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腐臭体に埋めて

 俺は前世の世界でも、まれにみる不幸な子供だった。


 始めて銃を握ったのは5歳の時だった。親から玩具として買い与えられた。初めて人を撃ったのは6歳。勿論実弾じゃなくて、BB弾を撃つ玩具だったのだけれど、目に当たれば失明する威力だったし、至近距離で当たれば内出血を起した。俺の親は俺の産まれ持った性質にとっくに気が付いていて、それを伸ばそうとしたのだ。


 銃を持っていると最初は弾を撃つだけで楽しい。それに飽きると紙のターゲットを撃つことにハマり、次は虫、動物と来て最後は人間を撃つことに行きつくのだ。だがそれは、銃が悪いのではない。本能的に人は力を欲している。自分が思うほど他人を愛しちゃいないのだ。いきなり怒り狂ったおっさんが臭いユダレを撒き散らしながら「目玉ほじくり出してやる!」って来たら銃を出したくなるでしょう? 力とはそう言う物だ。


 薄暗い室内に松明の火を持って入った。薄汚れた室内は壁にへばりついたヘドロがまるで化け物の体内のように糸を引いて床に垂れている。煌々と燃えていた松明は部屋の中に入ると、みるみる消えそうになった。

 酸素が無いのである。

 部屋の中は異様に熱く、一歩踏み出すごとにサウナのような蒸気が体を包む。

 その中に蠢くものの姿があった。


「話は出来る?」

「死と破壊の王……あわれな落とし子。ああ、美しき冷たい子。あわれな我が身にどうか救いを……呪いからの解放、ゲロロロ……ビチャチャ!」


 吐瀉物が弾ける。

 部屋にいたのは獣のような生き物だった。巨大な犬を思わせる体躯からは肉が剥がれ落ち、内臓やあばら骨が露出している。太い幹のように枝分かれした首には二つの頭が付いており、一つは人間、もう一つは切り落とされてしまい、わずかに残った断面に蛆が沸いていた。

 すでに両足で立つ力も残っておらず、ずるずると腐った体を引きずって近づく様は、さながら生後間もない動物の赤子を思わせた。


「どうか、どうかお慈悲を……。あまりにもむごい、仕打ちではありませんか。貴方様のそばにありながら、そのお顔も見ることのできなかった。腐った水とおのが腐臭の中で、ただ貴方様だけが……」

「悪いが人違いだ。君を知らない」

「これから……これから知っていただけます。ヒヒ。どうか私めをその玉座のひざ元に。私の願い事はただそれだけの事なので御座います」

「見るに堪えない姿だな。俺は治療することができる。君は何を差し出すのか」

「命と忠誠を」


 そいつはミイラのような手を広げて頭を垂れた。

 言葉はたやすい。引き金を絞って自分に弾が飛んでくるような銃はいらない。

 その決意、試させてもらおうか。


「俺の靴を舐めろ」

「……はい、このようなからだでよければ」


 腐った体に包帯を巻くのには何度も手を止め顔を顰めなければならなかった。普通、腐った組織は切除するものだが、腕から見える煮込んだような色の骨は、まるで全て腐って残った残りカスのように見え、取り除けばすべて無くなってしまいそうだ。


「美しい手。その手が私に触れるたびに、この心はゆっくりと時間を刻み始めるのです」

「なんで水の中にいたの?」

「……」


 巨大な獣の体がずっしりとのしかかってくる。喉まで上がって来たヘドロを俺はやっとの思いで吐き出す。臭い。臭い臭い。生きながら腐っているのだ。これはなんだ。


「大事にされるのですね。哀れな……この腐った身であっても」

「言っておくが、俺に攻撃したり、俺の大事なものに手を出したら殺す」

「ならば、その敵を一人残らず殺せばいいのですね?」

「できもしないことを軽々しく言うものではない。少なくとも理系の俺の前では絶対大丈夫とか100%なんて言うな。物事にはイレギュラーが存在する。俺は子供だからと、甘く見ないでほしい。これがいい例だ。神様に好かれている」


 少なくとも先の戦場に行く道で腹に穴をあけたのは俺でもおかしくなかったはずだ。何かに守られた?


 多分神様は子供が好きなんだ。昔話に、人間に恋をした神様の話があった。その神様は自分の体の一部を恋人に埋めて自分の子を作ろうとした。その結果がこの世には存在するとしたら、どうだろう。


 望まれて作られた失敗作たちは、無駄に丈夫に作られてこの世界に生き残っているとしたら。


「大事なことを言っておく。俺は人間に過ぎない。ほぼ間違いなく神様ではない。その子でもない」

「神様は……なにも自分で神を名乗ってはいないのですよ。そうなるために産まれたわけではない。他の生き物が崇めた。ただそれだけの事。その呼び名が神様であり、死神だった……だけのこと」

「何を言っている?」

「では戦場の兵士を双方10万人ほど食らいましょう。哀れで美しいその魂を、汚れなき花園へ、これは貴方様への贈り物。どうかその懐に収められよ」


 その夜、西の空にオーロラが煌めいた。珍しい景色だった。多くの人々がこの世に生まれて初めて肉眼で見る景色だった。



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