誤解と出血
俺は全ての服、装備品を脱ぎ棄てた。
放射能を持った降下物が服に染みついていたからだった。映画では作業員がかさばる防護服に身を包んでいる姿が見られるが、実は防護服自体に放射能を止める能力は無い。それよりも放射能を帯びた塵や雨を体に取り込まないように全身を覆うことに意味があった。汚染された服を脱ぐことで体を守るのである。
寒空の下ケツ丸出しの姿になる俺を二人の悪魔は不思議そうな目で見ていた。まだ雪の降りそうな寒さに俺の太ももはガクガクと震えている。だが仕方がない。そうしないと死ぬのだ。
馬小屋で馬を洗うための水桶から冷水を借用して体を洗う。表面に氷が張っているほどの冷水が肌に噛みついた。
俺は震える手で馬用のブラシを体に押し当ててごしごしと洗う。非常に固い、ワイヤーを編み込んだようなブラシだ。洗剤も無い。だがそれで命が助かるというのならば喜んで血まみれになろう。
「さあ、あなたたちもやるのです。あそこで降っていたのは死の灰、吸った者、浴びた者、飲んだ者、皆死にます」
「まだ生き物が死ぬと?」
「後二千年は毒が無くなりません」
実験では爆弾のコアを地中4mの深さに埋めて爆破した。その手法は最も放射性物質の飛散が少なくて済む。天井を覆う土の山が爆発後も覆いかぶさって核の炎を消し去るからだ。それでも半減まで二千年かかる。生きているうちには無くならない。
「二千年……」
自称悪魔たちは言葉を失って口をあんぐりと開けたまま涎を垂らした。その年数ずっと生き物たちが死んでいく。その事実は彼らにとって異常そのものだった。そしてその強大な力は悪魔をも殺すことができるだろうという考えに至る。
「まって、待ってください坊ちゃん? 太陽を、あと何個作れるんですか? あれを後なんかい……?」
「この世界が滅ぶだけ」
前世では地球を破壊するだけの核兵器が既に存在していた。それでも枯渇するという話は聞いていない。
俺が世界と言ったのはあくまでも人間的な文明社会の話であって、星を壊すことは含まれていない。
「ぶ、無礼な発言お許しください!」
「許す」
「その力を持ってあなたは何をなさるおつもりか!?」
「そうだな。まずこの世から奴隷をなくす」
ちょっとそれっぽいことを言ってみた。いくら心無い俺だと言っても、無垢な子供が奴隷となるために教育され、死んでいく様が異常なことは分かっている。
言葉の意味が分からないのか二人の悪魔は不気味な笑みを浮かべるだけだった。
「まあ、奴隷商人の子が言う事じゃないね」
悪魔二人のむこうから館の戸が開くのが見えた。
見知った長いお耳がピンと立ってレーダーのようにこちらを向く。
「また服をお忘れですか!」
館の方から狼メイドさんが替えの服を持って走って来た。フリフリのついた子供用のメイド服。俺は持っている服が少ないので、代わりに用意できる子供服が見習い用の作業着しかなかったのだ。
俺はされるがままに頭からすっぽりと服をかぶされ、胸元に赤いリボンを縛り付けられる。まるで首輪を付けられたような苦しさとは裏腹に、甘酸っぱい匂いがふわりと広がった。
「あ、この人たちは気にしないで」
「また壁の中から見つけたのですか? 今どこにいます? まずは礼儀を教えないといけませんよ。あの子達、廊下に座ってご飯を食べるんですから」
不思議なことが起きた。目の前に悪魔二人はいるのに、メイドさんには見えていなかった。俺が目を丸くして悪魔たちを見ていると、口元に指を立ててしーっとジェスチャーをした。便利だ。見られる人を限定できるのか。暗殺し放題じゃないか。
春の縁側に吹くような優しい風が吹いた。
メイドさんは眠りに落ちるようにゆっくりと膝を付き、頭をもたげて干し草の中に倒れた。まだ体は温かく柔らかいが心臓は停止し、呼吸は止まっていた。この状態を医学的には死と表現する。
「僕のだぞ!!!勝手に手を出しやがって!!お前たち殺してやるからな!!!」
俺はナイフを抜いて僧帽筋を切りつけた。ここの筋肉は肩をあげるのに使う筋肉でこれがないと腕が上がらない。太い血管を傷つけることは無くても両腕を使えなくさせた時点でかなり優位に立てた。
相手が人型ならば話が早いのだ。何しろ人間は何世紀にもわたって同族同士の殺し合いをしてきており、その弱点は隅々まで研究されつくされている。その上悪魔達はカランビットを知らなかった。
突然のことに驚き動けなくなったハエの悪魔が、自分の顔を守ろうととっさに素手を突き出した時点で戦いは終わりだった。あとは好きにして状態。重要な血管が通るわき腹も、横隔膜も、股間も全てががら空きだった。その全てを各駅停車で、マス切りに切り刻んでいった。
ハエの寿命あと1~2分。気合の入った敵であると立ち上がる危険があるので足と手の腱も切っておく。
戦いで可哀想だとか言っていられない。手加減なんてしていられない。油断すれば地面に突っ伏すのは自分になるのだから。
「刃物が効く相手で良かったよ。さあ、罪の重さを感じながらあの世に帰るといい。僕は悪魔が嫌いなんだ」
綺麗な顎のラインをボロボロと涙がつたう。泣くならやるなよ。人の大事なものには手を出さない。常識でしょう。
「ごめんなさい、かえしますからぁ……ゆるじでぇ……敵だと思ったんですぅ……」
「ごめんで済むかよ、死んでんだぞ」
悪魔の力無く垂れた手の中で白い光が光ったかと思うと、咳き込んだメイドが帰って来た。
マジか。生き返らせることもできるのか。
「……寿命短くなってないだろうな」
「はいぃ……」
それら2つの肉塊は体を引きずるようにして逃げようとしたので馬用のロープに縛って置いておいた。
利用価値はありそうだ。と、思ってのことだ。
パックリと開いた傷はビクビクと震えていたが、出血量は極端に少なかった。失血死はしないだろう。外傷のショックで死ぬかもしれないが。