水にまつわる呪い
パスの問題は、火と水を恐れることだった。この家の照明は、すべてろうそくに頼っているため、どこにいくにもろうそくの火がついて回った。それに、水を怖がっているのに、どうやって水を飲むのか? 飲めないよ。それに体のことでメイドさんたちから不評だった。曰く、
「あの入れ墨は囚人の入れ墨です。ぼっちゃんはまだそういうのをご存じないでしょうが、あれは何人も人を殺していて危険なのです。どうか私の近くにいて、あの人には近づかないように」
この人は何を言っているのか理解できなかった。人を殺しているからなんだというのだろうか。必要だからしたのだろう。俺だって家族を守るためならなんだってする。
「一度犯罪をおかしたら、もう普通に生きちゃいけないのか? 死んだら許されるのか? その人の子はどうなる? 同じように罪を被るのか?」
メイドさんは黙った。
黙ってしまった。こういうことをするから俺には友達がいない。相手の意見を聞かないから不快な思いをさせてしまう。しかも人を傷つけることに抵抗がないから変なことを口走る。普通の人間と生活するのは無理があった。疲れる。
「ごめんなさい。困らせるつもりは無かったのです。メイドの仕事を辞めるのは自由です」
「まさか。そんなことありません」
仕事やめるかと言い出されたらそれで食べているメイドさんは何も言えないよ。ごめんね。
そのメイドさんが変な雰囲気を身にまとっていた。常にそわそわして、誰とも目を合わせないのである。首もとには汗をかき、緊張しているのか、酸っぱい匂いが鼻まで届いた。間違いなく変だ。だが、その手にナイフでも握られていれば警戒もするが、持っているのはスープ鍋である。あれで人を殺すには、鍋で頭を殴らなくちゃいけない。現代日本のように薄く軽い鍋とは訳が違い、細腕のメイドさんにあれを頭の上まで持ち上げる腕力があるようには見えなかった。
すたすたとパスのもとまで歩いていって、スープをぶちまけた。それだけだった。
しかし、効果は絶大だった。
パスの肌は水が触れたところが焼け爛れ、煙が上がった。
「何をかけたぁ!!!!」
メイドに伸ばされた腕は、生爪が剥がれ落ち、内側から獣の黒い鍵爪がにょきりと顔を出す。人差し指からボツボツと沸き上がった黒い毛並みは、一瞬にして肩まで覆ってしまった。顔を隠すために押し付けられた手の隙間から狼のように長い顔が飛び出て、鋭い牙が顔を出す。簡易的な服からは、ずるりと尻尾が飛び、床にどさりと落ちた。体重に耐えきれなくなった椅子がバキバキと鈍い音をたてて崩れ落ち、ぐちゃり、と後ろ足が潰れて折れた。体から上がった蒸気は猛烈な臭いと共に食卓に広がった。
「パス!!!おかえり!!」
「見ないでください……。このみにくい姿、お恥ずかしい」
「恥ずかしくないよ!むしろ、安心した!」
女性だとドキドキしてしまってきちんと話もできなかったんだ!!ありがてぇ!!
「怖くは、ありませんか? 気持ち悪くは、ありませんかぁ?」
「え。変身できるの凄いじゃん!!なんで言わない!それだったらお散歩もできるじゃないか!」
晴れの日限定で。それでもこの家に引きこもっているよりもずっといいだろう。
「……我らは幸せです。今すぐ死んでも、ああ、文句はありません。血と、愛に溺れるように」
「我らって、中に何人いるの?」
目がね、良いんだ。彼女は。まるで獣のようにこちらを見てくる。その目は口ほどに物を言う。
ニタァという笑みも、また、味があった。
「この姿が好き?」
「落ち着く。はっきりいって女の裸よりずっといいね」
「ううううう」
「中に何人いるんだい?」
彼女は何も言わなかったけれど、その大きな体で押し潰してきた。
「また、質の良い心臓を捧げます。我らの誇りにかけても」
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