代償は
助けたメイドさんの中には、大きなケロイドを見せて物乞いを始める者がいた。
要するに城の中では拷問のようなことが行われていて、自分はこんなに可哀想だから食べ物か売れる物を何かくれというのだ。
まだ成人していない若い人だという事は背丈を見れば明らかなことで、そのある種の残酷さに、城を攻めてもらったのは間違いではなかったと思う自分がいて、押しつぶされた敵の姿を思い出して胸がスッとする自分がいた。
これは悪だ。正義に酔いしれた悪だ。
その物乞いをする手を握るとひび割れて赤い肉が見えていた。
妻は血が滲んで赤く染まり、手の甲は老婆のように血管が浮き出ている。
「メイドオブオールです。どうか、どうかお恵みを」
メイドオブオールとはすべての仕事を請け負うメイドの事。力仕事は勿論、人がやりたくない汚物の処理から、汚れた服の洗濯まですべてこの女性が行っていた。
何かしてあげなければいけないと思った。
そして俺には魔法が使えるのではないかと気が付いた。
手に力を籠めると指先から熱が出た。熱は手を駆け上がり、肩を焼き、顔まで熱くする。
漏れ出た青い光は宝石を叩き割ったように鋭く激しい光を撒き散らしながら傷だらけの手を包んだ。
強すぎる光はどろりと粘性の高い液体のように手の上に落ち、青白い光を発しながら指から零れ落ち、手首を伝って流れて行く。
腕に出来た傷は沸騰したように泡立ち、瞬時のうちに癒えた。
それと呼応するように俺の指先はカラスの爪のように湾曲し、メリメリと音を立てて人ならざる、猛禽のごとし羽が手を覆って行った。
頬に痛みを感じて振れると、そこにも本来あるべきでない物があることが分かった。
床には無数の黒い羽根が舞い落ち、光を失った不気味な液体に触れて沈んでいった。
「ぼっちゃん?」
「すまないですが、しばらく部屋に引きこもります。家で一番大きなヤスリと包丁を持って来てもらえますか?」
俺の体はよほどひどい状態だったらしく、狼のメイドさんは俺を隠すように抱きすくめ、ゆっくりと背中をさすり、優しい声で耳をくすぐった。
「可愛らしい見た目になりましたね」
「はは」
冗談が上手い。俺は今、おそらく差別される側に回ったのだ。
魔法の使いすぎは人間の形を壊していく。
分かっていたことだった。
まるで壊れ物に触れるように抱き上げられ、部屋を後にするのとほぼ同時に残された奴隷さん達が光を失った魔法の残滓、そのどす黒い水たまりに競い合って体を擦りつけていた。
「ぼく、どんな姿?」
この家には鏡が極端に少ない。経済的理由というよりはこの国の工業的な問題によるものだった。金属を磨かないと鏡ができないのだ。
窓に反射する姿で自分の体を見たかったが、その窓さえ小さく、廊下には存在しなかった。
「他の者には見せられません」
そうか。そんなにひどいのか。
「申し訳ないんですが、できれば抜くのを手伝っていただませんか。背中は自分では見えません。できれば二人っきりで」
「服を脱いでいただけますか?」
「うん」
俺達は隠れるように部屋に逃げ込んだ。




