頭なでなで
部屋のあちこちから灰の臭いがしている。
「よく頑張りました! 偉いですね! 本当になんていい子なんでしょうか。今日はもう、私の作ったご飯を食べてくださるまで放しませんわ!」
女性の胸の中って温かいんだなって。
野郎に抱きつかれたことはあるけれど、もっと骨ばってて痛かったゾ。
頭をなでなでされる感触は、とても心地よくていい匂いがする。
「頑張って偉い!! 坊ちゃんがいなかったら今頃どうなっていたか!」
メイドさんの半数以上が火傷を負い、その1/3は体の半分以上の組織が焼けただれていた。これが意味するところは、死である。焼け残った皮膚では例え移植しても全身には足りないので感染症で死んでしまう。他人からの移植という手もあるが、人は免疫反応と血液型の違いによる拒絶反応を起こすのでそうそうできる物ではない。
半数が苦しみ「喉が渇いた。水をくれ」と叫んでいる状況を無視できるほど俺はおかしくなかった。もともと美しかった人たちというのもある。その見た目に恋したのではなく、生き残った場合にその人たちが鏡を見た時にどんな反応をするのか考えたのだ。
熱で溶け、固まった皮膚は日常生活に支障をきたすのは間違いなかった。
それを防ぐことは魔法を使うのに十分な理由だった。
支払った代償は両腕の指の生爪全てと指先から根元までの皮。全然安いよ。そんなのだったらいくらでも差し出すよ。それで女の子達が幸せに一生を送れるならばそれに越したことはない。
「ぼっちゃんはどうしてそんなにも優しいのでしょう。オーロラは、貴方さまを食ってしまいたい」
頭皮に鼻を押し付けて嗅ぐのはやめて欲しい。全国の飼い猫たちはよく我慢している。俺にだって羞恥心はあるので手で押しのけると、それでも顔を赤くして笑っていた。
オーロラは腰から太ももにかけてと羽を火傷したが、今はすっかり元通り。魔法をかけるのに裸を見てしまったが、目のやり場に困った。
魔法の影響で家の家具も壁もリフォームしたかのように綺麗になって見違えた。
その内、オーロラは飲み物を取りに行って、誰が俺を撫でるかという話になった。
びっくりするような話だが、金髪、表情薄め、細身ショタは大変な人気要素であるらしく、お姉さま方は静かな戦争をしていた。
どういう戦争かというと、握手である。顔も笑っていて歯まで見せているが、その実、腕には血管が浮き上がり硬くかわされた握手によって手が真っ赤に染まっている。
大体だね、ケモケモ度合いがパワーや運動神経に影響すると分かっているのに狼が犬を虐めるんじゃない。可哀想だろうが。
家で一番獣っぽい鹿ちゃんは既にお眠のようで、温かな朝日を浴びながらテーブルの上に突っ伏して寝息を立てている。いつ貼ったのか角のお札が新しくなっていた。
あれから攻撃は来ていない。戦闘の基本は破城攻撃で敵を崩すことにあるからまた来るのは分かっていた。
俺は体に悪いと分かっていながら魔法を使うしかなかった。
魔法は光る、当然人目を引く。
町の住民、それも重病人ばかりがごまんと家の前に押しかけ、人々は少しでも気を引こうと裸になったり、手に宝石を握っている。
メイドさんが元気になる姿を見ては、自分もと思うのだろう。ちょっとだけ重い足を俺は玄関に向けた。
群衆からざわざわと聞こえていた話し声は、俺を見た瞬間、ぱたりと消え失せた。
俺の腕は既に包帯グルグルで、しかもその傷から血が滲んで赤くなっているのを人々が見たからだ。と思ったが、単純に後ろから獣のような体躯が付いてきていたからだった。
巨大な顎から長い舌を出し、俺の首筋を甘えるように舐めたかと思うと、ポンポンと頭の上に顎を乗せてくる。ミイラのように干からびた腕が俺の胸元でクロスして抱き寄せると、不気味に口が開いた。
「我らが神、我らの大事なもの。どうか離れないで。貴方様がいない夜は暗く冷たいのです。その奇跡の御業において、どうか我らの孤独を癒してください」
首元をなでると嬉しそうに化け物は目を細めた。
「君の呪いも解けたら良かったんだけど」
化け物は何も言わなかった。ただ僅かに喉をならしただけだ。