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甘いキス

 俺は死神だと言ったが、何も積極的に命を奪うとは言っていない。


 そりゃ命を奪うことにノルマがあって、たくさん奪ったらボーナスが出るなら話は別だけれど、そういう世界じゃないし、命を売ってお金には代えられない。金にするなら命と体はセットじゃないと。


「鹿ちゃん。あの天井の穴から時々息を吹き込んでやって」

「なんで?」

「君の口から出る酸素が中の奴にいるからだ。さ、はやく」

「なんでボクがやる?」

「生かすも殺すもこっち次第だと分からせる。そういうの好きでしょ?」

「だ、い、す、き!」


 好きなやつが好きな仕事するのが一番良いんだ。そんなの決まってる。でもなぜか世の中では、自分の好きを仕事にしてはいけないという考え方がある。俺は内心疑問だな。見たまえ。喜々として壁によじ登り息を吹き込んでいるあの様を。


「忘れるな! 生かすも殺すもこっち次第! その微妙なラインを攻めろ!」

「了解!」


 さて、その間に俺はケーキを食べようと思う。なんと今回戦場に行くという事で家に駆けつけた家族の人たちの中にケーキを持参した人がいた。

 フワフワのスポンジが二層になっていて、間にクリームがこれでもかと挟まれた奴で、てっぺんには赤い果物がちょこんと乗った可愛いやつ。荷物の関係で持っていけなかったが、幸い帰って来たので食べられる。


 駆け付けてくれた人を裏切るような気持ちもするが、物は考えようだ。今回は偵察に出たようなもので、次はもっと準備をして戦場に向かう。だから嘘ではないし、長い目で見れば戦場からお子さんを持ち帰る事にもなるだろう。俺は嘘をつかないんだ。約束もできれば守りたい派だし、友達はいないけれど人には好かれるタイプ。だって正直だから。


 リビングに行くと、顎を手に乗せ、だらりとした様子のオーロラと目が合った。いつものメイド服ではなく今日はドレス姿だった。薄桃色のドレスは、臍のあたりから胸元までブーツの靴紐みたいに縛り上げてあって、彼女の細いウエストが非常に強調されている。 

 ああいう服も持っているんだ、と俺は非常に関心を持つ。服装とは文化であり、文化はその文明の鏡だ。ウエストを細く見せたいのは、それが美しいと思われているからなのか。


 しかしそのコルセットに乗った乳房よりも俺はケーキに目を奪われる。


 俺のケーキだった。


 俺の貰ったケーキ。しかも小さなひとかけらしか残っていない。


「僕の見たてによると、それは今朝貰ったケーキだ。僕の、ケーキだ」

 オーロラは目をぱちくりさせて姿勢を正した。ものすごく驚いたようでフォークを床に落としたほどだった。冷静沈着、まるで息をするロボットみたいな彼女が、である。

 俺は一度として彼女がお腹を鳴らすことも、げっぷをするところも見たことが無い。それほど完璧な彼女が驚いていた。

 まだ俺が戦場にいるとでも思っていたらしい。あまいな、逃げて帰って来たのだ。


「ケーキを返しなさい」

「いやです」

 ふーんへー。余程美味しいらしい。俺は酒もたばこもやらないが、甘い物だけには目が無かった。きっと頭でものを考える時に糖分を必要とするのだ。人間が何でこんな小さな体にこれだけ大きな脳みそを乗せているのか考えたほうがいい。これだけ燃料のかかる器官を残したのには意味があるのだ。

 その器官が栄養を欲している。


「それを、よこしなさい」

「これは最後の一切れですから、私がもらいます。ものすごく美味しいので。欲しければどうぞ、私の口から直接食べられては?」


 オーロラは、可愛い口をいっぱいに広げてケーキを頬張った。してやったりと言った顔で。頬っぺたパンパンに膨らませて。


 でもまだまだだ。

 

 俺がどんな人間なのか理解できていない。間接キスとか全然気にしない。そもそも、相手がとんでもない美女である場合、それはご褒美としてとらえる物であってしかるべき。しかも相手は、口からとれと言っているのだ。


 俺は彼女の手首を握って逃げられないようにする。動作は凄くゆっくりとした物だったが、彼女の緊張が伝わってくる。もごもごと動いていた口はついに動きを止め、桜の花びらのような淡い唇がきゅっと形を変える。


 俺はそっと唇を重ねて、その柔らかさとほんのりとあまい唇を味わった。


 いや、だってオーロラがとれって言ったんですよ?俺何も悪くない。ただ取っただけ。


 ガシャンと音が響いた。それはティーカップが割れる音で、品の良い高そうな絨毯を紅茶が汚していく。


「口開いて」


「あ、う」


「もしかして、お姉さん、ショタコン?」


 笑顔も忘れない。弱みを握るのは利害関係を結ぶのに近い。

 身の回りの世話をしてくれるオーロラには一方的に弱みを握られるので、これでおかいこだ。


「いくらほしいんですか? いくら……」

「なに、チュウの事?」


 黙っているかわりにお金がいると思っていらっしゃる。わらりやすくて助かる。


 チュ。


「こんなの挨拶みたいな物でしょ?」


 普通はほっぺにするけど。あ、顔背けた。かわいいね。 

 大好きだよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] どんな手を使ってもいいから、壁の中の残り全部を主人公の下へ置ければ勝ち。 人差し指が一番無くて困らない── と言う知識を前回頂いて、手を動かしてみれば……確かにと思ったりしました。
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