メイド達の夜
人が人を売り買いする。その売った金で奴隷商は贅沢な暮らしを送る一方、お屋敷のすぐ前の歩道ではお腹を空かせた10歳くらいの子供が物乞いをしている。
借金のかたに乳離れもすんでいない子供を差し出すのが珍しくない残酷な世界。世界は今、貧富の差が大きく開いていた。
その理由はお金です。
畑で作物を作る農家の人件費は年間400銀貨。奴隷は安ければ100銀貨で売られています。さらに中古は安く、どちらを買うか地主は悩みません。
オーロラは大変に幸運な方だった。大商社の家のメイドは月に30銀貨の給料が出たのだ。国に務める学者の月給でも15銀貨なのに、それだけもらえるのは、奴隷としてもメイドとしても破格の待遇だった。勿論そのお金で自分を買い戻すこともでき、実際に務めている半分のメイドは自由の身であった。
仕事は大抵夜までだったが、本家にいるのは手間のかからない子ばかりなので、メイドは夜な夜なひっそりと会議を開き情報交換の場としている。
溶けた蝋燭は捨てることになっていたが、メイドたちはそれを集めて溶かし、型に流し込んで蝋燭を作っているので、夜でも十分に明るかった。
「オーロラ、あんた昨日帰ってこなかったでしょ。何か悪いことでもした?」
一年先輩のアイーシャが肩口まで伸ばした髪の毛をクルクルともてあそんで値踏みするような目で見た。
メイドは悪いことをするとお仕置きがある。
「ううん。ちょっとね」
「なにそれ。それよりさ、最近キッシュ君の目がイヤらしいんだよね」
アイーシャの担当は6男キッシュくん。亜人種とのハーフで黒い耳と尻尾がある。あまり人と話さない。女性恐怖症の疑いがあった。初めてのメイドさんにお手付きされたせいで、今の専属メイド、アイーシャすら、彼の服を着替えさせようとして顔を引っ掻かれている。
「それはないと思うよ」
「そうかな。なんかこの頃変わって来た気がするの」
「先ずは会話をするところからでは?」
アイーシャは頬を膨らませて可愛らしく怒りを表現した。とても嘘っぽい。
「でも一番の有望株は8男のイリス。あの子は一番かわいい」
イリスぼっちゃんは人が変わったようだともっぱらの噂だった。それをオーロラは気が気ではなかった。イリスぼっちゃんのことはみんな気がついていた。
メイドと一緒に食事をとりたがる雇い主はこの国にあの子しかいないだろう。
オーロラは手が震えていた。
「手を出したら、怒るよ」
「出さないわ。でもあんな小さな子に本気になると後が怖いよー?」
「そんなんじゃない。お前が変な目で見るから」
「こんなの冗談じゃん。何本気になってるの」
オーロラは無意識に羽を広げ、足を持ち上げていた。
本気の蹴りが出そうになっていた。
硬い頭蓋骨をいともたやすく粉砕し、脳みそをぶちまける蹴りだ。
「あんたさ。この家で問題起していいと思ってるの?」
「……ッ!!」
アイーシャは、女の自分から見ても可愛らしい。それはこの家で雇われていることからも分かる。最高の奴隷のひとり。
見た目だけではない。身体能力にも秀でていて、どの娘より優れている者がそうなるべくして教育を受けた。
アイーシャは明日、イリスくんと食事をとるそうだ。
オーロラは胸の奥が締め付けられるような思いをした。