雨の告白
人殺しについて悪いと思わないのかと聞かれた。助けた奴隷に。
俺は仲間を攻撃する奴は敵だと思っていて、それを攻撃するのは正義だと思う、そのためなら敵の命を奪うのも当たり前だと話した。
「考えてみてくれ。君の親、兄弟、友達、好きな人。そういう人が犯されてぐちゃぐちゃにされて殺される。その状況を君は黙って見ているのか?」
「話し合いで解決する手段は無かったんですか」
「君は10歳にも満たないガキの話を真面目に聞くか? 今まさに君は自分と考えの違う俺のことを嫌悪し、怒鳴りつけている。先ほどの光景は正しかったのかと疑問に思うからだ。違うか?」
少女は黙って足元を見た。勿論そこに答えは転がってはいない。
「少なくとも君達は自由になっている。それが正義かどうか自分で考えると良い。そして正義とは戦争に勝ったものが使う言葉で、その元にどんな残虐な行為も正当化される」
化け物ちゃんは機嫌よさそうに笑って俺をみている。
よかった。敵対したと思われて殺されるんじゃないかと思った。
「戦争を始めるおつもりか」
「まだだ。まだ勝ち目がない」
核を有する小国が、核を持たない遅れた文明の大国に噛みつきに行かないのには訳がある。
それは最も戦争で大事な問題。
補給の問題である。
「お腹が減ると人は死ぬ。100キロも進軍すれば、徒歩での補給にどんなに急いでも3日はかかる。それだけあれば兵士はどんどん死んでいく。大事な兵士だ。捨て駒にはしない」
顔に笑顔を張り付けたままの化け物ちゃんはすりすりとおでこに鼻をこすりつけ、甘えたと思われる嗄れ声を発した。
「我らは仲間の亡骸でも食らって前に進みますが?」
「みんながみんな、君のように強くは無いんだよ。特に命とか心とかを理解できる人種にはきついんだ。昨日までしゃべっていた友人は食料として見れないんだよ」
大きな獣を模した顔はゆっくりと匂いを確かめるように大きな深呼吸をした。それはまるで同類を確かめるようでもあったし、脳みそに臭いを刻み付けているようでもあった。顔を舐め回す蛇のような舌の感触から逃げるように下を見た。
雨が降っていた。ぐちゃぐちゃにぬかるんだ道の中に砕けた白い骨が埋まっている。たかが滑り止めのために。
この戦争、人間の国はもうすぐ負ける。
戦場まで続く道に放置された馬車からして前線の状況はすさまじいはずだ。
国は疲弊し、兵士はおろか食料まで枯渇して、今夜俺達を捕まえに来る気力も残っていないだろう。
もうすぐ平和が訪れる。そんな予感がする。
我が家の方からメイドさんがお湯とタオルを用意してくれているのが見えた。
さすがお金持ちの家に務めているだけあって、気の利きようがすさまじい。
もうすぐ帰るという事をどこで知ったのかとおもったが、彼女らの耳は人とは違うので俺とは違うものが聞こえているに違いなかった。
恐ろしい事よ。すかしっぺ一つこけないではないか。
因みに現世で金髪青目少年となっていた俺であるが、人間としての汚らしい排泄行為はそのままであるので、はずかしいことこの上ない。どうやってみんな隠しているのだろうか。特に奴隷を買った人々はそこら辺のプライバシーはどうしているのか。違うか。そもそも考えてもいないのだろう。奴隷を人として見ていないのだから。
平和とは次の戦争までの準備期間に過ぎない。
芋虫がさなぎとなって蝶になるように、俺達にもやらねばならぬことがあった。
大きく黒い目が上から俺を見つめている。
「これは噂ですが……良き行いをした者は、一晩一緒に寝ていただけるとか」
「……いったいどんな噂だそれは」
「私の姿はやはり奇異ですか?」
「そうじゃないんだ。ただ、添い寝をしただけで何もしていない。それを何かいい物と誤解されているのが怖い」
魔法もあまり使えない。一人直さないといけない人がいるのでその人に裂きたいし、そもそも化け物ちゃんの体はどうしてああなったのか分からないため直しようがなかった。
「裸で抱き合って眠ったとか」
「下着は来ていたよ」
にたぁという生っぽい笑みがそこにあった。