味見
けして油断してはいけない。特に猛獣を前にしたときは。
彼らは君を良く見ている。彼らの目には君の姿が写っているが、君そのものを見ているわけではない。
それは肉を見ているのだ。
君という肉を見ているのだ。肉は、欲しいもの、と言い換えてもいいかもしれない。
パスの腹の中から出てきた人間は、病的な肌を持った危険人物だった。
首から手首までビッチリと入れ墨が掘られ、見た人の目を釘付けにする。目元からは涙のように墨が引かれ、ほほの辺りまで垂れている。目は黒真珠のように淡く、飴玉のように大きかった。べーっと付き出された舌には小さなピアスがはめられ、ベロベロと空を舐めるのが、何か不気味なものをしゃぶっている姿を連想させる。
この世のものではないような、そんな美しさ。しかも全裸なので俺は目を背ける。焼き付いた女性らしい曲線は、僕の心をモヤモヤとさせる。
(他にやるべきことがあるだろう!)
パスの体は薬剤にでもやられたようにドロドロと溶けていった。生ゴミと人の糞を混ぜ合わせたような異臭と共に、中から骨が。
巨大な頭骨は、眉間で割れ、右目の穴と左目の穴が床に転がった。このままでは腐った汁につかる。ひょいひょいと拾い上げるとその重さに驚いた。人の骨ではない。まるで文鎮みたいだった。分厚く、茶色と黒のシミがある骨。これが、あのパス。
「私から目を離すな。なんで私から目をそらして腐った肉の塊なんか見るんだ」
「食われていた君には悪いが、これは友達なんだ。大切な友達」
女は不気味に顔を歪め、首から胸元までを覆う入れ墨を撫でた。その顔に見覚えがあった。人を観察するような無機質な目。まるで、科学者が実験動物を観察するような、そんな目。胸元を切り裂くように描かれた短剣の入れ墨は、不気味に血に濡れていた。
女はその顔で俺を覗き込むように見てくる。
「君は、その友達をどうするつもりだい?」
「抱いて寝る」
「クハハハ……きっと喜ぶねぇ。哀れな獣は飼い主を求める。いつだってね。腐った体で……ただただ、虚しいばかり。クカカ。私はとても良い主を見つけた」
「貴方だれですか?」
「さあ、誰だろうねぇ」
顔を包み込むように暖かい両手が包みこむ。残念ながら臭い。
「君は、かわいいね。好きだよ」
「はぁ」
おでこに唇が触れる。柔らかく暖かい感触は実に嬉しいものだったが、すぐに出てきた舌がナメクジのように動いた。眉間から生え際までゆっくりと舐めた舌は、コリコリとした舌ピアスの感触を残し、離れる。
「おいし。ずっとなめたかった」
「あんた、誰だ」
「血と、青き正常の光の元に。貴方に百万の心臓と肝臓を捧げます。醜い私を見捨てはしなかったそのお心にほんの少しばかりの貢ぎ物」
「君は、パス。だね?」
コクりと嬉しそうに頷き、涎を垂れ流すのを俺は見た。代わらないな。彼女は少し、目が外側を向いている。