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上半身まさぐり案件

「食べ物を犬のように口へ押し込んで食べる」


「椅子があるのに地べたに座って食べる。髪は伸び放題であれじゃ化け物だよ」



 我が家の人間のメイドさんはそういうことを言うのだった。


 明らかな偏見であるし、腕の無い彼女がそういう食べ方が好きならば、じゃあ自分も同じ食べ方をしてみようとは思わないのか。なんで自分と違う人間のことをそうも嫌うのか。たかが耳の形が違うとか、たかが肌の色が違う、毛深い、そんな理由で差別される意味が俺には分からなかった。


 なので皿から肉を手づかみして少女の前に座って同じように口に押し込む。


 いいんだいいんだ。君はそのままで。


「あいつら君に歯がないことを知らないんだ。でも悪気はないと思う。単純に世界を知らないだけなんだよ」


 知ったような口をきくが俺も今日まで知らなかった。

 夜のとばりがおりる時間となったが、目にははっきりと体罰の光景が焼き付いている。


 言うことを聞かない奴隷は体を切り落とされる。鞭打ちどころの騒ぎではない。完全に扱いが言葉を話す道具なのである。俺達が古くなった電池を捨てるように、持ち主はいらない奴隷を捨てている。


 そこに命という認識は無い。


 だから普通にひどいことができる。


「この家でいちばん優しいのは、羽が生えていておっぱいが大きいお姉さんだから、今日は一緒に寝てもらうといいよ。明日服屋さんを呼ぶからそしたら採寸しようね」


 腕は無いが、勿論そで付きの服を用意するつもりだ。


「また女を増やしましたね」


 噂をすればなんとやら。でっかい羽根を床に擦りそうになりながらメイドさんが入って来た。


「男の奴隷は古いと売れないんだって」

「ええそうですね。ですが力仕事は男の方が向いています」

「じゃあ、俺がやるよ」


 坊ちゃん何言ってますの? という目で見られているがまあ、今に見ていろと。最近は狩に同行する回数も増やして体を鍛えているのだ。

 ご飯だっていっぱい食べている。


「我が家では好きに食べること。遠慮しているとくいっぱぐれるからね」


 何しろ体が呪いで化け物になっている人がいるのだ。しかも血肉が元々好きで吐くほど食べるんだあの人。しかも最近少し大きくなった。あれは大丈夫なのだろうかね。でもちゃんと歯磨きを覚えたのでポイントが高いです。炭を付けて磨いています。


「家には、そのなんだ、見た目がちょっと変わっているのがいて、心は良いやつなんだが、その、トイレに起きて出会うと怖いから絶対に悲鳴をあげないように。マジで食っとけ。夜中お腹が空いて起きると悲惨だぞ」


 最近キッチンで何かやっている。本人は何も言わないけれど多分料理の練習をしているのではないかと思われる。この家からはネズミが一匹もいなくなっていた。


 その事に気が付いたわけじゃないと思うけれど、皿に顔をうずめてがつがつと食べた。手が無いんだ。そんな目で見るな。早く生やしてあげるべき。これは絶対だ。

 今夜はレバーを焦がしバターとあめ色になるまで炒めたニンニクでからめて焼いた料理だった。名前は知らん。子供の味覚だと血なまぐさが残っていて好きじゃなかった。


 食後は軽くランニングをして風呂に入ろうかと思う。

 運動不足は睡眠の質を下げる一番の要因で、しかも体力の低下につながるから俺は少しでも体を動かすようにしている。


 いくら軽いカランビットとは言え、それも振れなくなったら俺の最後の手段がなくなる。本当のところはもっと大きい刃物を使えた方がいいのだろうけれど、股にぶら下げるのは大変に重いのだ。水の入ったペットボトルをズボンに挟んで一日過ごして欲しい。きっと嫌になるから。


 汗で汚れるのが嫌なので上着を脱ぐと身を切るような夜風に鳥肌が立つ。


 雪は終わり、晴れの日が続くがそれでも外は寒かった。もうすぐ春になるだろうか。


 走る前に柔軟を始めた俺の体に大きな手が重なった。

 柔らかい毛にふわりと包まれる。

 月明かりに照らされた影には頭の上にピンと立った三角のお耳が二つ。機嫌よさそうにブンブンと振れれた尻尾も見えていた。


「今日はかっこよかったな」

「あの、ご飯食べてきたらどうですか?」

「……つれないなぁ。こんなにも好いているというのに」


 ざらざらとした舌が首筋を伝って耳の裏まで舐められる。


 怖い。俺の体は臭いんじゃないかと心配になる。まだお風呂に入っていないし、今日は人を殺している。俺は緊張すると体臭が変わる。人と接するのが怖いタイプなので体がガチガチに固くなる。好意を向けられるのに慣れていない。


 黙っているのを了承と受け取ったらしいケモケモしい腕は乱暴に上半身を撫でてくる。その手にはちゃんと肉球があって、ぞわぞわと人に触られるのとはまた違った感触があった。


「おさわりは禁止ですけど」

「お前がいけないんだぞ……こんなすぐ肌を見せて」


 おーいどこぞの犯罪者のような言い分だぞ。


「ぼくはナイフを持っています」


 暗に抜くぞと脅している。


「私はそれを私に使わないことを知っている」


 だーーこいつ人の心がわかるのか。これだからコミュニケーション能力が高いやつは困る。


「好きな人には使わない。どんなことをされても、じゃなきゃとっくに切り刻んでいる」

「……怒るよ。今臭いからやめて欲しいんだ」


 そそくさと手は引っ込んだ。いつの間にか音もなく影も消えている。


「でも、お風呂上りならちょっとだけ良いよ。今日がんばったからね」


 家の影からブンブンと振られる尻尾が見えた。

 耳もいい。

 多分、あの毛並みはボーダーコリーと言う犬種の物が一番近いと思う。



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― 新着の感想 ―
[一言] 神様が欲しがっている存在ではある──……けれど、かなり多くの回りにいる人物達も欲しがっていますよね。
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