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ニ匹の悪魔

 悪魔たちはいつも人間のそばにいる。


 悪魔は窓の向こう側や、壁一枚隔てたとなりの部屋、人間の内面などに潜む生き物だ。悪魔は取引をする。人間の願いをかなえる代わりに、その人の大事なものや生き物の命を奪うのだ。悪魔との取引は人間どうしで行われる物とは違い、必ず守られる。それが書面ではなく精神的なつながりによって行われる行為であるため、けして覆ることは無く、自分にとって不利益な契約の条件にさえ気が付く頭があれば、人間にとって最良の友となる存在だった。


 ではなぜ悪魔と呼ばれるのか。それは人間が強欲で自分の欲望を満たすためならば、一番大切な物を平気で差し出してしまうからだった。それでも悪魔はきちんと取引をしてくれる。人間が本当に大切な物が何だったのかを思い出した時にはもう遅く、悪魔は取引を無効にしてくれない。この事実が彼らに悪いイメージを植え付けた。


 明日死ぬかもしれない兵士が、敵を殺すために悪魔と取引をして力を得ることがさして珍しくなくなっていた。問題は大量の人間が死んだために取引をせずとも無料で魂が陳列されていることだ。悪魔たちは契約をせずとも商品が手に入るのだ。これでは契約をしない。徐々に狂って行く人間たちが悪魔を楽しませるのに十分な魅力を持っていなかったこともその流れに拍車をかけた。悪魔は誰もが退屈していた。


 契約を結ぶのは下級悪魔ばかりで、退屈した本物の化け物たちは暗く冷たい土の中で眠りについてしまったのだ。


 その静寂を破るように山が崩れ落ちたような爆音が大地を震わせた。



 ロトは地上にでると、そこには太陽があった。


 太陽。それはどんなに手を伸ばしても届かない天空にある光り輝く宝石だ。その熱はすさまじくあれだけ離れているというのに日が登ればすべての物が温まる。その太陽が地上に降り立っていた。

 再誕ともいうべきその光景は、ロトが言葉を飲むのに十分だった。

 目の前に存在する紛れもない火球は、土さえも蒸発させ灰へと変えて行った。すべての生物は虫も鳥も兎も鹿も全て吹き飛ばされ、あるいは燃えながら死んでいった。その数というのがすさまじかった。一瞬にして数万という膨大な命がこの大地から消えた。それは上級悪魔にとっては十分な供物であった。太陽がついに首を垂れたのだ。


 そう思った次の瞬間。大地が波打った。

 丁度湖畔に一滴の水を落とした時のように放射状に地面の色が変わっていく。緑色だった大地が一瞬にして茶色、灰色に変わり、その波が近づいてくるのだ。

 ロトは本能的に飛び上がってその波を避けたが、それは音の波だった。地面だけでなく空気も震わせていた。青く茂った木々が巨人にはたかれた様に幹から折れるのと同時に地面に叩きつけられ、砕けた石が恐ろしいほどの速さで体に突き刺さる。


 ロトは地面の上を転がった。何十メートルもそうして転がっていたのかもしれない。


 粉々に砕け散った木々が煙を上げて燃え上がる。不気味なキノコ上の雲が空を覆いつくし、肉の焦げた臭いがあたりに立ち込めた。

 周囲を赤く染めあげていた太陽の姿はすでになく、周囲には薄暗い闇が広がるだけだ。それに合わせて木霊のようにあの爆音の残響が響いた。


「――人がいたのか!?」


 小さな少年が走って来た。その頭をすっぽりと包み込んだ布はどこか遠方の部族を思わせる出で立ちで、胸元には分厚い金属でできた鎧を着ている。

 そして小さな手が背中に回ってロトの体を激しく揺する。真っ白な灰の中に赤黒い血が広がった。


「息をするな! 目を閉じろ」


 ロトはその命令を聞き入れた。この場所にいた人間がただものでないと思ったからだ。人間ならば死んでいておかしくない状況だった。現にロトの羽は根元まで燃えている。


「……太陽が」


 少年はロトの体の下に入って引きずるように運び始めた。

 ロトの体は既に死んでいるようにも見えた。細い手足は引きずられるままに右や左に揺れ、体には雪のように灰が積もる。


「ごめん。人はいないと思っていた」


 引きずられるロトの足元に一匹のハエがとまり、次いでハエの団体が運んで来た肉塊が人型を作った。

 肉塊はついに人の姿を取ると、自身にまとわりついたハエを吸い込んで飲み下す。内側からもぞもぞと何かが這いだそうと蠢いている腕を叩くとその人の姿をした物はゆっくりと頭を下げた。

 ロトは足に力を入れて立ち上がるとその悪魔の前に立った。

 かなり高位の悪魔だった。あれだけの力に呼び寄せられてきたのだろう。振り続ける灰の中で良く見えないがその悪魔の曇った瞳は死人と大差がなかった。

 ハエの悪魔は機嫌よさそうに口を開いた。


「その少年とは私が契約をいたしましょう」

「帰れ糞山の王」

「……その呼び名は好かん。『冬の豊穣』あるいは『悪魔貴族』と呼んでいただきたく」

「たかが子供にその貴族が頭を下げるか」

「おや、天使の偽物はどなたがあの太陽を作られたのかご存じないようだ。ここにいるお方こそが、まさにその人なのだよ。いと高きお方。誰もが欲しがるその人だ」


「あ、俺は神に仕える家柄なので悪魔と契約はできないっすわ。悪魔祓いとか家でされてたんで」


 二人の悪魔は目を丸くして口をパックリ開けて立っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 無残な世界ならば、幾らでも魂は手に入るでしょう……ただ、質の低い? 物なのでしょうけれども。 欲する魂が、所謂、各とか罪深い物となると、そこまでは無いものなのでしょう。 核……だけでなく…
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