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赤いシャワー

 壁も床も天井も血でベットリと汚れた部屋の中にそれはいた。


 すでに何人もの兵士が積み重なり動かなくなって、廊下にうずたかく積み重なっていた。それはまるで土嚢を積み上げた壁を思わせたが、彼らは何かを守ろうとして壁となったわけではなかった。巨大な侵入者から逃れるために壁へと逃げ、それでも逃げるのが敵わないために少しでも逃げようと仲間の上によじ登っていた。


 昨日まで仲間は友だ家族だと歌っていた兵士は、その仲間を踏み台にしていたのだ。これが人間の本性であると俺は思う。自分はそんな考えは持たないという人もいるが、それは苛烈極まりない状況に置かれていない者の言う戯言だ。


 生きるらめならばなんだってする。そういう生き物が生き残れるのがこの城の中の世界だった。


 たった一人の侵入者は一人で制圧してしまった。


 一人の兵士がその前に立ちふさがったが、すでに剣を持っていなかった。重い鎧も脱ぎ捨ててわざわざ美しい服を仲間の血で汚しているのは、奴隷に偽装するためだった。


「お、おれは奴隷だ。だから見逃して欲しい」


 そういう男の髪の毛は綺麗に刈り揃えられ、美しく並んだ歯は虫歯一つもなく、そして肌の色が、正に奴隷を虐げた者達の物だった。


 化け物ちゃんがそれに気が付かないはずもなく、彼女は烈火のごとく怒ると右肩と首を持って引き裂いた。

 あまりにも簡単に。それはまるで紙を引きちぎるようだったが、ドクドクとまだ動いている心臓は今先ほどまで生きていた命の存在を誇示するようだった。それを周りの奴隷達が素手で引き出して集めていた。


 巨大な呪われた一人の後ろに何十という数の奴隷がつきしたがっていた。


「目的は達成したと思う。もう帰ろうよ」


 俺は目の前に立って制止を促した。もう生きている敵はいないようだった。生きていても体の一部を失って、綺麗な絨毯の上に潰れた肉を引きずっているような有様だった。長くはないだろう。


「この者達はあなたを虐げた。それだけでなく汚い仕事をする悪党であると笑った。だから私は、血と肉を奪った」

「うん。俺も陰でこそこそ言われるのは嫌いだ。面と向かって言ってくれれば鼻っ面を殴ってやるのに」


 化け物ちゃんは血で汚れた口をゆがめて牙を覗かせた。多分笑顔を作っているのだ。怖いけど。正直小便をちびりそうである。


「ああ、やはり。血に飢えた少年よ。この景色はどうだ? 君のために用意したのだ」

「もう満足だよ。帰ろう」


 やっと帰れると思った矢先、よせばいいのに積み上がった死体の中から騎士の一人が立ち上がる。

 その汚い手で、逃げる女奴隷の服を掴むと胸元をはだけさせ叫んだ。


「この女がどうなってもいいのか!! お前たちは罪人だ!即刻処刑されるべきだ!いやそれでも生ぬるい。奴隷に落とされて変態どもの愛玩物として余生を過ごすといい!」


 化け物ちゃんは既に聞いていなかった。ただ俺の顔を何度も覗き込んで確かめている。俺が俺であることを。多分目が悪いんだ。物凄く顔が近くてありえないほど生臭い。人を食ったのかもしれない。


「奴隷に落ちる前に一度くらいは女とさせてやろうな。クソガキが。こっちにこい」


 はあ。あの、なんで人質を取れば言うことを聞くと思うのか。


 俺はその奴隷さんと面識がない。その時点で人質として使えないと思わないのか。鈍く光る剣は女性の首元に半ばめり込んでいるが血が出ていない。刃が研がれていないのだ。王宮でのうのうと生きて来た人間。人を脅すことはあっても人を殺したことは無いのだろう。


 まだ、人を殺すことへの拒絶が感じられる。


 その証拠に、俺が目の前に歩いて行ってもその手を動かすことは無かった。


「な、なんだ。殺しちまうぞ」

「そのなまくらで殺すには心臓を突くか首を突くかしかありません。その位置からだと肩に刃物を置いてそこからスライドするように刺すのです」

「は?」

「貴方には殺せない」



 めぎょりと騎士の頭が体にめり込んだ。俺の視界では肉を剥がされたような不気味な手が後ろから伸びていて、その怪力で押しつぶしたようだった。


 獣のような顔が潰れた頭に近づくとガブリと噛みつき、じゅるじゅると不気味な音を立てて血をすする。

 やがて気が済んだのか化け物ちゃんは口を放して真っ黒な血をシャワーのように俺にかけた。


 虐めかな? まだ温かい。しかも臭い。血は病気を媒介する非常に危険な物質である。早く体を洗いたい。


 美しいブロンドの髪を真っ赤な血がベットリと覆いつくし、青い目のすぐそばを列をなして流れて顎を伝って行く。化け物はその様をうっとりと眺めていた。


「ああ、美しい死よ。我ら心をつかんで離さない美しき子よ。どうか長い寵愛を」


 こと切れた騎士は赤い水たまりにずしゃりと音を立てて倒れた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 存分に褒めて、食を共にし、閨で眠る。 彼女を労りましょう。 作中の出来事がA4の新生したアレみたいでした。
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