さく可愛らしい唇から漏れる吐息が、部屋の匂いに溶け込むのを感じる。宝石のように美しい手先がゆっくりと持ち上げられ、自分の腕から生えた羽をむしった。
「な!!!いったい何を!!!」
「思ったより痛い」
「貴方は!!すぐそうやって!!!」
そこにあるから引っ張ってみた。そんな軽い気持ちで自分の羽をむしっていた。はっきり言おう。それがとてつもなく美しい色をしていた。まるで高級な香油を染み込ませたかのようなその羽は、どんな富豪の家にもない美しい物だったし、その手から伸びる黒曜石のような爪は、周りを写し込むほどに磨かれた一級品の宝飾品。
「その、羽をよこせ。捨ててやるから」
「あ、ありがとうございます」
勿論捨てるわけがない。この人の弱点はすぐに人を信用することだ。何も疑いもしない。非常に心配だ。
手の中にある黒い羽根はまだ温かく、月夜の光に照らされて怪しい光を放っていた。誰もが美しくなりたいと思うのではないのか?
この人はその美しさを捨てようとしている。
「私は奴隷として産まれ、奴隷として育った。だからこんな事しか言えないのだけれど。あなたは、値段が付かない」
「売り物にならないってこと?」
「そう」
取引の対象にはならない。金持ちの家の牢獄の中で、一生籠の鳥として生きるほかない。見ればコロコロの表情を変えるのも、その可愛らしい顔で見つめてくるのも堪らなくなってしまう。前も良かったが、今はその可愛さに拍車がかかっていた。
「そんなにダメダメならきっとみんな気にしないね! ご飯行ってくるわ!」
ヤバい!!!この人は!!
廊下からガシャン!と焼き物の割れる音が響いた。