農園へ
俺の使っているカランビットは我が家で噂になっていた。
子供がナイフを持っているからではなく、その派手さによるものだった。
この国では一般家庭の調理及び暖の捻出には薪が多く利用されている。軒先の下に山と並べて乾燥してあるのがそれだ。
薪を取りに行くのは一般的に女子供の仕事で、森まで歩いて取りに行く。森には鹿がいてその鹿を食べる大きな狼やクマがいる。だから誰もがナイフを腰に下げていた。刃渡りが長い方が攻撃性が高いとされ、子供でも20cmはある巨大な木刀を腰に下げている。
木刀と思って甘く見てはいけない。
その木には黒曜石やメノウを砕いた石器をビッチりと並べて剃刀のような状態になっている。一般家庭まで金属製の刃物は流通しておらず、食卓でも肉を切り分けるのは武器として腰に下げているナイフだった。
「ぼっちゃんなら、もう舞踏会に出れますね」
「踊りは踊れないよ」
「あら、いつも悪い人をやっつける時に踊っているじゃないですか」
ああ、と思った。カランビットが中二病だなんだと言われるのはその形状以上に使い手の動作によるものがある。
例えば自分よりも大きな相手の頸動脈を切るには左右から合わせるように刃を入れなければいけないため、必然的に攻撃を早く出す必要があり、そのために流れる動作になる。それは踊子の手の動きとよく似ている。短い刃渡りで敵の首に手を回すため近づく動作は相手に好意を抱いて近づく様そのものだ。
しかも一番攻撃力が乗るのは、相手とキスをする距離において。
「相手はきちんと決めなくてはいけませんよ。財閥の現党首であり優れた容姿をお持ちなのですから」
「残念ながら不細工だよ」
メイドさんは少し寂しそうな顔をして俺から離れた。
ドスッと腰に固い物がぶつかる。
握ってみるとそれにはベルベットのような小さな体毛がびっしりと生えていて枝分かれしている。根元に行くにつれカサカサと紙の感触がある。
何が気に入らないのかその角は何度となく俺の腰にぶつかった。
「我が家には怒った牛がいる」
「牛!?このボクを牛だって!!?」
「怒るなよ。牛さんは偉いんだぞ。体も大きくていろんな人を幸せにしている」
主に食肉部門で。あと乳牛。
種の繁栄という意味ではあるいみ人間よりも成功している。何もせずともご飯を与えられ狼などの野生生物から身を守られているのだから。病気になってもきちんと治療を受けられるし。思えばあれが幸せの形なのかもしれない。
「うげぇ……気持ち悪い」
「頭の中を読むな」
声をする方を見ると二人の悪魔が気持ち悪そうにうなだれていた。
ええ、彼らも我が家に居候している。
この世界には工場みたいにして管理する畜産は無いらしい。そもそも工場が無かった。あれは悪魔的に見てもやばいらしい。
我が社にも奴隷の繁殖場があると聞くがいったいどんなところなのだろうか、ちょっと気になった。
蝋燭の煤で黒くなった壁の近くに肥大した心臓のような肉の塊が浮いている。その中心には一つの大きな目と口と鼻が福笑いのようにぐちゃぐちゃになってまとまっている。これがあの悪魔の本来の姿なのだそうだ。えぐいね。人間の姿は疲れるそうなので今はこの姿。
奴隷達を開放する為に彼らの力は使うつもりである。
何で命を奪ってほしいかというと、自分の使える魔法には限界があると気が付いてしまったからだ。
簡単な傷ならば治すことができる。しかしその治療は心の傷を治すことができないのだ。
劣悪な環境で生活し、こき使われた奴隷が体を直されて最初に何をすると思う?
俺は主人を殺すか、自分自身を殺すかのどちらかだと思う。
体の丈夫な奴隷と言えど心は人間そのものだ。かつての戦場では心を壊してしまったがために戦争が終わっても普通の生活に戻れない人が沢山いた。
そんな姿を君は見れるか?
僕はできないよ。
■
地域最大の農場に来た。人間達の食料を支える一大産業である農業は、大事な要素として広大な土地と大量の水を必要とする。
土地を管理するためには人が、そして水を運ぶために大量の人的資源が必要となった。一人の人間が扱える範囲はとっくに超えている。その穴を埋めるための奴隷。何を隠そう軍隊に次いで二番目のお得意さんが農場だった。
畑はどこまでも平らだった。ならされた土からは良い土の匂いがする。その広い空間の中で白い家がぽつんと立っている。それが農園の持ち主の家。まず間違うことは無い。部屋が10個はある大豪邸である。
家の近くの大木の下では翼の生えた美しい女性たちが楽しそうにブランコを漕いでいる。が、あれは愛玩用だろう。
畑で縄を引く奴隷達は耳の無い者、片目が無い者、すでに両手を失いロープを噛んで引っ張っている者もいて、俺を睨むように見るのだった。
人間を恨んでいるだろうね。そうだとも。
家で最初に迎えてくれたのは背の高い紳士だった。きゅっと尻の上がった細身の筋肉質で20歳くらいの顎の細いイケメンだ。燕尾服のような高級そうな服には質素だが確かに金で作られたブローチがとめてあった。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「アフターサービスに参りました。奴隷商の者です」
「これは失礼致しました!!」
窓から男の姿が消えたので怪しんで馬車のドアを開けると、男は燕尾服が地面につくことも構わず四つん這いになっていた。
これが頭をこちらに向けていれば土下座だと思うが、馬車進行方向と同じ方向に向いているためそうではないと思う。だがしかし馬車を人生で初めて乗っている自分にその動作が意味するところが分からない。
助け舟を出してくれたのはアリッサだった。
「あ、踏み台ですよ。下りる時の階段です」
驚いた。たかが数十センチの段差のためにそこまでさせるのか人間。
「あの、どいてもらって結構ですよ。服が汚れますから」
「わ、私の服は、毎日洗っていますのでそのようなことはございません!」
「そうじゃなくて、服を汚すとあなたの主人に怒られるでしょうから、やめていただいて宜しいです。ええ、ぼくはこの大きいメイドさんにだっこしておりますのでお気使いなく」
でっかい手が脇に挿入され、男の人の隣に下ろされる。男の人は太陽で照らされできた陰に心底怯えているようだった。アリッサ姉さまの頭には狼の耳。狼は奴隷になるのが珍しい種類。数は多いが持ち主を食い殺して山に逃げるのだそうだ。買い手がつかないのも納得であった。
「主人を呼んできてくれますか?」
「は、はい!」
白い階段を燕尾服が駆け上がっていく。周りは埃っぽい。